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自分を大切にできない人を、誰も好きにはならない




「すみません、前借りしてもいいですか?」

「またか! 先月もだったじゃないか」

「すみません……」

 職場のロッカールームでふと聞こえてきた、店長とバイトの会話。

「しょうがないやつだな。あとで用意しておくから」

「ありがとうございます」
 バタンと外に出ていくバイト。

 気になったので聞きに行く。
「前借りってなんですか?」

「給料だよ。来月の分を先にほしいって言うんだ」

「え、そんなのありなんですか?」

「本当はダメだが、まぁ信用はできる奴だし、逃げたりしないで働くからなぁ」

「へぇー。お金に困るほど大変なことでもあるんですかね」

「いや、あいつはオタクだよ」

「オタク?」

「先月は推しちゃんの生誕イベントがあるからって。11万も先払いしたんだ」

「11万!? ほぼ1ヶ月分じゃないですか!? え!? 何をそんなに……」

「シャンパンだけで6万らしい」

「シャンパンって……それって……キャバクラ??」

「いや、コンカフェ嬢だよ。アイドルもやっててライブもするみたいで、イベントやらライブやらで、金使いまくってんだ。まったく、何考えてんだか」

 推しがコンカフェ嬢のオタク。自分の収入を超えた額を貢いでいる。

「そういうのって、何が楽しいんですかね。わたしもライブとかは行きますけど、そんな大金絶対使わないですよ」

「いや、ワンチャン狙ってんだよ。付き合って、結婚しようとしてるんだ」

「マジですか」

「まじだ」

 推しのために生きるバイトくん。
 身なりは太っていて、靴は擦り切れていて、財布はボロボロ。服はヨレヨレで、生乾きの洗濯物の匂いがする。毎日カップラーメンばかり食べている。

「たくさん貢げば振り向いてくれるとでも思ってるんですか? そんなわけなくないですか?」

「それがわかる奴は、ああいうのにはハマらないんだよ」

 モヤモヤした気分で帰宅する。



 
「ていうことがあってさー。やばくない?」

「売掛しまくってるホス狂いみたいだな」

「いくら貢いだってさ、自分を大切にできない奴なんか誰も好きにならないよ。カモにされてるだけだよ。なんで気づかないんだろう」

「まぁ本人が楽しければいいんだよ」

「楽しむにしたって、自分の収入に合った楽しみ方にしないとダメじゃん」

 バイト先に前借りし、身なりや生活をボロボロにしてまでする推し活。付き合いたい、結婚したいと。
 無理でしょう。どう考えても。

「本当にアイドルと付き合いたいって思ってるなら、自分にも投資して、振り向かせる努力をしないと。ちゃんとした身なりで、仕事をしっかり頑張って、趣味も充実させて、家族や友達を大切にしてさ、そういう人がたまーにライブに来たり、プレゼント渡したりするから、アイドルさんから「素敵だな。もっと来てほしいな」って思われるんじゃん」

「全通してるオタクより、たまに来るオタクの方がアイドルと繋がるやつな」

「まさにそれ」

 貢げば振り向くと思ってるのか。ドブネズミみたいな奴にいくら貢がれたって、貢がれたお金で別の男に行くだけだ。

「いやー、やばいねコンカフェアイドルって。キャバクラとかホストと同じじゃん。遊びは遊びにしておかないと。振り向いてほしいからって自分を犠牲にしてさ、借金したり、夜の仕事始めたり、体を売ったり。自分を大切にしてない奴が好かれるわけないんだよ。相手を思う気持ちは大事だけど、相手と自分が【10:0】じゃダメでさ、半々か、【6:4】。4割くらいは自分を大切にしないとさ」

「それができるやつはアイドルにガチ恋することはないし、普通に良い仕事して、普通に結婚して、その上で【遊びで】アイドル現場に来てる」

「いやー、ガチ恋勢怖いねー。こじらせて豹変しないといいけどねー」

 まともな仕事して、趣味を充実させて、勉強したり、資格を取ったり、美味しいものを食べて、質の良い服を着て、美容院で髪を切り、ダイエットや筋トレをして、しっかり自分を大切にする。

 そういう人が、ときどき自分に時間を使ってくれたり、プレゼントをくれたりするから好きになる。
 
 推し活する人は人生の楽しみ方が分かってる人が多いけど、推しの前にまず、自分の幸せを考えた方がいい。

 その方がきっと魅力的で、推しにも好かれる。
 
 

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