真夜中のヒッチハイカー
少し前の話になる。関西圏の高校へ進学を希望する次男のオープンスクールに参加するため、遠いので夜中に家を出発し、高速にのってしばらく行ったところで、次男がトイレに寄ってほしいという。近くのPAに寄り、次男一人でトイレに行って戻ってくる途中、見知らぬ人に話しかけられている。深々と頭を下げて何か頼まれている様子。次男が戻ってきて、「車に乗せてもらえないかって。」
真夜中に見知らぬ人を乗せるのに不安がなかった訳ではないけれど、状況からしてかなり困っている様子。事情を聞くとあまりに気の毒で、話しながらおかしいと感じたら次のPAで下りてもらえばいいか、と思い乗せてあげることにした。
中3にしては身長が高く体格のいい次男は、暗がりの中大人の男性だと思って声をかけられたらしい。彼(Mさん)がなぜ、真夜中にヒッチハイクする羽目になったかをまず最初に。
大阪ですし職人として働くMさん。仕事で名古屋へ来て商談を終えた後、ネットカフェでうたた寝をしているすきに、持っていたバックを盗まれてしまい、スマホも財布もすべてなくしてしまった。Mさんは中学生のときに母親を亡くし、家族は父親だけなのだけれど頼れる状況ではなく、友達も知り合いも連絡先は全てスマホに入っているためどうしようもなく警察へ行った。事情を話したけれど、帰りの交通費を貸してもらうこともできず「歩いて外から入れる高速のPAまで行き、ヒッチハイクするしかない」と言われたんだそう。名古屋市内からそのPAまで1日がかりで歩いて、何人か声をかけてみたけど、トラックの運転手さんからはドライブレコーダーがついていると、何かあったときに同乗者がいると問題になるとかで断られ続けたそうだ。
決して悪い人ではなさそうだし、すし職人の話を聞ける機会なんてなかなかないので、いろいろな話をしていたら気づくと京都まで来ていた。「ここまで来れたら大阪までは何とかなります」とのことで桂川PAで下りてもらうことに。名前と連絡先、お店の場所も教えてもらい「いつかお寿司食べさせてくださいねー」と言って別れた。
お店は特に店名もなく看板を出していないという。ネットにも情報を何も出していないそうで、「一見さんお断りですか?」と聞いたら、そんなわけではないけど、常連さんを大事にするお店のようらしい。中学卒業してからお寿司屋さんで修行して、30代になってようやく自分のお店を構えようと準備中だったそうだ。お寿司にかける情熱をいろいろと聞かせてもらったので、いつかMさんの握るお寿司を食べてみたいなぁ、と思う。全然土地勘のない大阪で、果たして看板のないお店にたどり着けるのか。そもそも、真夜中に出会って車を運転しながら話していたので、あまり顔も覚えていない。時間がたつにつれて「あれは夢だったのかも...」なんて思ってしまいそう。
「難波のたこ焼き屋に「すしやのM」って言えば、店の場所は教えてもらえますよ」という彼の言葉だけを頼りに、いつかきっと。