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箱のイメージがアーティストのイメージになる【結芽乃】



「ライブどうだった?」

「めっちゃよかった。渋谷のロフトヘブン、初めて行ったけどすごい綺麗でさ。あー、ここでやるなら覚悟決まってるなって思った。箱の印象って大事だよね。高そうだけど」

 ポチポチとスマホを操作する主人。

「6万だな。昼間だし、高くはない」

「なるほど。イメージアップで使うなら最高だね。箱のイメージがそのままアーティストのイメージになるってことをさ、アーティストって考えて無さすぎるんだよね。結芽乃ちゃんもMCで言ってたんだ。「前に東京来たときに、この箱でワンマンライブをしているアーティストさんを見て、結芽乃も東京来たら絶対ここでやりたいって思ってて、今日は5年越しにその夢が叶いました!」って。そういうのマジで大事」


 フロアに入るとびっしりと並べられた椅子。狭さはあるものの、ステージにはグランドピアノ、天井にはヒラヒラとなびくレースのような装飾。一目でオシャレな箱だと分かる。東京に出てきて最初のワンマンライブにこの箱を選ぶのはなかなか勇気がいることだと思う。

「これ、良かったらお願いします」
 前列に座っている男性客が、わたしにサイリウムを渡す。
「あ、了解です」
 昔は使い方も分からなかったし、サイリウムではなくペンライトと呼んでいたなぁと、ライブ通いし始めた10年前を思い出す。

「すみません、これお願いします」
 今度は別の男性が声をかけてきた。
「え……」
 見ると、使い捨てカメラが。
「えーっと、とりあえず持っててください。説明は後でします」
「わかりました」

 サイリウムは分かるけど使い捨てカメラは知らんぞ。というか、どうやって使うんだっけこれ。最後に手にしたのは小学生くらいだと思う。

「あの……堀江さん……ですよね?」
 カメラを持ってジッとしていると、また別の男性が声をかけてきた。
「あ、はい」
「自分、○○って言います。いつもいいねありがとうございます」
 結芽乃ちゃんの写真をよくあげているファンの方だった。いつも綺麗な写真をあげているので、しょっちゅういいねをしていた。
「noteも読んでます。今日はよろしくお願いします」
「あ、ありがとうございます」

 軽い挨拶で去っていく男性。とてもサッパリしていて素敵だった。
 フロアを見渡すと女性は3人くらい。なかなか良いぞと思う。男性客の割合が多い方が絶対に売れてくる。

 時間になり、赤いドレスを着た結芽乃ちゃんが出てきた。ステージでギターを弾きながら歌う。見るのは4回目くらいだけど、カリスマ性のある歌い方をする。芯が通っててブレない。そもそも、大分から上京して半年でこの箱でワンマンをやるのだから、その行動力が「ビッグになるんだ」という、メラメラと燃える覚悟を物語っている。
 
 突然、ピコンピコンと効果音のような音がフロアに響く。
「あ、今の音聞こえました? ここで結芽乃と勝負します! カメラをもらった人いますか?」
 手を上げる。わたしを含めて5人が手を上げた。
「今からカメラを持ってる人は、またさっきの音が聞こえてくるまでたくさん写真を撮ってください! それで、音が鳴ったときに残っていた枚数を結芽乃が予想して言うので、その枚数と一緒だったお客さんがいたらお客さんの勝ち! 結芽乃が言った枚数と誰も一緒じゃなかったら結芽乃の勝ち!」

 んんん? どういうこと? と一瞬固まる。つまり、写真をたくさん撮って、カメラの残り枚数を当てるゲームのようだ。
 
 使い方を説明しだす結芽乃ちゃん。
「結芽乃はこれ使ったことないんですけどー」
 という言葉に、フロアにいるバリバリ使ってました世代の人たちがどよめく。右上のボタンを押せば撮れると思っていたけど、その下にあるダイヤルみたいなものを回すみたいだ。ギギギギっと、回す音が地味に大きくてちょっと恥ずかしい。

 演奏が始まり、結芽乃ちゃんが歌い出す。わたしはカメラで撮りまくる。

 ピコンピコンピコン!
 音が鳴った。スタッフさんがカメラを回収しにきたので渡す。 
 結芽乃ちゃんが予想した数字は8。
 カメラを1つずつ確認する。
 0……6……15……。結局5個あるカメラで、残数が8枚のものはなかった。
「結芽乃の勝ちでーす! じゃあ写真撮ってくれた方は罰として結芽乃宣伝大使の腕章を、家に帰るまでつけてもらいまーす!」

