【エッセイ】ボクシングジムの体験
ぼ、ぼく強くなりたいんですっ!
漫画の主人公のようなセリフで始まったのだが、師匠の元、厳しい練習を積み重ねライバルと切磋琢磨しながらチャンピオンを目指すような物語が始まることはない。私の日常のエッセイである。
強さというものに憧れを抱いたことはないだろうか。私はある。特に男性は誰しも一度は強くなりたいと思ったことがあるだろう。私も見よう見まねでシャドーボクシングをしてみたりカメハメ波を出すために必死に両手を重ねながら前に突き出したりしたことがある。強くなりたいと脳が思うより先に男としての本能が強さに対して反応しているのだ。私は巷ではピアノが弾けるヒョロヒョロのにやけ顔だったため強いことに憧れている感じではないのだが、負けず嫌いではあるためスポーツでもゲームであっても強くなりたいとは思っていた。そして格闘技のアニメや漫画なども好きだったため、ボクシングとかやってみたいなぁ〜と思ってはいたのだが、ジムとかって怖そうだお〜なんて思いながら実際にジムに行くことはなく、家でシャドーボクシングをふとした時にドタバタとやるだけであった。ごめん!隣の部屋の人!
そんなモデル体型男子は(誰も言ってないよ?)友人からボクシングジムの体験に誘われた。以前からその友人がボクシングジムに通っていて、仕事終わりに体を思いっきり動かしたり、サンドバッグを叩いたりすることが気持ちいいと話は聞いていた。確かにジムに通い出してからその友人の表情がより明るくなっていったような気がする。私はこのままだと格闘技のジムには一人では絶対に行かないだろうと思っていたので、この機会に体験をしに行くことにした。
友人が通っているジムは友人宅の近くにあるため、私が通うには少し遠いのだが、知り合いがいるかいないかではジムに行くハードルが全然違うため、とても助かった。
友人は19時にジムに来るらしいので私も体験の予約を19時にしてジムに向かった。
そのジムはしっかりトレーナーさんがマンツーマンでついて格闘技を教えてくれるジムではなく、リングとサンドバッグなどの設備を勝手に使えるというオープンなシステムだった。ただ、トレーナーさんがいる時間帯にはミット打ちや技術の指導をしてもらえるようだ。
ジムに入ると短パンでタンクトップを着た30代後半くらいの男性が「フシュッフシュッ」と息を吐きながらサンドバッグを叩いていた。サンドバッグは大きく揺れ、吊るしている鎖の金属音がジムに響いていた。他にも鏡に向かってシャドーボクシングを試合さながらにしている男性や中央のリングでスパーリングをしている人もいた。ミーハーな私はアニメとかで見てたやつだー(ぽわぁ〜)といった表情をジムの入り口で披露していた。
トレーナーさんに案内され早速着替えを済ませて、準備体操をした。トレーナーさんは見た目は少し華奢なのだがガリガリというわけではなく皮膚が今にも張り裂けそうなくらいには筋肉の形が浮き出ていた。そして、コミュニケーション能力がとにかく高い。もう、びっくりするくらいには高い。はじめましてなのだが、心地よくこちらが話せる空気を作るのがとにかくうまい。私の話を「すごいっすねっ!」「最高ですねっ!」と前向きな言葉をニコニコしながら会話の途中に織り交ぜながら聞いてくれ、トレーナーさんの経営している会社の話や今やっている総合格闘技の話、昔の話もたくさんしてくれた。また、その話が面白いため何も苦痛を感じることなく聞くことができる。その途中に友人がやってきた。友人も一緒に体操を始めると、トレーナーさんがその友人にこの前食事に食事に行った女性の話をしはじめた。男子特有の「今度こういう女の子とご飯行くんだよね〜」「その後どうなったか報告するわ〜」的なやつである。年齢も離れているトレーナーさんと学生のような話で盛り上がり、男だなぁ〜という空気感を久しぶりに感じたところで体験が始まった。
まずはアップと体力作りも兼ねて縄跳びをした。ボクシングが1ラウンド3分で1分休憩のためジムは常時3分運動1分休憩になるようにタイマーがセットされていた。ちなみにこの日の休憩時間は45秒である。縄跳びを社会人になってからやる機会はみなさん無いだろう。私は去年まで教員として働いていたため冬になると狂ったように子どもたちと縄跳びをしていた。冬で乾燥した足首にビシビシと縄跳びが当たり、ヒリヒリと痛むのを感じながら冬だなぁと思う小学生の風物詩を毎年やっていたのだ。(今年27歳)なので縄跳びは難なくこなすことができた。ありがとう子どもたち。
次は基本的なステップとジャブ、ストレートといったパンチの打ち方をトレーナーさんに教えてもらった。教えてもらっている間にもトレーナーさんに「うまいっすね!」「センスありますね!」と持ち上げられ、え?もしかして僕ってセンスある?世界進出しちゃおうかな〜でへへ〜といった感じに鼻を膨らませながらシャドーボクシングをした。(調子乗りすぎ)トレーナーさんにコツを教わりながら見よう見まねでシャドーボクシングをしていると気付いたら私も「フシュッフシュッ」と息を吐きながらパンチを繰り出していた。(体験初日)おそらく普段だったら恥ずかしいのだがジムにいるとよく見る光景なのだろう、周りの人も私の「フシュッフシュッ」に対し何も言ってこないし、トレーナーさんは褒めてくれるし、何なら普段そんなイメージがない友人が私以上に「フシュッフシュッ」しているため恥ずかしさは全くなかった。
しばらくシャドーボクシングをした後はトレーナーさんがミット打ちをしてくれるようだ。初めてちゃんとしたグローブを付けた私はえ、なんかボクサーみたい〜(ぽわぁ〜)といった感じで目を輝かせていた。ただ窓ガラスに映った自分の姿を見ると、細い腕の先にグローブが付いていてやらされている感がすごかった。「この子は何か特別な事情があってボクシングをさせられているのね」というヒソヒソ話が聞こえてきそうである。
ミット打ちは先ほど教えてもらったステップでリングの中を動きながらトレーナーさんが構えた位置にパンチを繰り出すのを3分間続けた。その途中にパンチを避ける動作やトレーナーさんと体を入れ替える動作が入りそれっぽかった。パンっパンっと心地良く響くミットの音を聞きながらテンポよくミット打ちが進み、トレーナーさんもたくさん褒めてくれるため、気持ちよくなった私は「ここから伝説が生まれる」くらいのモチベーションになっていた。(ちょろすぎ)
何ラウンドかミット打ちを行い、次は友人のミット打ちだ。その友人は学生時代にカフェのアルバイトをしているときに出会い、ピアノをやっているという共通点もありすぐに仲良くなった。普段は優しい友人なのだが、ミット打ちに向かう目つきや繰り出すパンチは獲物を狩るかのような勢いがあり、私は呆気に取られていた。こんな男らしい彼ははじめてっ…きゅんっ…といった感じだ。(鳥肌)友人はトレーナーさんに連打をたくさん要求され、みっちりしごかれ、ミット打ちが終わる頃にはリングに倒れていた。私は体験なのでそこまでやらなかったがその友人を見ていいなぁ〜と思っていたことは心の中にしまっておこう。(ただのドM)
格闘技や戦うことに縁がなかった私だが、前から興味があったこともあり今回の体験はとても楽しかった。今は通うことはないだろうが、生活や活動に余裕が出てきたらやりたいなぁとも思っている。最後に、この辺の坂とか階段で「フシュッフシュッ」と息を吐きながらダッシュしている人を見かけたら大体私なので不審に思わないでください。(お巡りさんこの人です)