図々しいにもほどがある
「これ、お宅ですよね?」
職場にゆうパックが届いた。50センチくらいの白いダンボールで、大きさの割には持つと軽い。宛名を確認すると、私の名前が書かれていた。
「はい、そうです。ハンコ入りますか?」
「じゃあ一応」
受け取った紙に、職場の名前が入ったスタンプを押す。
荷物を持ってきた郵便局の人は、40代後半くらいの男性で、背が低く太っている。職場で何度か顔を合わせているが、とくに親しくはない。ワイシャツをいつも腕まくりしていて、露出した腕には水疱瘡の跡なのか、デコボコした斑点がまだらに広がっていて、ただれていたり、カサブタになっていたり、ときどき出血していたりして、見るたびに「可哀想だなぁ」と同情するけど、正直気持ち悪くて、あまり荷物に触れてほしくないと思ってしまう。
わたしがもしあの腕をしていたら、見た人を不快な気持ちにさせてしまうと思うので、絶対に腕まくりなんてしないし、皮膚科に通ってなんとしても治そうとするだろう。まして、人様の大切な荷物を届ける仕事をしているのなら尚更。
「荷物を受け取った相手が嫌がるかもしれない」という配慮が微塵も感じられないその態度に、いつも少し違和感を抱いている。
職場に届く荷物は2種類。仕事で使うものを注文したか、同業者からの進物。
差出人を見ると「○○コーポレーション」と書かれていた。
「なんか注文したっけな」
同業者からの進物ではなさそうなので、遠慮なく箱のガムテープにカッターナイフを差し込み、シュッと裂く。切れたガムテープの間にに指を突っ込んでバリリと左右に開けた。
すると中身は……。
枕だった。
「え、なんで」
思い出される記憶。
5日ほど前に同業者から頂いたカタログギフト。とくに欲しいものがなかったので、古くなっていた低反発枕を注文したのだった。
でもあれは、たしか自宅宛の住所を書いたはずだった。間違っても家で使う枕を、職場に送るはずがなかった。
ダンボールのフタに書かれた宛先をもう一度見た。たしかにわたしの名前が書かれていたが、住所は……自宅宛だった。
なぜ、自宅宛の荷物を職場に届けた?
ぶわわっと鳥肌が立って、しばらく動けなくなった。
なぜ、わたしの自宅と、わたしの職場を知っているのか。職場にいるわたししか知らないのだったら、自宅宛の荷物をこちらに届けるわけがない。
そもそも、なぜ自宅宛の荷物を、職場に届けたのか。自宅には宅配ボックスもある。めんどうだから? いや違う。
ゾッとした。
もう一歩も外に出られなくなるくらい恐怖を感じて主人に電話した。
「ストーカーだよね? 【俺は君の自宅を知っているし、職場も知っているんだ】っていうアピールでわざわざこっちに届けたんだよ。本当に気持ち悪い。なにあいつ。気持ち悪い。怖い」
「落ち着け。たまたま自宅近くで見かけたとかで知ったんだよきっと。荷物も、近く寄ったからついでに届けようとしただけだろ」
「いやいや、ありえないっしょ。マジで無理。もう無理。生理的に無理」
「俺はあの人知ってんだよ。職場に届けてくることもあったし」
「あんたは良くてもわたしは無理なの! ほんとに気持ち悪い。クレーム入れるわ」
主人とはそれなりに挨拶もする関係だったようだ。でも、わたしにとってはもともとあまり良い印象ではない人だったので、余計に気持ち悪く感じた。
怒りに任せて郵便局に電話、したいところだが、人に面と向かってキレることができないわたしは、ホームページの問い合わせのところからメールを送る。
【自宅宛の荷物なのに職場に届けられました。私の名前だったのでそのまま受け取りましたが、中身は家で使う枕です。持ち帰るのも大変ですし、職場を知られているのも怖いです。
やめてください】
送った後に、これでますますストーカーがひどくなったら怖いなと思う。だから、多くの女性はストーカー被害を誰にも相談できずに抱えるのだろう。でも、これからも自宅で使う荷物
が職場に届けられたら困るので、言うべきことは言っておかないとと思う。
数日後。郵便局から回答がきた。
【この度は、ゆうパックの配達につきまして、
ご迷惑をおかけいたしましたことを、謹んでお詫び申し上げます。
お申し出いただいた内容につきましては、○○郵便局へ、
再発防止のための指導、および周知の徹底を指示いたしましたので
何卒ご容赦賜りますようお願い申し上げます。】
定型文だなと思う。
それからもその郵便局員は無遠慮にやってくる。
誰かが言っていた。
「女性って、一度【生理的に無理】なゾーンに男を落とすと、なにがあろうともその男を一生毛嫌いするんですよ」
その通りだなとふと思う。わたしの場合、男に限らず女もだけど。
「あの人ってさ、わたしがこれだけ嫌がっててクレームまで入れてんのに、なんで堂々と来るんだろうね」
「なんも考えてないんだよ。あんたが気にしすぎなんだよ」
あぁそうだった。あの人は、「相手が嫌がるかもしれない」という配慮が一切ない人だった。
今日もワイシャツを腕まくりして、自慢のデコボコした水疱瘡肌を見せつけながらやってきた。
それだけ堂々と生きられたら、人生楽しいだろうなぁと思いながら、わたしはそいつが帰るまで、事務所に籠るのだった。