■2周目の悪役令嬢ですが、冒険者を目指すためにまずは処刑エンドを免れたいと思います。
それはひどく退屈な貴族の社交場でのことだった。
「ヒルデガルド・フェルゼンシュタイン、お前を処刑する!」
婚約者である第一王子が怒気を含んだ目で私を見ている。
それに寄り添うのは予言にあった救国の聖女と言われる儚い容姿の女性。
その時、わたくしは唐突に思い出してしまったのです。
いやさすがにこれはひどくね?????
処刑台の階段を粛々と上りながら、わたしはあんまりといえばあんまりの状況に、内心ぼやく。
婚約者であるこの国の第一王子とも、政略結婚と割り切りつつそれなりの関係は築いていた。
だがしかし、救国の聖女の登場により心変わりした婚約者は、ヒルデガルドに冷たく当たるようになる。
家同士の決めたことだからとはいえ、今までの王妃教育や立場が完全に無に帰すのはヒルデガルド自身としてもフェルゼンシュタイン公爵家としても何が何でも避けたい状況ではあった。
実家の権力と援助でどうにかこうにか救国の聖女を第一王子から遠ざけられないかと画策した挙げ句、追い詰められた公爵令嬢は聖女の毒殺を企んで失敗した。
それ以前より、地位をやっかんでた他のご令嬢連中に陰口だの嫌味だの言われるわ。
もとより公爵家のご令嬢とはいえ、ただの貴族とは異なる王妃教育とかいうのだの、第一王子の公務のパートナーとしての責任やらなんやら。
プライド高い高いで苛烈な性質が災いして第一王子の生母である王妃とは折り合いも鬼のように悪いわ……
その上、トドメの社交パーティーでの処刑宣言。
まあそんなあれやこれやが積み重なったために、ヒルデガルドというこの体本来の人格は、ついに心を壊して自分の精神世界に引きこもっちゃったのである。
そうして、心が壊れたその拍子に、『わたし』が表出してしまったのだけど。
それが処刑寸前ってのはどうかと思う。
こんなタイミングで目覚めるなんでマジおファッ○ですわーーー。
今日までのヒルデガルドの所業が走馬灯のように脳裏をよぎる中、わたしは悪態をつきながら断頭台の露と消えた。
「……あーーーー」
むくり、起き上がる。
天井がずいぶんと高い。むちむちぷにぷちとした幼女然とした小さな手。
「ヒルデガルド様、おはようございます」
すっと音もなく入ってきた側仕えのメイドさんは、覚えている顔よりもずいぶんと若い。
「お顔をお拭きいたします」
「はぁい」
さて、メイドさんに朝の支度をしてもらっている間に状況を整理しよう。
わたくし……いや、わたしこ、ヒルデガルド・フェルゼンシュタイン公爵令嬢には、前世の記憶がある。
正確には、ヒルデガルドとして生まれる前と、ヒルデガルドとして生きて処刑されて死んだ1周目の記憶だ。
一度目のヒルデガルドの人生は、一言で言えば悪辣な振る舞いをした挙げ句に心を壊した後に処刑。
『わたし』はその処刑直前に突然表出した、20××年の日本国に生きたそろそろアラサーも終わりを告げそうな、ただのゲームオタクである。
正直、『わたし』がなんで死んだのか全く覚えてない。もしかしたら寝てる間にうっかり何かの要因で死んじゃったのかも。
そんなアラサー女が処刑される直前に、おフ○ックですわーとか心の中で叫びながら中指立てたのが天にでも届いたのか、『わたし』としてもう一度ヒルデガルドの人生をやり直せるようだ。
「御髪を結います」
「はーい」
メイドの手から淡い光が放たれ、しゅるしゅると髪が結われていく。
わたしが暮らすアンドラス王国は広大な森と山脈に囲まれた自然豊かな国で、魔法によって守られ、魔法によって発展した国だ。
この国に暮らす人々はどんな階級でも大体がみんな大なり小なり魔法の力を行使することができる。
