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「上手くなるかどうかは生徒次第」と言うギター講師





「ギター始めてみようと思うんですけど、堀江さんギター習ってたんですよね? 先生選びとかなんか注意することあります?」

 一杯飲んで帰ろうと寄ったBARで、仕事仲間に聞かれた。先生選び……か。
 どんな先生だったとしても、生徒の自分が頑張れば良いと思っていたので、とくに考えたことはなかったなと振り返る。

「んー、相性って問題もあると思うんですけど、過去にメジャーなバンドをやってたとか、有名なYouTuberとか、自分が憧れているギタリストで、習うことでギターのモチベーションが上がるって人を除くと、絶対に守った方がいい条件は1つかな」

「その条件とは……」

 少し溜めてそれっぽく言う。

「学校を出てる人ですね。音大とか専門学校とか、まぁオススメはしないですけど、誰かに師事してたって人も含めて、必ず誰かにギターを習った経験がある人にした方がいいです」

「あ、なるほど、それは分かりますね。教える側が誰からも教わったことがなければ、生徒の気持ちは分からないですもんね」

「そうそう。まぁこれ言うと偏見だって言われますけど、ギター講師って大半クズですけどね。期待しない方がいいですよ」

「クズですか……」

 楽しい半分、イライラ半分で5年間習っていた先生を思い出す。

「生まれた環境も育ってきた環境も普通じゃないし、会社勤めもしたことないような人がギター講師になってるから仕方ないんですけどね。普通の人だったら、大学出て、良いとこに就職して、結婚して子供をって考えるじゃないですか。音楽の道なんてよっぽど頑張らなきゃ子供どころか結婚もできない人生が待ってるわけで、女ならなんとかなりますけど、男でそれは普通の人は選ばない道ですよ」

「堀江さんの先生がそうだったんですか?」

「いや、わたしの先生の話ではないです。何人かに習ったんですけど、わたしの先生はまだマシな方でしたね」

 ギター講師と言われる人間とは話が合わない。会う人会う人、わたしとは全く合わない。

「ギター講師って、「生まれた時から家にギターがありました」とか、「父親がギターをやってました」とか、さらっと言うんですよ。つまり、子供のときから当たり前にやってましたってことなんですけど、その前提条件を元にレッスンを進めるので、仕事を頑張ってお金に余裕が出てきたから趣味で始める人とか、楽器なんて全然やってこなかったけど勇気を出してチャレンジした人の気持ちが全然理解できないんですよ」 

 頑張ってギターを始める人の気持ちが分からないギター講師。生まれた時から家にあった? どこのセレブだよバーカ。

「1番クズだなーって思ったギター講師はね、「ギター講師ってあんま関係ないんですよ。結局は生徒さんのやる気次第で、僕らはそれをサポートするだけです」って、当然のように言ってたんです。言ってることは正しいんですよ。でも、言ってる人がおかしい。生徒であるわたしが言うならいいんですよ、自分でも頑張らなきゃって思って。でも、ギター講師がそれを言ったらダメじゃないですか。仕事を頑張って、お金を払って習いにきている生徒に対して、ギター講師がそれを言ったらおしまいです。ギター講師失格です。ギター講師だったら「どんな生徒さんでも必ず上達させます」って言わなきゃいけないじゃないですか。お金を貰ってるんだから。まぁその人はね、案の定、誰からも習ったことがなくて、独学極めたような人なんですよ。自分の努力でギターを弾けるようにしたから、生徒にも同じようにそれを求めるんですよ。たぶん、会社勤めもしたことないんじゃないかな。立場が変わったときに考え方を逆転させることもできないみたいでね。そういう自己中心的でクズがギター講師には多いから、だから、最低限見抜く方法として、学校を出てる人です。そのほうがまだマシですよ」

 どこかの政治家のインタビューを思い出す。

「国は国民に何をしてくれますか?」  

 という記者の質問に対し、

「国が国民に何をするかということを、国民は聞くべきではない。国民一人一人が、国に対して何ができるかを考えるべきだ」

 と答えた。

 ごもっともなんですけど、政治家としては失格。それは、政治家が言うべきことではない。

「あと音楽的な話で言えば、子供の頃から楽器やってる人って、音の高い低い、近い遠いっていう、音を【距離】として捉えれる感覚が普通に身についているんですよ」

「距離? それ普通じゃないんですか?」

「あれ? そう思います? わたしね、これが本当に意味分からなくて最初っから躓いたんですよ。小中学は音楽の授業なんて嫌すぎてほとんど欠席したし、高校は音楽なんてなかったから、それも影響してるのかもしれないけど、先生が言う「1つ上がって」とか、「2つ下で」とか言う言葉がなかなか理解できなかった。上って何? 下って何? って。特にギターなんて指板には何も書かれてないし、上下ではなくて左右でしょ。ドとレがどのくらい離れてるかとか、感覚として全然分からなくて。わたしにとってドはドーナツのドだし、レはレモンのレ。ドーナツとレモンがどう違うかもなにも、全然違うし、距離って何? って。言ってる意味分かります?」

