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西尾維新『人類最強のsweetheart』既読前提感想

 まあ、死にたい奴は勝手に死ねってのがあたしの基本理念じゃあるんだが。
「『あるんだが』、でも?」  
 あるんだが、でも──あたしに守られることが『究極の安全』だなんてふざけた評価は、是が非でも覆しとかねえとな。哀川潤に命を守られることは、この世の誰から命を狙われるよりも危険なんだって、予知能力者に思い知らせてやるよ。

 人類最強の請負人・哀川潤を主役に据えた、最強シリーズ第4弾⋯⋯にして完結作。
 前巻『人類最強のときめき』から、およそ3年ぶりの刊行。本シリーズが連載している雑誌『メフィスト』(追ってるわけじゃない)にて、2018年1号を最後にストップしていたのが不安だったのだけど、そちら収録の『人類最強のPLATONIC』を(こちらで)読んだところ、最終話として執筆されたと言っても納得できる内容だったので、単に完結していただけと見るのが妥当だったか。

 ただ、この巻に関しては、一冊の小説としての異様な薄さがちょっと気になるところ。
 西尾維新さんのことなので、そこに何らかの意図があってもおかしくはない。事実、本シリーズの原点となる戯言シリーズの一部作品はページ数を計算して執筆されていたわけで。  
 ⋯⋯まさか、『ザレゴトディクショナル』で述べられていた、「二十四冊もシリーズを続けたら、最後の方なんて、とんでもなく薄い小説が出来上がるだけなんじゃないだろうか」という言葉を回収したわけじゃないだろうな⋯⋯(戯言シリーズ、人間シリーズを含めると、この巻で二十冊目)。

 実際に読んでみて思ったこととしては、物語における「問題提起」から「解決」までの間が殆ど省略されているというのが、各編の多くに当て嵌まっていて、それがページ数の短さに繋がっているんじゃないかということ。
 ある意味、忘却探偵シリーズの掟上今日子さんよりも早い⋯⋯潤さんの場合、最速ではなく最強か。
 そんな感じで前書きを締めて、各短編ごとに感想を書いていきます。


①最強vs最(再)会
『人類最強のlove song』

  
 今は亡き零崎一賊の殺人鬼にして音楽家・零崎曲識が遺した楽譜の謎に迫る話。   
 漢字タイトル(『初恋』『失恋』etc)、ひらがなタイトル(『ときめき』『よろめき』)と来て英字タイトルに突入した今回、そのトップバッターを飾るのが、まさか人間シリーズ第3弾『零崎曲識の人間人間』で主役を務めた零崎曲識だとは。⋯⋯もっとも、潤さんを主役として恋や愛の話をするなら、彼はある意味、最も欠かせない人物ではあるが。

 今振り返ってみると、潤さんと曲識の関係は、西尾維新作品によくある、天才と凡人のバディに近いものがあるよなと思う。距離感とか。
 無論曲識は様々な意味で凡人ではないのだけど、まあ、潤さんを前にすれば大体の才能、大体の人格は相対化されてしまうので。
 哀川潤という規格外の存在に恋してしまったのが零崎曲識であるならば、零崎曲識という規格外の存在に恋してしまったのがこの話のゲスト・時宮時針さんである。⋯⋯彼女もまた、呪い名である時点で十分に規格外であると言えるが。
 実際、あの世界において曲識ガチ恋勢(?)は結構いそう。潤さんガチ恋勢はどうなんだろう?

 そんな曲識が、遺した楽譜。
 楽譜を用いたトリック──と言えば、過去にコミカライズ版『掟上今日子の備忘録』巻末収録のおまけ漫画『掟上今日子の置手紙』で行われていたけれど、本作はそちらと異なり、それを読者に提示しないまま潤さんや時針ちゃんが謎を解く形になっている。こちらはミステリではないということだろう。
 love songというタイトルだけど、愛の歌というよりは音楽愛と言える内容だったかな。冒頭で潤さんが曲識の定義付けを行なっていたのがラストに繋がってくる形で、そのエグさも含めて良いオチだった。


②最強vs最多
『人類最強のXOXO』

  
 依頼を受けた潤さんが、何京もの虫螻が蠢いていると噂の研究施設『怪々館』に囚われた研究者を救出しにいく話。
 まず目に付くのがそのタイトル。XOXOとは、キス(X)とハグ(X)を意味する英語のネットスラングで、hugs and kissesと読むらしい。
本作では「キスハグキスハグ」とルビが振られている。
 ハグをバグ(虫)と掛けているのだろうか、ということくらいしか私には分からないが、いずれにせよ、こんなスラングをタイトルに持ってくる変態的なセンスに脱帽である。

 内容としては、シンプルに皮肉の効いた話になっている。
 無駄なくコンパクトにまとまっているところとか、それでいて虫にまつわる言葉遊びをコース料理のごとく仕込んで来るところとか、流石の巧さだった。ただ、もっと色んな昆虫を出して、賑やかな中編にしても良かったんじゃないかなとも感じた。『純愛』のセイマーズとか、ああいう発想が凄く面白いと思うので。⋯⋯勿論、救出という任務がある以上、脇道に逸れちゃあダメだけれども。

