本音を隠すオタク
「ゆめのっち、マジでライブ告知しないんだけど」
「ん? この前見たゆめのちゃん?」
「月末にさ、周平くん界隈のフェスに出るのよあの子。先月にはタイテ出てるし、フライヤーもあるのに、御茶ノ水KAKADOに出ますってことだけは書いてて、一切告知なし。同日の夜にもライブあって、そっちはフライヤーもアップしてしっかり告知してるのに」
「KAKADOのスケジュール見れば書いてあるんじゃないか?」
ライブまでもう2週間なのに、全然告知をしないアーティスト、ゆめのっち。
KAKADOのホームページからスケジュールを確認する。通常はライブが決まっていればフライヤーが載っていたりする。
見ると、フライヤーは載ってなく、
【ホールレンタル。オープン未定、スタート未定、チケット未定】と。
「なにも書いてない。やば。極秘フェス? つまりさ、今ゆめのっちがこのフェスに出ることを知ってるのは、周平くん界隈を知ってる人だけってってことだよね。ゆめのっちのオタク、たぶんモヤモヤしてるね」
「なんで告知しないんだ?」
「チケ代5000円だからじゃない? 20分しか出ないのに」
「高ぇな」
「配信ですら3500円取るからね。オタク馬鹿にしてんの? って感じ。告知するだけイメージダウン。ゆめのっちにとって、なにも良いことない」
「何組出るんだ?」
「15組」
「うわぁ……」
「しかもこれタイテめっちゃクソなの。見て」
前半と後半に色分けされたタイムテーブル。前半にはゆめのっちを含む新規のアーティストが並び、後半にはフェスの常連アーティストが並ぶ。
「普通さ、新規を間に挟むっしょ。これじゃあさ、フェスの常連客は後半から来るし、新規のアーティストについてる客は、目当てだけ見て帰るっしょ。常連客には新規アーティストを見せない。新規アーティストの客からは金だけむしりたいっていう魂胆見え見え」
「20分に5000円は払わんな」
「わたしの場合はさ、サポートの周平くんが見たいからいいんだ。周平くんいっぱい出るから。でも新規アーティストの客は、こんなフェスに出るのかって知ったら結構引くんじゃない? この前の下北沢のサーキットみたいにデカくもないし、テレビに出るような有名なアーティストもいない。狭ーい界隈の身内ライブなわけじゃん? しかもチケ代5000円。これに「来てください」とは言えんよ普通」
「オタク疲弊させるだけだな。でも出演料かかってるだろうから、告知しないわけにもいかんだろ」
「そうなんだよねー。ガチオタとカメコは来ると思うんだよね。わたしも周平くんが出るならゆめのっちに課金しようかなと思う。じゃなきゃ可哀想すぎる」
ゆめのっちはオタクを1番大事にしているアーティスト。大分から上京してきて、ほぼ毎日淡々と黙々と路上ライブをこなし、12月にあるワンマンライブのチケットをコツコツと売っている。
「そういや、俺の推しちゃんが前にいた界隈のアイドルグループ、【50人招待したら推しメンとランチ】とかやり出した」
「あぁ、PPEMだっけ? とうとう自力で集客するの放棄したパターンね」
地下アイドルあるあるである。
「もともといるオタクに叩かれてたなぁ」
「あのグループ、1番可愛い子抜けたじゃん。それからゴミになったよね」
「ぶりぶりの可愛いアイドルがその売り方するなら分かるんだよ。でもあのレベルの顔でそれやるなよって感じでな」
「ブスが調子乗ったね。オタク離れて終わるっしょ。なんかさ、そういうオタクを馬鹿にした商売してるからオタクに馬鹿にされるんだよね」
オタク同士の会話を聞くと、「暖かいお客さん」なんてほとんどいない。みんな心の内に色んなことを思ってる。
そしてオタク同士の飲み会などで、心の内を曝け出す。とくにDD(誰でも大好き)だと思っていた人の本音ほど、聞いていて面白いものはない。
でもみんな優しいから、アーティストには言わない。
アーティストはイメージが大事。どんなライブに出ているか、どんな人と関わっているか、どんな売り方をしているか。
曲が良いとか顔が可愛いとかの前に、イメージが良いかどうかで、オタクは推すか推さないかを判断する。
「ゆめのっち、カメコもついてるし、マジで変な奴らと群れないでほしいな」
カメコとは、カメラ小僧の略で、主に最前で一眼レンズで写真を撮るオタクのこと。
ゆめのっちには見る感じ3、4人はカメコがついていて、すごく綺麗に撮られた写真を毎回上げている。
「カメコついてるアーティストって強いじゃん。カメコなんてお金貰ってるわけじゃないし、100%趣味で撮ってるからさ。クソアーティストだと絶対に撮らない人たちじゃん。カメコがつくってことは好かれている証拠なのよ」
カメコがついているかどうかは、人気があるかどうかを判断する一つの目安。
「くれぐれもベイマックスみたいな奴とは関わってほしくないな」
「あれ、そいつ出んの?」
「いやもうほんと勘弁してほしい。仲良しアピールをするためだけにアプリで加工されたクソ写真を上げるのよ。お前にカメコはついてないけど、ゆめのっちにはついてるんだよ、お前と映ってることが汚点だわって話。絶対そういう奴って、自分と写真撮ったアーティストが有名になったら「わたしはこの子と仲良しなの」って感じで、過去に撮ったクソ写真を上げまくるんだよ」
「芸能人と繋がり自慢するやつと同じだな」
「逆もあるんだよ。仲良しだった人が大麻で捕まるパターンとかね。一緒に写ってた人までイメージダウン。アーティストってさ、本名かも分からない名前で活動してて、覚悟も責任もない奴もいるんだから、本気でやる覚悟があるならむやみやたらに対バンした程度の奴に写真撮らせないほうが良いと思うわ。未来のリスク管理大事」
過去に付き合っていた男に写真を晒されて潰されるアイドルがどれだけ多いことか。
「人間どこでどう変わるか分からんからな。群れるだけリスク上がる」
過去にBAND-MAIDも、田中聖がいるバンドと対バンしていた。田中聖が捕まった後、一緒に撮られた写真がネット上に流れた。
その写真は集合写真だったのであまり騒がれなかったけど、これがもしメンバーと至近距離で親しそうに撮られた写真だったら、相当なイメージダウンをしていたかもしれない。
「でもゆめのっちと周平くんがちょっと接点できるのはわたしとしては嬉しいな」
「チャラ男に唆されるかもしれんぞ」
「それはないよ。ゆめのっちくらい若いと周平くんなんておじさんだよ」
「チャラおじさん」
オタクの中には推しのイメージが確立されている。
「どんなわたしでも好きになって!」
なるわけない。髪型ひとつで一定期間他界するオタクだっている。
「この界隈と絡むようなら、しばらくは他界だな」
そんなオタクもいる。
好きだけど、推せるときと推せないときがある。
それでもオタクは本音を言わない。
またいつか推そう。そう思ってスッと離れる。
いつ告知するのか。どうやって告知するのか。
今はそのタイミングを見守っている。