優しい人は何も言わないで去る
「あの劇団がいかにクソかってことが分かった」
「んん? なんの話?」
どんなにつまらないライブや舞台でも、否定することがほぼない主人にしては、珍しく否定的な言葉を発している。
「推しちゃんの今回の舞台、Kさん(オタク仲間)と見に行ったんだけど、、、まともだったんだよ」
「へぇ」
「内容もしっかりしてたし、普通に見れた。いつもの劇団でやってる舞台とはえらい違いだ」
「いまさら気づいたんかい。わたしとっくの昔にクソだって言ったじゃん」
「いや、ああいうもんだと思ってたんだよ。期待もしてなかったし」
動員協力で、主人の推しちゃんが出る舞台によく行ってた。その劇団は月1ペースで舞台をやるので、月に1回、主人と見に行った。
そういえばどこかの劇団は「2ヶ月に1回舞台をやる」ということを誇らしく語っていたけど、ドルオタにとって、女優と兼業してる推しが月1で舞台をやるのは結構普通のことなので、2ヶ月に1回ペースはむしろ遅いと感じる。
それくらい、ドルオタは小規模舞台に行き慣れている。
最初の2、3回は面白いと思ったけど、月1ペースはやはりネタがないのか、中身が似たり寄ったり。
AIロボットものが多いのもうんざり。AIロボットものは、1番人間臭い奴が実はAIロボットだったというオチのパターンが多すぎる。
ミステリで言うと、最初に出てきた奴が最後の方でまたチラッと出てきたらそいつが犯人だってパターンくらい多い。
もちろん王道パターンなんだけど、多分そうなるよなと思いながらその通りになった時の失望感は半端ない。
そんなことが続き、飽きてしまった。
チケ代は主人が出すけど、つまらない舞台のためにわざわざ劇場まで行って、2時間ほど椅子に座ってるのが辛すぎて、
「もうあんなクソ舞台見たくないわ!」
とわたしがキレてからは、主人だけで舞台を見に行ってた。
「で、今回は劇団が違うから面白かったわけか」
「いやぁ、普通に良かったなぁ。いつものところのはクソだなあれ」
「でしょー。でもみんな言わないじゃん? 推しが出てるから。クソなのに誉めてばっかで、だからレベル上がらないんだよ」
推しが出てるから。嫌われたくないから。まだまだだけど頑張ってるから。演者も大変だし。好みの問題だし。暖かいお客さんたち。
みんな本音を言わない。
そして、何も言わずに去っていく。
「この前さ、周平くんのフェスの人たちが無料配信やってたから見てたの。わたし見たい人2人いてさ、女性のアーティストと男性のアーティスト。最初女性のアーティスト見てて、視聴者数50人とかだったの。で、その人が終わって、その後ベイマックスと周平くんが出てきたの」
「チームホスホス」
「で、その瞬間、視聴者数が一気に30とかに減った」
「減るなぁ」
「で、その後の男性アーティストの時は70とかになった。数字が全てじゃないけど、数字は嘘つかないなーって思った。特に経営者はさ、数字にこだわれないとダメじゃない?」
「耳が痛い」
チケット枚数、視聴者数、フォロワー数、いいね数、コメント数。
「客一人一人の言葉なんてどうでもいいんだよ。言わない客の方が圧倒的に多いんだから。大切なのは数字でさ、数字に何が表れているかはしっかり見ないとね」
チケット100枚売ったのに、無料配信に100人呼べないアーティスト。
フォロワー数5桁なのに、いいね数は2桁。
入れ替えで40%も視聴者が減るチームホスホス。
数字に何が表れているのか。
「最近SNSのせいもあって、色んな立場から見えちゃうから、客の優しさを利用してる商売が多すぎるんだよね」
「修学旅行の写真代が高すぎる!」 と叫んだ保護者に、「修学旅行に同行するカメラマンは、旅費は自費なんだよ!」とリプがつき、「知りませんでした、すみません」と謝る。
「チケットの収益は箱代で消えます。物販買ってくれなきゃ利益でません」というアーティスト事情を想像して金を落とすファン。
地味でダサいライブをしておきながら、「毎日8時間も練習したんです。ギターも歌も頑張って。作詞は本当に大変で、すごく悩んで、全然寝れなくて……」
知らねーよ!!!
【一秒で見れる絵は一秒では描けない】
だから相手の苦労を想像する力は必要だけど、
【でも絵は、一秒で見れる】
ということを、忘れていないか。
しかも、その絵を見るために、客はお金を払っている。
「お客さんってさ、本来自分のことしか考えてなくて当然だと思うんだよね。だって立場が違うし、こっちのことなんて知らないから。お金を払えば何を言ってもいいわけじゃないけど、でもお金は払ってくれるじゃん。それなのにさ、お金を貰う側が「こっちの苦労も分かってくれて当然だ」みたいな態度はなんなんだろうね。特に芸能系。甘ったれるなって思うわ」
「まぁ嫌なら去ればいいだけだし」
「そうなんだよね。だから優しい人ほど何も言わないで去るから、うちらも数字だけはしっかり見ておかないと怖いよね」
カスハラなんて言葉が流行っているけど、
商売人の方が、客に自分たちの都合を押し付けているパターンも、多いような気がする。
お互いに対等で、お互いに、甘えない。
相手は何も、知らないのだから。