 この話のゲストは、『クビキリサイクル』以来の登場となる佐代野弥生さん。
 デビュー作以来って凄い。
 『クビキリサイクル』が2002年で、本作が雑誌に掲載されたのが2017年だから、実に15年ぶりとなる。
 弥生さんは、あの当時──癖の強い天才達が集う、鴉の濡れ場島の中では数少ない常識人ポジションだったのだけど、こちらではあの潤さんの前で、一筋縄ではいかない性格を披露している。
修羅場を乗り越えて強かさを身に付けたのか、それとも視点や状況が変われば見え方も異なるという一例か。『箱庭辞典』の赤坂くんの項目なんかで述べられた、西尾維新さんなりの変人讃歌の一環であるとも捉えられるかな。

(前略)役割を果たしたり果たさなかったりするのは、現実の人間も同じだ。赤坂くんは読切にて自分の役目を全うしてくれたけれど、もちろん私は彼が、普段、仲間の前では、めだか達に負けず劣らずな、奇人変人であると信じている。
(『めだかボックス コンプリートガイドブック めだかブックス 箱庭辞典』)

 ⋯⋯以前も引用したけれど。


③思わぬ原点回帰
『人類最強の恋占い』

 
 計4ページの掌編で、元は『アニメ「クビキリサイクル 青色サヴァンと戯言遣い」解体新書』に寄せられたもの。
 次に収録されている表題作『sweetheart』の後に発表された作品というのもあってか、そちらを(『クビキリサイクル』と同時に)補完する内容になっている。西尾維新さん的には、『sweetheart』を書いてから、姫菜真姫さんを書きたくなった、掘り下げたくなったといった心中だったのだろうか。
 冒頭から時系列に驚かされた──嵐のような4ページだった。


④最強vs最期
『人類最強のsweetheart』

 
 表題作。母の能力を受け継ぎ、自身の命日を予知してしまった姫菜幻姫を、潤さんが如何にして守り抜くか、といった話。
 sweetheartとは、心臓がドキドキする様から派生して、恋人を意味する言葉だったのが、近年では恋人に限らず素敵な人、大切な人に対して用いられている、らしい。本作では、姫菜幻姫にとっての姫菜真姫がそれに該当するのかな。
 或いは、「甘い心」と訳して、作中で潤さんが見せた一面を表しているのかもしれない。⋯⋯あんな解決法をとられちゃ、幻姫としてもそりゃあ胸がドキドキせざるを得ないよな。

 この話のゲストである姫菜幻姫が、とても魅力的なキャラクターだった。飄々と振る舞う彼が、囚われていたもの。偉大なる母。希死念慮。
 今は亡き人物が遺したもの、といった要素が、『love song』と共通しているのだけど、遺されたものがあるなら、それに縛られている者もいるわけで。
 幻姫の場合、その壊れっぷりが、戯言シリーズのキャラだな、と感じるところである。

 しかし、今回の幻姫や、過去に遡れば戯言遣いや想影真心など、潤さんは死にたがりもしくはそれに類する人間を、強く惹きつけるものがあるみたい。
 『混物語』の刊行記念サイトの相性診断でも、病院坂黒猫とペアだったし。あれは中々想像し難いものがあったが。
 そんな彼女の持つ、強烈なハッピーエンドパワーを久々に感じることができた一編で、良い読後感だった。道中に様々な破茶滅茶があったんだろうな⋯⋯。
 
 ⋯⋯しかし、あのときの0.0000000000000003割の確率を思えば、今回の件など、潤さんにとっては容易に覆せる、捻じ曲げられる未来だったのかもしれない。


⑤最強vs最期II
『人類最強のJUNE BRIDE』

 
 100%の確率で人の死を予言するAI・デジタル予言者の是非を問う話。
 JUNE BRIDEとは、6月の花嫁、6月の結婚を意味する言葉。ラストでやや強引に(?)回収される。
シリーズ2巻の表題が『人類最強の“純”愛』だったというのもあって、今回はこちらを表題に持って来れば良かったんじゃないかと思った(JUNE→ジューン→ジュン)。
 まあ、話自体は今回の中で一番地味というか、潤さんが持論を述べるだけに近いものであるけれども。

 この話のゲストは姫菜幻姫(再登場)。こちらでの生き生きとした彼も良いな。
 『sweetheart』が幻姫にとって、未来の死を回避した物語であるならば、こちらは彼にとって、未来の生に繋がる物語だったのだろう。
 生きる目的が、生まれた物語。

 それともう一つ、人か否かの違いはあれど、存在そのものが世界に波紋を呼び、規制を余儀なくされるといった点において、潤さんとデジタル予言者は共通していると言えるな⋯⋯。


