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推しぬいに怨念がこもる
20時間ほどかけてようやく出来上がった周平くんぬいの顔に、躊躇なく包丁を突き立てる。
布は思ったよりも丈夫で、意外と切れない。
布切りばさみを手に取り、目玉の下をチョッキン。そのまま目玉に沿ってチョッキンチョッキン。くり抜かれた目玉がふわりと落ち、目玉のあった場所からはもわりととした綿が吹き出した。傷口を広げるように目に指を入れグリグリすると、気持ちがスーと落ち着いてくる。
「なにしてんの!?」
振り向くとギョッとした顔をした主人がいた。
「壊してるの。汚されちゃったから」
ぬいぐるみを作っている最中は、ずっとずーっと周平くんのことを考える。可愛いな、素敵だな、幸せになってほしいな、次はどこでライブするんだろう、1針ずつ丁寧に丁寧に、思いを込めて縫っていく。
それなのに、なんてことをしてくれたんだろう。
「作っている最中にね、周平くんが優也くんの写真をXに上げたの。それ見たらもうだめだよ。わたしは周平くんだからフォローしてるのに、なんで優也くんのときの写真を上げるんだろうね。優也くんの方は絶対見ないようにブロックしてるのに」
汚れないように、大切に大切に縫ってきたのに。優也くんを見たらもうだめ。周平くんぬいに怨念がこもってしまう。だから殺す。ぬいぐるみに込められた怨念は、いつか必ず災いをもたらすから。
「ほんと最悪。せっかくここまで作ったのに」
「優也くんって誰?」
「周平くんの源氏名」
「あぁ、なるほど」
優也くんは歌舞伎町タワーに沿って左の道をまっすぐ進んだ、西武新宿駅に近いホストクラブにいる。途中にあるローソンで、よく仲間たちがお菓子やポケモンカードを買った写真をXに上げてる。お店の前には指定ゴミ捨て場なのか、ゴミ袋が大量に積まれていて、明らかにその場で捨てられたであろう缶やビンが散乱している。それを片付けるどころか見向きもせず、当たり前の日常風景のようにホストクラブに入っていく、おそらく出勤前と思われる冴えない男を見て、背筋が凍った。
近くであったライブ後に再び足を運ぶと、やっぱりゴミはそのままだった。
しばらくボーッとお店を見ていると、男性が出てきて肝が冷えた。
優也くんではなかった。
男性の後ろには40代くらいの太った女性がいた。仲良くおしゃべりして、肩を寄せ合ってくっついたと思ったら、そのままバイバイして見送っていた。
こんなゴミが溢れ、ドブネズミが走り回るような汚くて臭い街で、デブで冴えない女に自らの身体を提供してるのかと思ったら、あれはわたしが知ってる周平くんではなく、優也くんなんだなと、記憶に蓋をした。
優也くんはいつも、女からプレゼントされたダサいグッチの帽子を被り、デブな女にその綺麗な顔と身体を提供している。そういうお仕事だから仕方ない。
わたしの周平くんは、フェンダーの帽子を被っていることが多く、綺麗で素敵なアーティストさんの横で、ギター演奏を提供している。
ふと、ド派手なグッチの帽子が似合う男って誰だろうと考える。
ブサイクか50歳以上の男性という結論が出た。ブサイクか50歳以上の男性がグッチの帽子を被っていたら、「いい仕事してるんだな」と素直に思うことができるけど、優也くんくらい若くて綺麗な顔の人が被っていたら、いい仕事してるなとは1ミリも思えない。女に貰ったか、ホストだなと思う。ホストだけど。
「わたしは周平くんが好きで、周平くんが見たいってずーーーっと言ってるのに、ときどき優也くんの写真を上げるの。わたしへの嫌がらせかな」
「それは自意識過剰」
「そんなに優也くんでいたければ、もうずっとホストだけやってればいいじゃん」
右腕をハサミで挟み、チョッキン。
これでもう、ギターは弾けないね。
下半身もいらないか。下半身がなければホストはできないね。性を売る商売がどこまで身体を売るのか分からないけど。
胴体をハサミで挟み、ジョッキンジョッキン。
切り口からボワっと綿が溢れ出た。
顔もいらない。この綺麗な顔があるから、デブな女が「わたしはもう周平さんにしかサポート頼まないから!」と彼女気取りで勘違いする。
首をハサミで挟み、ジョッキン。
頭部がコロコロと転がり床にぼとりと落ちた。
「それどうすんの」
「塩ふって捨てる」
バラバラになった周平くんぬいをビニール袋に詰めて塩をふる。本当は土に埋めたいけど、そんな場所はないので、生ゴミと一緒に捨てる。
わたしの周平くんを汚さないでください。
わたしが作っているのだから、わたしの周平くんです。絶対に他人には渡しません。
「また作り直さなきゃ」
今度は邪魔されないように、周平くんをブロックした。わたしが好きなのは周平くんです。優也くんではありません。周平くんが優也くんをアピールするのであれば、周平くんもろとも殺す。脳内で殺す。
推しを縛って閉じ込めておきたい。
暗い部屋で、誰にも見られないで閉じ込めておきたい。
そうすればずっと、綺麗なままだから。
それができないから、ぬいぐるみを作るんだ。周平くんが綺麗なまま、いつもここにいるように。