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文在寅大統領に会ってきた―"平山書房"訪問記

 在任中、何かと物議を醸した韓国の文在寅前大統領。現在は、韓国南部の山村に「平山書房(ピョンサンチェッパン)」なる書店を開き、来店客と交流しているという。一般人でも会えるとなれば、ぜひ行ってみたい。

 釜山から高速鉄道KTXで一駅、蔚山(ウルサン)駅で下車。ここからタクシーに乗る。運転手は、「平山書房」と言ってもピンと来なかったようだが、「文在寅」と言うとすぐに理解してくれた。所要時間は二十分ほど、料金は一万三千ウォン程度である。

 書店の前には、反文在寅の右翼活動家が陣取っていた。タクシーを降りて徒歩で見に行ってみると、いきなり「チャイナ?」と声をかけられた。ジャパンと答えると、とても嬉しそうな表情で「コリア!ジャパン!フレンドシップ!」と喜ばれた。

 右翼といえばほぼ嫌韓一色の日本から見ると意外だが、韓国の右翼は、反共国家同士で連帯すべしという考え方のようである。もちろん他にも流派はあるかもしれないが、少なくともこの流派に関しては、政治体制のみに割り切った姿勢であり、政治思想としては本来あるべき姿といえるようにも思えた。

 書店に入ると文氏がいた。来店客との記念撮影に応じている。渡航前、文氏がいつ来店するか分からず、念のために余裕をもってスケジュールを組んでいたが、あっけなく会えてしまった。

 SPらしき人物は一人しかおらず、荷物検査などもない。記念撮影の待機列は時折途切れ、文氏はその度に店内を回って来店客と談笑している。あまりにも穏やかな光景に拍子抜けしてしまった。

 筆者も記念撮影の待機列に加わり、持参した文氏の著書にサインをもらおうとペンを取り出したところ、SPから「ノー・サイン」と告げられた。

 筆者の順番が来ると、文氏は笑顔で握手して記念撮影に応じてくれた。その後、英語で少し会話を交わそうとしたが、文氏は全くといっていいほど英語を話せない。店の前にいた右翼活動家のほうが話せていたくらいである。

 思えば、文政権と同時期に日本の政権を担った安倍元首相は英語が堪能であったし、今の岸田首相も、また韓国の現政権を担う尹大統領も同様である。それだけに、弁護士出身のインテリという印象も相俟って、文氏も英語が堪能であろうという先入観を、無意識のうちに抱いていた。

 しかし、文氏は元々貧しい生い立ちの市民運動家であり、苦労の多い人生であったという。全くといっていいレベルで英語を話せないのは意外だったが、少なくとも堪能でないのはさもありなんといえよう。彼は、決してエリートではなく、むしろ韓国のありふれた”アジョシ”(おじさん)なのである。

 文氏が去った後、店員さんにお願いして帰りのタクシーを呼んでもらった。帰りのタクシーの運転手も、文氏と同じ匂いのする気さくなアジョシであった。しかし、口を開けば文氏への批判が止まらず、思想は全く異なっていた。

 ここ慶尚道(キョンサンド)は、文氏の故郷であると同時に、開発独裁を進めた朴正煕(パク・チョンヒ)元大統領の故郷でもある。特に、蔚山は重工業の発展で大いに恩恵を受けた都市であり、朴氏に真っ向から反するようにみえる文氏には、抵抗感のある人も多いのだろう。

 ただでさえ南北の厳しい分断があり、さらに国内でも社会の厳しい分断に直面する韓国。文氏の書店開店には、人々の融和を願う気持ちもあったのではないか。おそらく彼の人生最後となる大仕事は、まだ始まったばかりである。

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