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客が演者を殺す
「ライブどうだった?」
「いやー……予想通り酷かったねまじで。もともとあの界隈身内感濃くて好きじゃないんだけど、さらに増して濃くてヤバかった。最初も最悪、最後も最悪。わたしが行く現場ではないわ」
「それ言うとまたあんた嫌われるよ」
「別にいいよ、そもそも界隈違うし。気持ち悪いんだよね、やってることが学生ノリで。整列も客任せだしクソ現場の典型で、ある意味勉強になってよかったな」
番号順に入場なのに整列が客任せ。
客は声を掛け合って並ぶ。あとから来た人は、声をかけられる人なら声をかけて、人間を半分に縮小したスペースしか空いていないそこに割り込む。声をかけられない人は、けして吐き出さない不満を溜めながら1番後ろに並ぶ。
開場の15分前に着いたわたしの前には、並んでるのか並んでないのか分からない、ぐだぐだにいる30人程度の客。周りの会話を盗み聞きしながら、31番と思われる場所の少し後ろに並ぶ。
「あ! 〇〇さんだ! お久しぶりっす!」
突然大きな声が響き、声を発した人の視線の先を見ると知らない男性。知らない男性が軽くお辞儀をすると、わー! っと周りが盛り上がるけど、わたしにとっては知らない男性でしかない。ここは同窓会だろうか。
待ってる間、あちこちで同窓会的な会話が交わされる。客同士がほぼ全員の客を認知しているような。そうではない客は、友達や家族で来ていて、1人でいるわたしにとっては、無視されているわけではないけど話しかけられないだけで無視されている人に見える学生の頃を思い出すようで、苦痛にただただじっと耐える。
開場時間の17時30分になり、「やっと入れる」とホッとした。
けれどもなかなか開場しない。
17時35分になった。アナウンスなしでも待てるリミットだ。しかし、開場しないし、「遅れてすみません」のアナウンスもない。いったいいつまでこの究極的に居心地の悪い待機列に並ばされているのだろう。
17時40分になった。開場しない。まじで帰ろうかな。下の階に鎌倉パスタがあったから、食べたいな。食べれば機嫌は直る気がする。
そんなことを考えていたら開場した。17時42分くらい。
「やっと入れる」と思っていたのに、なぜかなかなか列が進まない。
どうやらファンクラブの方は現地支払い可のようで、それの集金に手こずってるようだ。
ファンなら他の客がスムーズに入れるように先に支払い済ませておけよと舌打ちする。
結局座れたのは17時50分。着席現場のときは右側に座ることの多いわたしは、2列目の1番右の席に座った。けど、ふと感じた空気が悪かったので、すぐに2列目の1番左の席に移動した。
当たり前に18時スタートを15分ほど遅れてライブは始まった。
「ライブはまぁ普通だったんだけどね。良くも悪くもなく普通。歌上手いしギター上手いしね。撮影禁止にしてくれてたから、すごく見やすくてそれはよかったんだけど、最後だけ最悪だった」
「最後?」
「アンコールの曲だけ撮影可になったんだけど、アンコール前に、客の3分の1くらいの人がドタドタって後ろに移動したの」
「あぁ、花束渡すやつか」
「って思うじゃん? それがなんもなかったの」
「は?」
「なんかあとで他の人の動画見たら、後ろでみんなして立って、肩組んで踊ってたみたい」
「へぇ」
アンコールの手拍子が鳴り響く中、ドタドタと3分の1くらいの客が後ろへ走って行った。2列目にいたわたしには後ろの様子がわからない。
2列目にいるわたしの周りの人もほとんどが後ろに行き、1列目に座っているご夫婦のような人は「何事?」と驚く。
おそらくファンクラブの人たちが事前に決めていたことなのだろう。
ふと気になって右側の客席を見ると、3列目までのほぼ全員が後ろへ移動していて、残った人は「わたしはファンクラブではありません」と主張しているようにポツンとしている。
「最初に右側に座ったときに感じた違和感はこれだったか」
わたしの危機察知能力の高さは優れているようだ。右側の2列目にいたら地獄だった。
「え、あの人たち何してるんですか」
アンコールの掛け声で出てきたアーティストさんは驚きながらも、曲をスタートさせる。
「だからさ、アンコールだけ撮影可だったからさ、他の人がSNSに上げた動画見たら、客席ガラガラなの」
「うわー……最悪だな」
「最後に客いない演出してどうすんのって感じ。現地で座ってるほうも最悪だったよ。最後なのに前の方ガラガラでさ、わたしの周りはポツポツいたけどキツかった。ワンチャン花束でも渡すならよかったのに、ただ騒ぎたいだけの奴がラストぶち壊し。それやるなら最初から後ろに座ってろよって感じ」
「あ、それはそうだな。俺は生誕イベントのとき、絶対前行かないから。常識」
アイドル生誕を仕切る側にいる主人は、フロア作りをまじで大切にする。
「他の界隈のライブとか全然行ってない人たちなんだろうね。身内感濃くなった現場の末路を見た感じ」
「よくあるよ。客が演者をダメにするパターン」
「配信で見た人だけ勝ち組だよ」
ラーメンがどんなに美味しくても、お店にいる常連客が騒ぎ散らかしているようでは、新しい客は行かない。
「客が来ないのはラーメンがまずいからだ。もっともっと美味しいラーメンを作れば客は来るはずだ」
店主は自責の念で頑張るけれど、頑張る方向性が違う。
「こうなっちゃいけないなって典型を見た感じ。フロアってさ、客同士がいつも演者の取り合いでちょっと揉めてるくらいがちょうどいいんだよね。で、「みんな仲良くしましょうよー」って仲裁する人が何人かいてさ。それでバランス取れてるのに、あんなファン同士が密接に関わって仲良くなって巨大な組織になって、ライブの雰囲気ぶち壊せるようになっちゃうと、もう終わりだよ。演者殺しだよ」
「でももう終わるんだろ」
「一旦終わりみたいだけど、分からないね。次あるなら配信で見るよ。まじで潰れればいいのにあのファンクラブ」
「あんたそれ書くとまた嫌われるぞ」
「別にいいよ。なんも考えてないのあいつらじゃん。ガラガラの客席が映されて悲しくならない? 全然人気ない人みたいじゃん。自分らが楽しければそれでいいわけ? アーティストへの侮辱行為だよ。すんごい腹立つんだけど」
久しぶりにひどいライブを見た。きっと、配信で見ていた人は知らない。配信組は勝ち組だ。
声を上げると、会ったこともないファンクラブの知らない人が、気づいたらわたしをブロックしてる。だから、嫌なことがあってもみんな書かない。
あーあ、そうしてアーティストがどんどん死んでいくんだ。
演奏は素晴らしいのに。演者は素敵なのに。
こうなっちゃいけないな。
反面教師。
こうならないように、自分はどう立ち回れるのだろう。
日々考える。
客がもっともっと増えて、アーティストがもっともっと活躍できるように。