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VINTAGE【就職活動その後】㉖
大学4年ともなると、忙しいもので就職活動が活発になる。自分もその波に乗ろうと、東京新木場あたりに面接兼オリエンテーションに行く。
熱血スポコンドラマのようなものを見せられた後、面接で「君の情熱を聞かせてくれ!」とパーソナルスペースガン無視の圧で自分の距離を潰されたため、心がやられてしまった。
Vintageに身も心もくたくたになった自分は夕景の中、避難してきたところ。
「いらっしゃい、あら、どうしたの?」
自分のくたびれたスーツ姿を見て、マスターが声をかけた。
「いや、ガラにもなく就活してきました」
「いいじゃない。どんな業種にしてきたの?」
「教育系のサービス業です。平たく言うと『塾』のような会社ですかね」
「で、感触はどんな感じだったの?」
「感触というか、自分は向こうの社風に圧倒されて、どうも疲れ果ててしまって。ガテン系体育会系は自分苦手なんですよね」
「あぁ、そういう企業多いからねぇ」
「どこもあんな感じなのかなぁ。なんか就職なんてしたくないですね。ニートみたいで嫌ですけど」
「まぁね、期間を決めて就職しちゃうってのも一つの手段かもしれないよ」
「そうですけど……」
言葉に詰まる。いつものイタリアンコーヒーを飲みながら、しばしBGMに心を乗せて揺蕩っていると、Sさんが入ってきた。
「今日はどうしたの?そんな恰好しちゃって」
就職活動の一連の話をSさんにすると、いつものように少し考え込む。煙草の煙がグルリとボクらを囲んだ後で、ふと彼の口が開いた。
「次の日、やることがあるっていいことじゃないかな」
?
どういう意味だろう?
「自分なんかはさ、毎日スケジュールを自分で立てて、やることを自分で作り出して仕事をしているんだよ。形のないモノを作り出すってスケジュール通りにはならないからさ。その予定を片付けた後、いろんなタイミングで『仕事』が入ってくるってわけだ。これは自由に見えて、とても不安定。だから、勤め人になるってことはすごく幸せなことだと思う。必要とされて、やることが毎日与えられているからね」
「そうですか?」
この時に自分は珍しくSさんのいうことを理解できなかった。
自分はその時、大学生活にどっぷりとつかったまま、この生活がきっと永遠に続いていくものだろうと考えていた。言葉を変えれば、幻を夢見ていたのだろう。
「ベーコンチーズトーストセットで」
夕食をここで済ませ、あとはゆっくりと寝るだけにしたかった。
Sさんは何も言わず、ギターをとり心地よいリフを奏でる。
次第に外は薄暗く、暗闇が近づいてきた。Mさんが店に立ち寄り、いつもの常連が勢ぞろいした。楽しい晩餐。いつまでも続いてほしいようなゆったりとした時間が、その日も流れていた。
一方で新聞を読むと、世界は確実に動いていた。イラクのサマワに自衛隊。ブッシュ大統領が再選などなど。自分の周りだけは見かけ上何も変わらないまま、その日は過ぎていった。
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