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オタクを奪う



「この前対バンのアイドルグループの子にゴリゴリ営業されたんだよ」

「へぇー」

「黒髪ロングで可愛いんだよ。見るか?」

「見る」 見てほしいんだろう。

「これ」

 主人のスマホを見ると、黒髪ロングの、男受けしそうな可愛いアイドルさんが。

「あ、可愛い」

「だろ? 迷うなぁ。一回ライブ行こうかと」

「いいんじゃない? 推しにばっか執着しててもつまんないし。推しちゃん今髪の毛シルバーだし」

「でも推しちゃんに怒られるからなぁ」

「じゃあ髪の毛シルバーの間だけ推し変ってことで」

「そうだなぁ。推しちゃんにバレないようにしないと」

 オタクは簡単に釣れる。
 会ったこともない人にDM送ったり、ライブ映像をアップして魅力をアピールするよりも、対バン相手のオタクに営業かけて奪ったほうが手っ取り早い。

「わたしそういうゴリゴリ営業して、オタク奪いに行ってるアイドルさん好きだよ。オタク大事にしてるって分かるもん。逆に演者同士で群れてる界隈は大っ嫌い。本当にキモい」

「チャラ男の悪口はそこまでだ」

「周平くんはサポートだから仕方ないよ。あの界隈、演者とDD客(誰でも大好きな客)しかいないもん。一生地底シンガー同士群れてろよって感じ。対バンガツガツやって、ガツガツオタク奪いに行ってる人が好き」

 ワンマンではなく対バンに来る客は、推しよりもライブ自体が好きな人が多いので、ライブが楽しくて、尚且つ演者に直接営業されたら、「じゃあまた今度見に行こうかな」と、意外とあっさり流れる。
 
「てかあんた、嫁のわたしによくアイドルさん見せられるよね。普通の嫁だったらブチギレてるよ。寛容な嫁でよかったね」

「あんただってチャラ男の写真ばっかベタベタ貼ってるだろ」

 お互い様である。

「周平くんは特別なの。逆に周平くん以外の男に興味ない。もともと女性バンドとか女性シンガーの方が好きだし」

 アーティストを憧れの対象として見たいわたしは、同性のアーティストが好き。可愛くて、綺麗で、美意識高くて、堂々としている。そんな女性を見て、わたしも頑張ろうと思えるから。男性アーティストを好きになることはまずない。付き合うわけでもないし、性別の違う相手になにを憧れるのだろうと思ってしまう。「男なら真面目に働いて社会に尽くせ」とすら思う。わたしは男にとても厳しい。
 異性として見るなら主人がいるし、顔のタイプでいえば周平くんを超える人はいない。

 そんな、女性好きのわたし。

 その結果、主人と現場が被った。

 ミツバチロックサーキット。
 わたしが見たい女性シンガーさんと、主人の推しちゃんがいるアイドルグループが出る。

「まさかの現場被りだね」

「初めてだな」

「ねー。アイドル見た後に結芽乃ちゃん一緒に行こうよ」

「何時だ? 物販終わって間に合うか?」

「平行物販じゃないの? ちゃっちゃと行って帰れば余裕でしょ」

「違う。物販終わりまでいないとダメなんだよ。最初と最後はいるもの」

「えー。めんどくさ」

 ドルオタの謎のルールはよくわからない。物販なんて行かないか、行っても速攻で帰るわたしとは大違いである。

「他なんか行きたいところある?」

「とくにないな。ラストはシャングリラに行くか」

「わたし【ミツバチロック】でタグつけしたポストにいいねくれた人のところ行ってみたいな」

「チョロいな」

「いや、いいねなんて現代のチラシ配りみたいなもんなんだから、たいして人気もないのにそれすらやらない人はもう終わってると思うよ。せっかくアイドルとシンガーソングライターっていう界隈違う人たちが集まる現場なんだから、ガツガツいいねして、オタク奪いにいけよって思うもん」

 オタクをつけたければ、オタクがいる現場に行けばいい。

 それが分かっているアーティストは、たとえ自分が出なくても、現場に行く。

 毎年行われるTIF(東京アイドルフェスティバル)では、TIFに出られなかったアイドルさんもたくさん集まる。そこで地道にチラシ配りをしていたアイドルさんは、数年後にTIFに出て、メジャーアイドルになった。
 
「このミツバチロックサーキットにさ、出れなかったグループもたぶん現場にいると思うんだよね。なんかさ、そういう人に注目したいんだよねわたし」

 出れなかったで終わらないアーティスト。
 
 そういう人は、これから伸びていくのだろう。

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