傑作機の設計思想・WWⅡ

WWⅡにおいて航空機のとりわけ、戦闘機の傑作といえば「零戦」と答える人は多いだろう。その圧倒的な航続距離と旋回能力はまさに画期的な日本の発明だともいえる。そしてのちに零戦をも上回るP-51ムスタングについて、自分はこれまで間違った知識を教えられてきた。旧い情報では零戦が鹵獲され研究された結果、P-51ムスタングが開発されたという事だった。だがムスタングの開発には意外な話が幾つも重なっていた。もともとはイギリスとフランスがアメリカの軍事的供給を期待して研究を推進しようと持ち掛けていた事から開発が進められたのである。前身のP-40ではナチスと闘っていたイギリスの主戦場において航続距離が問題視されていた。幾ら空軍機を供給してもらうとは言っても戦場で役に立たなければお話にならない。そこで白羽の矢が立ったのがアメリカのドイツ人の航空技師である。その設計思想には大まかに幾つかの的確な状況判断が散りばめられていた。①まずパイロットの安全を約束できる丈夫さ。②簡単に生産出来るか。③簡単に操縦できるか。④飛行能力は安定しているか。これらの点で熟慮検討を重ねて完成したのがP-51だと知った。日本の零戦とは設計思想がまるで違う。零戦の場合は①パイロットの安全は全く保証出来ない装甲の薄さ。②ジュラルミン自体が生産困難で量産に不向き。③熟練しないと操縦出来ない難しさ。④飛行能力、これだけはかなりの信頼度があった。つまり①~③までの点が真逆なのだ。冷静に考えれば零戦がいかに愚かな設計思想だったかが垣間見える話だろう。熟練したパイロットでなければ操縦出来ない機体であるくせにパイロットの安全性が保障されていないのである。しかも消耗戦が前提の戦争においては生産性が一番物を言う。マスタングが傑作機と言われる理由に圧倒的な「作りやすさ」がある。しかもコストはかなり低い。これらの事は現場の戦場や工場で働く人達の声をきちんと聞く姿勢や社会性があった事からに由来するのではないだろうか。日本のように上意下達だと、達人と称賛される人々にばかり脚光を浴びせ、市井の人が力を合わせて事を進める人をないがしろにしてしまい、結局それで戦力がそがれるという形になっていった。このように兵器の開発ひとつにしても「現場で一番大事な事は何か?」をしっかりヒアリングしてそれに応える姿勢の違いが見て取れる。P-51マスタングと並び名機と称される戦闘機にFw190フォッケウルフがある。フォッケウルフに至っては、自動装填や着陸時のタイヤの自動開閉までもをコンピューターに制御させるという利便性の高さである。使い手が未熟であろうと自動操縦が充実しているから操作が簡単になっており短期間の訓練でほぼ戦場に参加できるというものだった。リーダーは一つの目標に対して様々な指示を出さなければならない。しかしどこまでも現場の声をきちんと反映させ打ち出しを行わなければ、最後は疲弊してそのリーダーの目的達成が困難になる事を今一度考える必要があると思う。
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