「んーー……」

 普通の人は、音が距離って言われて分かるんだ。分からないのはおかしい。当たり前にある知識の差。前提条件の違い。

「前提条件が違うんだなってわたしは気づいたけど、先生は気づかないし、気づけない。だから「指板の音名を覚えた方がいいですよ」なんて当然のように言うんですよ。【音が距離】って分かってない人間が、指板の音名を暗記したって、バラバラに並んだアルファベットのキーボードを覚えるようなもので無意味なんです。わたしは今はそのときの感情を言語化できるんですけど、当時はできなくて、どう考えても無意味なのに「覚えた方がいいですよ」って言われてイライラしちゃってましたね。「あなたは音が距離って分かってるけど、わたしは分かってないんですけど」って。ギター講師の人はね、楽器をやったことがない人のこの悩みを、理解できないんでしょうね。若いときから楽器に触れてきたから」

 最近見たライブで、とあるアーティストがMCで言っていた。その人は、カンボジアに行って、カンボジアの子供たちの前で歌のレッスンをしたらしい。

【カンボジアの子供たちって、手拍子ができないんです】

 音楽に合わせてリズムを刻んで手を叩くこと。これができない。日本なら、幼稚園や保育園に行けばピアノがある。カスタネットがある。タンバリンがある。
 手拍子さえ、そういう教育を受けていなければできないんだ。

「だから、ギターのレッスンはそこそこにして、1年半くらいはずっと理論書を読んでましたね。【音が距離】ってことを覚えるのに、理論書はすごく分かりやすいんですよ。全部数字で説明してくれてるので」

「数字?」

「度数って言うんですけどね。1から8まであって、まぁどんなにバカでも数字くらいは分かりますから、1から3と、1から8だったら、1から8の方が遠いって分かるじゃないですか。距離を表すのに数字で説明する理論書は、わたしにとってすごく分かりやすかったんです」

「音楽理論って難しいって言うじゃないですか。自分、ギターはやりたいんですけど、理論はちょっと」

「そうそう、その感覚もギター講師の人たちとは全然違くて。わたしはそもそも【ギターと音楽を理解するために】理論書を読んでるんですよ。それなのに「ギター弾けるようになってから理論やった方がいいですよ」とか言いますからね奴らは。笑っちゃいますよ。昔の人はよく考えてますよ本当に。音楽をやったことがなくて、なんの前提条件もない人に、それこそカンボジアの子供たちにも分かるように、音楽というフワフワして実体のないものを説明するんです。そりゃあ、理解するのは大変ですよ。実体がないですもん。でも、分かるように書いてあります。それなのに、子供の頃から音楽が身近にあって、今はネットでなんでも曲を聞ける環境で、ぬくぬく甘やかされて育ったギター講師たちって、理論書がどれだけ優れたものなのかを全然理解してないんですよ。分からない人たちのことが分からないっていうか。昔の人たちが、音楽を知らない子供たちのために、どれだけ思いを込めて作り上げたものなのかを全然分かってない気がしてね。なんかもうそういうのも全部含めて、ギター講師ってクズだなって思うんですよ。あはは」

 【6弦スタートの場合】
 1(ルート)の上の弦は4。1から4は2.5の距離。2.5とは、全音2つと半音1つのこと。

 4の上の弦は♭7。1から♭7の距離は、2.5×2なので5.0。全音5つ。

 ♭7の上の弦は♭3。1から♭3の距離は、2.5×3なので、7.5。オクターブは6.0なので、距離的には7.5だけど、度数的には6.0を引いて1.5。マイナー3rd。

 ずっとずーっとノートに書き続けた。
 指板を見れば、距離が分かるようになった。5、6弦だけの、平行にしか移動できない距離ではなく、立体的に、距離が見える。その過程で、度数は全部見えるようになった。ギター講師が子供の頃から身につけている【音が距離】という感覚を、わたしはこうして身につけた。
 

「堀江さんに理論教わりたいくらいですよ。もうギターはやらないんですか?」

 レッスンを辞めて以降、ぴたりと弾かなくなったギター。

「やりたくなったら出そうって思って、ハードケースに入れて押し入れにしまい込んだんですけど、もう1年以上経ちますけど、全くやりたいと思わないんですよね。逆に使います? わたしのギター、ゼマイティスなんで結構かっこいいですよ」

「ライブとかできるようになったら考えますねー」

「生徒がたくさんライブして、めちゃめちゃ有名になったら、そのギター講師は優秀ですよ。だからわたしのギター講師はクズですね。わたしギター辞めましたもん」

「5年も習ってたのにもったいないなー」

「まぁ顔はタイプだったんでよかったです」

「顔かい」

「いや、顔は重要ですよ。顔が無理な男と密室になんか入りたくないですもん」

「じゃあ女性のギター講師に習おうかな」

「それはセクハラですね」

「えええ」

 良いギター講師かどうかは、結果次第。
 くれぐれも、「上手くなるかどうかは生徒さん次第」なんて言うギター講師には習わないように。

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