【結芽乃宣伝大使】と書かれた腕章をもらった。きっちり家にまでつけて帰るわたし。


「で、それがその腕章か。あんたよく恥ずかしくないなそれ」

「罰ゲームだからね。ちゃんとこなさないと」
 実際はめちゃくちゃ嬉しい。なにこれすごい楽しいって思う。

「まぁ、ざっくり話すとそんな感じでね。結構面白いワンマン作ってたよ。ファンもついてたし、物販も盛り上がってた」

「あんたなんか買ったのか?」

「次のワンマンのチケット買った」

「場所どこ?」

「渋谷eggman」

「おお!!」

 そう、オタクなら誰もがこの反応になるのではないか。集客路線で頑張るアーティストの通過点。渋谷eggman。キャパ350。着席180。かつてBAND-MAIDも初期の頃にやってきた箱であり、有名になってからも女性限定ライブで使った箱だ。

「6月29日、日曜日。しかも昼間にやるの。午前11時オープン。これだとホールレンタル料安く済むし、夜に別現場でライブあるオタクも来れるし、考えてるよね。また渋谷ってのも良い」
 今回のワンマンも渋谷で昼間。つまり、今日来てる客は来れる可能性が高い。
 ドミナント戦略である。某7のコンビニが50年前「江東区から一歩も出るな」と、江東区を中心に出店を続け、その地域の客にコンビニを使う習慣をつけさせ、認知度を上げて拡大していった。
 かつてはBAND-MAIDも、メイドなのにメイドが集う街、秋葉原でのライブは全然せずに、渋谷でばかりライブをしていた。渋谷から飛べと。

「このVIPチケットってなにするんだ?」
 一般2000円、一般着席3000円、学生1000円。そして、VIPチケットなるものが10000円で販売されている。
「リハ見学とか最前確定とかじゃないかな」

 ぽちぽちと調べだす主人。
「eggmanのその時間ならホールレンタル9万だ。てことはVIPチケット9人買えば元は取れる。あとは全部収益になる。VIPチケット売れそうか?」

「それがマジで普通に売れそうなんだよね。アイドル並みの強い男性ファンが多くて。物販も賑わってる。で、一般は2000円だし、学生は1000円でしょ? これ普通にソールドアウトあるよ」

「アイドルのやり方だなそれ。強いオタクが収益面で支えて、若者は人数呼んで拡散するんだ」

「学生とか若い子はネットで広めてくれるよね」
 お金を使うか広めるか。どちらかで協力する。

「で、あんたは何のチケット買ったんだ?」

「eggmanで着席あるって初めてだから、一般着席の3000円の買った。本当はスタンディングが良かったんだけど、eggmanって真ん中にある柱が超邪魔じゃん? 客詰まって見にくくなったらヤダから着席のほうが良いかなって」

「あの柱さえなければ最高なんだけどなあの箱」
 
 eggmanを知ってるオタクならみんな言う。
「あの柱さえなければ……」もはやそれがeggmanを紹介する一言となっている。

「まぁでも、ワンマンのあとにワンマンを告知するって大事だよね。それがないからみんな途切れるんだよね。次はどこだ? ってファンの期待が一番高まってるときなんだから」

「メジャーだとワンマンのあとに時間指定して、ネットで次のワンマンチケット発売するんだよ。そうすればオタクは拡散するし、今日来れなかったオタクも買えるようになる」

「メジャー様はそうだよね。BAND-MAIDもワンマン後は「ツアーチケット、本日21時から先行予約開始」とかやってるね」

 ライブに行けなかったオタクも、ワンマン後はなにか発表があるだろうと期待している。そのタイミングでチケットが発売されれば、次こそはと素早く申し込む。

「ワンマン後に、キャパを大きくして次のワンマンに続けられるかどうかだよね。止まるな、進めって感じ。進まないからオタクがついてこないんだよ。eggman後はどこでやるかなー」

「渋谷ならエイジアとかODDとか」

「O-WESTとか O-EASTとか、なんか色々あるよね。大きさ忘れたけど。いやー、頑張ってほしいなー。知ってさえもらえれば絶対良さが伝わるアーティストなんだよね。今日も言ってたよ、「結芽乃だけ見てほしい」って」

「さすがだな」

【結芽乃はみんなを見てるから、みんなも結芽乃だけ見てほしい】
 
 アーティストにとっては一対多数でも、ファンから見れば、一対一。
 ファンを、ファンを見ていてほしい。

「eggmanではフルバンドっぽいからめっちゃ楽しみ」

「チャラ男出んのか?」

「出るわけないじゃん。ダサいアーティストの横でギター弾いて小銭稼いでるよ。マジでもっと頑張れって感じ」

 eggmanでフルバンドで歌う結芽乃ちゃん。
 最高のサポートメンバーで揃えてくるだろう。期待が高まる。

 6月29日は渋谷eggmanへ。
 若いけど、とても実力のあるアーティスト。
 知ってさえもらえれば、みんな好きになる。

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