⑥最強vs最初
『人類最強のPLATONIC』

 
 久々に京都府警を訪ねた潤さんが、無残な死体として発見された、女子高生の死の真相に迫る話。
 PLATONICとは、精神的な様子、(肉体的でない)精神的な愛を意味する言葉。語源は哲学者のプラトン(の思想)から。
 作中では、「プラトニックな初心に帰る」といった風に使われている──原点回帰。潤さんにとっての原点である「人間」と、シリーズの原点──この場合、最強シリーズではなく戯言シリーズ──であるミステリとが掛かっているのだと思う。
 SFからミステリへの移行(帰行)。それに伴い、彼女が本シリーズにおいて、これまで相対してきたものの壮大さに対する、人間の矮小さ、といった対比があらわになる。

 一番近くにあるはずなのに、一番手が届かないもの。
 強くなくても得られるそれは、強くないからこそ得られるものであって、強さを手放さなければ得られないものなのか。
 これまで自分と関わってきた数々の人間──戯言遣いしかり、この話のゲストである佐々沙咲しかり──を成長へと導きながら、彼らの成長を前に、ひとり取り残されてきた彼女の、「人間」への思い。
 彼女は変わったのか、変わっていないのか。
 丸くなったのか、尖ったままなのか。
 大人になったのか、子供のままなのか。
 ⋯⋯そんな、ひとつの青春の終わりを告げるような読後感の一編だった。

 本作を事実上の最終話として見るならば、これまでのテーマをひっくり返すといった形(『混物語』の『みここコミュニティ』に近いなと思う)で、確かにオチてはいる。ただ、その一方で、例えば『初恋』に登場したシースルーくんが、潤さんの窮地に駆け付けてきたりとか、そういった繋がりを見てみたかった思いも否めない。
 それと、ひっくり返しただけならば、着地点としてはゼロに──ふりだしに戻っただけじゃないか、というのも。
 戯言遣いというはみ出し者を主役に据えた戯言シリーズや、零崎人識というはみ出し者を主役に据えた人間シリーズにあった多幸感・充足感が、哀川潤というはみ出し者を主役に据えたこの最強シリーズには欠けているのである──この終わりかたでは。
 だから、その意味でも後述の新展開に期待したいのだ。


⑦終わりは始まり──新たな開幕!
『人類最強のhoneymoon』

 
 ラスト。計3ページの掌編で、巻末予告という位置付け。
 honeymoonとは、新婚旅行、新婚期間、それが転じて新たなことをする期間、といった意味になるだろうか。
 『失恋』で既に月に行ってさえなければ、こちらで行ってたようなタイトルだなと思ったけれど、その点もちゃんと触れられていた。羽根(“ハネ”)を伸ばす+月(“ムーン”)。
 物語は続く、といった感じの締めかたなんだけど、しかしこれが思いの外、哀川潤を主役とした物語のラストに似合うものだった。ある意味、『PLATONIC』よりも。

 「多くのものを失いながら、かけがえのないものを得た」に対する、「失うものなら、いくらでも」⋯⋯と、いうことなんだろうな、と思う。
 戯言遣い、及び零崎人識が、凄惨な過程を経た後に幸せな現在に辿り着いたといった結末を迎えたのに対し、哀川潤に結末はなく、ひたすら未来へ突き進むという違い──それがそのまま、戯言シリーズ・人間シリーズと、最強シリーズとの違いになる。

 だから、『PLATONIC』において、『ネコソギラジカル(下)』や『戯言遣いとの関係』のような多幸感・充足感を得られなかったのは、その意味では妥当であるというか、仕方がなかったのかもしれない。
 何故なら潤さんにとって幸せとは、辿り着くものではなく追い続けるものだから。それでいて彼女は、結果に至ったときよりも、その過程──何かを追い求めているときの方が、幸せに満ち溢れている、ように見える。それは果たして幸か不幸か。

 ともあれ。哀川潤の終着点が描かれた『求愛』が最終話とならなかったり、事実上の最終話である『PLATONIC』で完全に終わらず、その続編が付加される辺りが哀川潤らしさで──そんな幕開けのような幕切れこそが、彼女のエピローグに最も相応しい形なのかもしれない。


 
 ⋯⋯と、いうわけで、最強シリーズ完結と共に、新シリーズ始動!!
 その第1弾は、『人類最強のヴェネチア』。
 シリーズ名はどうなるのだろう。世界シリーズ、は既にあるから⋯⋯都市シリーズ? 地名シリーズ? 地球シリーズ?
 月や深海にも行ったこれまでに比べると、スケールダウンした感は否めないが、そもそもまだ読んでいないしわからない。旅行を趣味とする西尾維新さんの趣味が、存分に発揮されたシリーズになるのかもしれない⋯⋯『掟上今日子の旅行記』や『たびたびデーモンストレーション』のように、だろうか?
 ともあれ、楽しみに待つ──年内刊行!!


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