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オタクを絶対に手放さない
いい推しの日には、色んなアイドルやアーティストを検索する。名前で検索をかけ、オタクが「いい推しの日」とタグをつけてポストしているかどうかで、人気度や活動内容が分かる。
アイドルやアーティストで、オタクが1人もポストしている人がいなかったら、「今までなにしてきたの?」という話で、この日はステージに立つ仕事をしている人にとっては成績表が出るような日だ。
とくにダサいのは、名前で検索かけたときに、本人のポストしか出てこない。これが1番ダサい。そうならないように、推される側の人は、なるべくこの日は沈黙を貫いたほうがいい。
このように言うと「自分は不特定多数がひっかかる名前だから」と安心してる人もいるが、覚悟がなく、そう考えていることはオタクには見透かされているので、早いとこリタイアして他の仕事を探した方が人生を有意義に過ごせるのではないかと思う。
いい推しの日は、オタクのためにあり、オタクが愛を叫ぶ日なのだ。
そしてわたしは気づいてしまった。
白キャンラストライブから帰宅中の主人に急いでLINEする。
「ちょっと! あんたの推しちゃん、誰もポストしてないんだけど!」
名前で検索すると、本人のポストしか出てこない。その画像をスクショして送る。
「まずいな……」
推しが複数いるオタクは、浮気になるからと
あえて沈黙を貫く人もいる。主人がそうだ。
にしても、誰もポストしないのはやばい。
「さすがにゼロはヤバいっしょ。推しちゃん病むよ」
「わかった。今ツイートする」
数分後。
「しといた」
送られてきたスクショを確認すると、
【#いい推しの日 らしい】
と一文だけ書いて、推しちゃんと、白キャンの小野寺梓の写真を一枚ずつ載せていた。
思わずため息が出た。
「あんたアホやな。梓の名前と推しちゃんの名前入れなきゃ意味ないやろ。せっかく梓で検索されてるの多いときなんだから」
白キャンラストライブ直後。小野寺梓で検索する人は多いはずだ。
「なに」
「【推しちゃん
小野寺梓
#いい推しの日 】
せめてこれやろ。あんたはSNSの使い方がなっとらんわ」
「泣」
数分後。再び送られてきたスクショには、しっかりと推しちゃんの名前と小野寺梓の名前を入れてあった。
「無駄にSNS番長だな」
どうしたら人目を引くか。どうしたら人気が出るか。こうしたらいいのに。こうしたらもっと見てもらえるのに。
そんなことを常に考えている。オタクだからこそ、オタクがどこにひっかかるかが分かるのかもしれない。
帰宅した主人。主人は小野寺梓が小野寺梓になる前から推していた。
真っ白なキャンバス。最初は、どうせすぐに埋もれると思っていた。
でも、彼女は本気でやり切った。7年間を走り抜けた。幕張メッセでのライブは、記念すべき1000回目のライブだったそうだ。まるで仕組まれたように、ものすごい速さで走り抜けた。
「ライブどうだった?」
「いやー、まぁ、よかったなぁ」
わたしみたいにライブを思い返して感想を書いたりしない主人には、「よかったなぁ」の一言に全てが込められている。
「マメなんだよね、梓。オタクをめちゃくちゃ大事にしてるし」
ツイキャス、TikTok、インスタ、X。SNSをこまめに動かし、配信もし、動画もアップし、定期的に色っぽい写真もあげる。
【おはよう! 今日はゲネしてくる!】
と、短いおはようポストもしっかりやる。
「人気出るアイドルは、オタクを離さないんだよ」
「それはあるね」
どんなに新規をつけたって、既存客が離れていったら増えていかない。
「おはようポストとかもそうだけどさ、頑なにやらない奴いるよね。お前どこの一流芸能人だよみたいな」
プライドなのか、めんどくさいのか。
「毎日毎日同じ時間にポストするとさ、記憶に残るんだよね。習慣化してくるし、定期的にあげる写真もそうだけど、脳にこびりつく感じ。「この人1日2回はポストする」って分かってれば通知も取るし。離れなくなるんだよね。そのオタク心理がさ、梓はしっかり分かってるよね」
「梓はもともとオタクだからな」
「それ強いよね。オタクがアイドルやるパターンが1番強い」
オタクの気持ちがわかるアイドル。
【おはよう! 今日は18時からどこどこでライブです! 来てね! チケット購入はこちら→URL】
売れないアイドルやアーティストは、こんなポストばかり。普通に考えて、このポストに「いいね」を押そうと思うだろうか。行きもしないライブにいいねは押せない。だから結果的にいいね数がフォロワーの人数に比べて非常に少なく、見栄えが悪い。
これを、オタクたちは感覚的に察する。
「推す価値ないな」と。
感覚の優れたオタクなら、小野寺梓のXを見るだけで、どれだけオタクを大切にしてて、どれだけ楽しませようとしているかを見抜く。
所詮いいねだけど、いいね数でだいたい分かる。オタクが気軽にいいねを押せるポストはなんなのかを研究するだけでも、だいぶ違ってくる。
いいねは「見てますよ」という、オタクができるもっとも簡単なアクション。それすらもさせない雰囲気のアイドルやアーティストを、誰が推そうと思うのだろうか。
主人と話していたら、主人のスマホが震えた。
「推しちゃんからいいねきたわ」
先ほどあげた「いい推しの日」のポストに、推しちゃんがいいねしたようだ。
「やっぱ気になって見てるんだね。いい推しの日にゼロ件はキツイっしょ。わたしですら1件あるのに」
「あんたあるのか!?」
そう、「いい推しの日」とタイトルに書いたわたしの記事を紹介してくれた方がいたので、わたしの名前と、「いい推しの日」で検索するとひっかかる。半ば強引ではあるが、わたしも「いい推しの日」で名前が上がるようになったのだ。やったー。
オタクを大切に。自分を好きになってくれた人を逃さない。これができる人が、どんどんどんどん上がっていくのだろう。
朝早く仕事に行った主人からLINEがきた。
「さすがだな」と一言。
続けて送られてきたスクショは、昨日の「いい推しの日」のポストに、小野寺梓からいいねがついたことを知らせる画像だった。
フォロワー7万人以上。もう昨日で解散した真っ白なキャンバス。
それでも小野寺梓はいいねをしてきた。
「オタクを絶対に手放さない」
この信念が、彼女にはまだあるのだ。
彼女の今後に期待する。