「私だけを見て」と言えるか
「そういや、ゆめのちゃんが出るチャラ男のフェスっていつだっけ?」
正確には周平くんが出てるフェスの運営メンバーが企画したフェスである。
その運営メンバーのアーティストは、作曲が得意みたいで、色んなアーティストに曲を提供している。そして企画したフェスは、曲を提供したアーティストと、ゆめのちゃんのような新規のアーティストを呼んで、総勢16組ほどが出る対バン。
「明後日だけど、見ないことにした。周平くん出ないっぽいし、出てもベイマックスと一緒だろうし」
ベイマックスとは、わたしが大っ嫌いなアーティストである。
「でもゆめのちゃん出るんだろ? 課金しないのか?」
「応援はしたいけど、ゆめのちゃん目当てなのにベイマックス界隈に利益が入ると思うと虫唾が走るわ」
これはオタクによくある【界隈嫌い】である。
「推しの応援はしたい。でもこの界隈や運営に金は落としたくない」という相反する気持ちでモヤモヤする。
「それにワンマン近いしね。このフェスの配信のチケバ(チケットバック)より、ワンマンの物販で3000円くらい使った方がダイレクトにゆめのちゃんの収益になるよね」
「たしかに」
「ベイマックスと推しが関わる可能性のあるフェスに、誰が金使うかって感じ。周平くんがたくさん出てれば別だけどねー。ベイマックスがいる限り、わたしはこの界隈は絶対応援しないよ」
「徹底してるな」
当然である。わたしには応援しないことでしか抗議できないのだから。
「お客さんってさ、お店の経営に口を出すことはできないのよ。「この店員くそだから辞めさせろ!」みたいな。たしかそれは何かの法律に引っかかった気がするけど、そもそも「お前が雇ってるんじゃねぇ!」って話だしね。
あくまでも客は、お店が提供するものを、お金を払って買わせていただいている立場だからね。そこに感謝はしなきゃいけないと思うの。周平くんを見れる機会が月一でもあるなら、それは本当にありがたいなって思ってるよ。コロナ禍なんて1年以上ライブなかったから」
「それはチャラフェスに感謝だな」
「でもさ、気に入らなかったらお金を落とさないっていう自由はあるのよ。行かない、買わないっていう自由ね。それに、商品を買ってるならクレームを言う権利はあるし、口コミを投稿する権利もある。それを見て、お店の経営者はどうするかを判断するでしょ」
「そうだな。だから面と向かってボロクソ言ってくる人の方が楽なんだよ。感情的になって言うだけ言って満足する人がほとんどだから。はいはいって聞いてれば良いし、今だとそういうのはカスハラって言って突っぱねることもできるしな」
「怖いのはサイレントクレーマーだよね」
商品やサービスに不満を持った客のうち、直接伝えるのはわずか4%で、96%は何も言わないで黙って去るサイレントクレーマーだと言われている。
「あんたみたいな陰湿な奴だな」
「そうそう。気に入らないと黙って去っていくけど、そういう人ほど口コミ投稿したり、知り合いに雑談感覚でウワサ広めるからね。「あの店でこんなことあったのよ。だから私、もう行かないの」って」
目に見えないから対処のしようがないし、勝手に広まっていくウワサを耳にした人が来なくなったりする。
「まぁ、ゆめのちゃんはマジで突っ切ってるから、大丈夫だと思うけどね」
主人と見に行ったゆめのちゃんのライブでのMCが印象的だった。
【私は、ファンの人とかのツイートとか結構見ちゃうんですけど、「あぁこの人今はゆめのじゃないアーティストを見に行ってるんだなぁ」とか知ると気にしちゃって】
そんな内容のMC。
それを聞いて、わたしも主人も思わず笑ってしまった。
アイドル界隈だと当たり前にあること。
アイドルさんはオタクに、
「わたし以外の現場に行かないで!」とよく言う。「他のアイドルを見ないで!」とも。
それを聞いて、オタクは喜ぶ。もちろん、他の現場に行くこともあるんだけど、それを言ってきたアイドルさんを意識するようになる。(意識してるから浮気するときはコソコソする)
これを、アーティストさんで言う人は、あまりいない。だから主人と聞いて、笑っちゃうほど心に響いた。やっぱりそれを言われると、印象に残る。
「アーティストってさ、対バンとかフェスで、【他のアーティストも素敵な方たちばかりなんで、ぜひ最後まで見ていってください】とか言うよね。周平くんのフェスなんてみんなこればっか言うよ。素敵かどうかは客が決めるし、どの立ち位置で言ってんだろうね。ベイマックスなんて全然素敵じゃないし。そんなんだからDDが増えて、身内ばかり集まるようになるんだよ。【ゆめのだけ見てってください。ゆめの以外のアーティストは見ないで帰ってください】って言ってくれた方がキュンってならない?」
勝手にゆめのちゃんを例にあげる。
「ゆめのちゃんくらい若いと、それ言っても嫌味に聞こえないな」
「そうなんだよねー。だからあの子、アーティストと群れてる写真あまり上げないもん。「ゆめのだけ見てほしい」って思ってるなら当然だよね。だからオタクがつくんだよ」
今日の夜に、フェスに出るアーティストとインスタライブをするそうだが、その告知はせずに、路上ライブの告知をするゆめのちゃん。
突っ切っててカッコいい。
「今日の夜に、フェスのアーティストとゆめのちゃん、インスタライブするんだけどね、そのアーティストも、フェスの中では1番オタクついてるの。この人のオタクが、フェスに出る他のアーティストも支えてる感じ」
「おこぼれもらってるみたいだな」
「この人についてるオタク、みんな優しいんだよね。なんかさ、むかつかないのかな。そのアーティスト」
「むかつく?」
「わたしがそのアーティストだったら、自分のオタクがベイマックスみたいな低レベルなライブを見てるとむかついちゃうな。「すっごくよかったです」ってオタクが言って、ベイマックスが「いつもありがとう!」とか返してるの。「わたしの客なんだけど、なに自分の客みたいに接してんの? ふざけてんの?」って思わないのかな」
「あんたも「私だけ見て!」って思うタイプか」
そりゃーそうでしょう。
オタクだってオタク同士で「俺の推しちゃんだ!」ってバチバチしてるんだから、
アーティストだって、それくらいバチバチしていてほしい。
「目当てだけ見て帰るってのは、目当てに選ばれたアーティストさんにとっては嬉しいことじゃないのかなぁ? 客が全員、目当てだけ見て帰ったらいいのにね。そうしたらベイマックスみたいな全然集客できないアーティストは目立つでしょ。私がトリのアーティストだったら、フロアに全然客がいないのにライブしてる恥ずかしい様子を、KAKADOの階段の上から「ざまぁみろ。いつも甘えやがって」って思いながら動画撮って眺めていたいな。めっちゃウケるなー。あはは」
自分に自信がなくても、裏では他人を褒めていても、オタクの前では、嘘でもいいから言ってほしい。
「私だけを見てください」って。
圧倒的に突っ切っているその姿が、とても魅力的で。
オタクも思ってる。
「俺だけを見て」って。
オタクは推しだけを見ているのだから、アーティストもオタクだけを見ていてほしい。
それができる人に魅力がある。
「他のアーティストも見てって」は魅力がない。