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ホスホス



 チームホスホスとして活動する推しのギタリストが、
「本日はアコースティックにて!」とポストした瞬間、頭に血が上り、
「喧嘩売ってんのか殺すぞ」
 と、仕事中に呟く。

「あんた、チャラ男のことでキレるのはいいけど、仕事中はやめろ」
 主人に嗜められる。

「そうだったね。ごめんごめん」
 怒りや悲しみは文章を書く上で必要な感情で、気持ちが揺さぶられたときほど頭が冴える。
 わたしの推しのギタリストを、しょっちゅう連れ回している女アーティストがいて(通称ベイマックス)、ベイマックス関連のポストを目にするとわたしはキレて、猛烈に執筆欲が増す。
 箱ライブならまだしも、狭小BARや路上ライブ、無料配信にすら引っ張り出して、我が推しの価値を下げ続けている。

 当然いくらかお金を払っているのだろうけど、その執着っぷりはもはやホス狂いで、ベイマックスに合わせてなのか、価値を下げられることに抵抗した推しくんのプライドなのか、2人で一緒に出るときは、サングラスにグッチの帽子、鎖骨が見えるくらいまで首の空いたTシャツ(カルバン・クラインやバレンシアガ)を着て、どこからどう見てもホストにしか見えない服装でギターを弾いている。

 たまたま主人と一緒に見てた無料配信にその2人が現れたときに、
「ホストとホス狂いにしか見えん」
 と主人が言ったので、
「じゃあチームホスホスだね」
 となり、それ以降この2人のユニットは、我が家ではチームホスホスと呼ばれている。

「またチームホスホスで活動してるからさ、むかついちゃって」

「見たくないならブロックしとけよ」

「あ、そうだね」

 そういえばXはブロックされてても相手のポストが見える仕様に変更されたのだったと思い出す。

 世間では「見られたくないからブロックしてるのにふざけんな!」とざわついているようだが、わたしの場合は見られたくない奴ではなく、見たくない奴のポストが流れてこないようにするためにブロックしてるので無問題である。

 わたし自身は誰に見られても構わない。
 本名でやってるし、家族も職場の人間も知ってるし、なんなら先日はちんこちんこ言ってる記事も書いたし、その辺りの開き直り具合はそんじょそこらの奴らより群を抜いていると思う。

「推しくんはわたしなんかに興味ないと思うけど、ブロックされてても見れるから関係ないよね」
 と思い、安心して推しくんをブロックした。
 
「ホスホスで活動するのやめてほしいんだよね。クソダサいじゃん」

「金貰えれば仕事なんだから仕方ないんだよ。ホストも結構大変なんだから」

「今はホストの話はしてない」

「似たようなもんだろ」

 サポートギタリストというと有名なのはYOASOBIのアッシュさん。ギターは上手いし、ルックスも良い。

「似たようなものになっちゃダメじゃない? YOASOBIのアッシュさんとかさ、いくら金積まれてもベイマックスの隣では弾かないと思うよ」

「んー……」

「品位が下がるよ。まぁ推しくんはさ、今は現場少ないし、作曲とかできるわけじゃないから仕方ないけどさ」

「チャラ男作曲できないのか。何ができるんだ?」

「さぁ。ジャズもできないし、譜面見てギター弾くことじゃない? 知らんけど」

 ふと考える。サポートのギタリストって、何ができれば優秀なんだろう。

「外見はピカイチなんだけどさ、求められるものが、外見だけってキツくない? 推しくん、整形もしてなさそうだし」

「整形してるとなんか違うのか?」

「え? だってホストとかキャバ嬢ってさ、整形してる人の方が本気じゃん。努力するじゃん」

「なるほど」

 今の自分を変えたいと思うから、整形したり、勉強して知識を身につけたりする。そしてそれらが他人に求められるレベルになるまで、努力し続けるのが人生だ。
 
「わたし絶対芸能系の仕事だけはしたくないな。アーティストとか、俳優とか。あの類の人ってさ、よっぽど成功しない限り求められない
人たちでしょ」

 例えばどこかの会社に勤めれば、最初っから求められる。仕事は当たり前にあり、いつも求められるからお金をいただける。それが辛いとか、やらされていると感じるときもあるけれど、基本的には求められるから働けるし、仕事終わりは充実感がある。

 アーティストや俳優は、最初は全く求められない。求められないところからスタートして、営業して、頭を下げて、「チケット買ってください」と頼み込んで、寄付や募金、投資感覚で、客にチケットを買わせる。
 それが、本当の意味で「求められる人」になるまで、どのくらい時間がかかるのか分からない。

「求められてないことをよく続けられるよねって思う。惨めにならないのかな。趣味で勝手にやるならいいけど、お金をもらわなくちゃいけないわけでしょ? わたしだったらメンタル折れるわ」

「自分には魅力があるんだって勘違いしてるくらいの奴らの方が上手くいくのかもな」

 勘違いで突き進む。

「サポートの仕事もさ、前に大阪にいる知り合いのギタリストに聞いたんだけど、ジャズができるとグッと現場広がるって言ってた。一段上がる感じでさ、求められる現場が増えるんだよ」

 自分の力で稼いで生きていく。日本でも、世界でも、どこにいても通用するような力を。その力を、少しずつでも身につけていく。ギタリストにはそれができると思う。ギターがあればどこでも弾ける。

「でも推しくんの見た目が欲しいアーティストは絶対いると思うんだよね。アッシュさんみたいなさ、どうせサポート頼むんならカッコいい方がいいでしょ。そこに技術がないと、ベイマックスみたいなのに雇われて一生終えるからね。歌舞伎町でしか生きられないホストみたいな」

「チームホスホスとして生きるしかなくなるな」

「作曲かジャズか。まぁ、求められるようにどう生きるかだね」
 
 仕事も、恋愛も、結局同じ。求められる人が出世するし、結婚していく。

 求められるのと、飼われるのは違う。

「俺は求められているんだ」と言いながら、実は飼われているだけの人もいる。

 飼われている事実に目を背けないと、プライドが保てない。

 会社、事務所、取引先、恋人。
 
 飼われないで、どこに行っても、求められるように。

 チームホスホスを見ながらそんなことを考えて、「日々精進しなければ」と、気を引き締める。

「推しくんの現場が増えますように」
 今日も推しくんの写真に向かって祈りを捧げる。
 

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