その中でも王族や貴族は例外があることもあれど、すべからく強力な魔法を有していて、特権階級を与えられると同時に国を守護する義務を課せられている。
なぜなら、森と山に囲まれているがゆえに凶暴な魔物や大型の獣といった驚異も身近にあるという地理的な状況があるからだ。
わたしの父、フェルゼンシュタイン公爵は特に四大元素の魔法を操ることに長け、王国軍の要職にある人物だ。
今でこそ公爵夫人として社交界に出る母も結界魔法に長けた人物であり、若い頃は王国軍に奉仕していてそこで父と出会ったのだとか。
そういう意味ではフェルゼンシュタイン公爵家は国防に欠かせない家柄といってもいいのかもしれない。
とはいえ1周目のヒルデガルドは早いうちから第一王子の婚約者となることが決まってしまったこともあり、そういったお家事情的なものはあまり勘案した生活を送っては来なかったようだけど。
用意されている朝食を食べ終わるとすぐに食器がさげられ、着替えを持ったメイドが現れる。
「今日のお召し物です」
幼子が着るにはずいぶんと豪奢なドレスを着させられ、両親につられて王宮に向かう。
「第一王子ニコラウスと、第二王子ディートハルトだ」
2つの銀と4つの青がわたしを見る。
第一王子のニコラウス殿下。将来のわたしの婚約者だ。
第二王子のディートハルト殿下……は、実のところよくわからない。
それというのも1周目のヒルデガルドの記憶に、ディートハルトの存在がほとんどないからだ。
ニコラウス王子の遊び相手として王宮に上がった今日の時点で、彼はまだ王妃あるいは乳母役に抱かれる歩くこともおぼつかない年齢だったからだと思う。
それに、この日以来、ディートハルト王子とはほとんど接点もなかったように思うし、特段ヒルデガルドの人生に何か影響があるような人物ではなかったはずだ。
ともかく、これが十数年後に鬼の形相でわたしに処刑を告げるニコラウス王子との出会いだった。
状況の把握が終わり、夜番のメイドだけがいる自室で今後のことを考える。
すなわちいずれ訪れるデッドエンドをどうやって回避するか。その一点に尽きる。
うーんうーんと悩んでいるが、どうにも思考がまとまらない。というか夜はこれからみたいな時間だというのに……
と、ようやくそこで自分の置かれている状況を思い出す。今のわたしはみんなに愛される幼女様。子供だからおねむになるのが早いのだ。
「さあ、お嬢様、もう寝なければ」
「う……」
ぐらぐらと頭を揺らすわたしを見た夜番のメイドが寝かしつけにはいる。
こんなんでデッドエンド回避できるんかな……。
一抹の不安を覚えながら、すとんと眠りに落ちるのであった。
「ねえ、救国の聖女ってなに?」
翌日、午前の勉強が一通り終わった際に家庭教師に訪ねる。
1周目に現れたヒルデガルドが破滅する直接の原因となった『救国の聖女』、それがこの国にとってどういう存在なのか。それを知る必要があった。
「救国の聖女様は、我が国が危機に陥った際に国を民を守護する存在として降臨される尊きお方です」
「すごい人なの?」
「もちろん。聖女様の吐息で悪しきものはみなひれ伏し、聖女様の光はあらゆる厄災を打ち払う、そう言い伝えられています」
「へぇーーーー……」
なるほど。1周目に見た『救国の聖女』はずいぶんと儚げな姿だったけど、言い伝え通りならばヒルデガルド程度の魔法力では太刀打ちもできないと思える。
国の救世主ともなれば、ニコラウス王子が救国の聖女を庇護するのも納得ではあるし、ヒルデガルドという存在そのものが邪魔ということにもなり得るのか。
どこまでが既定路線となるかは不明だけど、デッドエンドを回避したとしても難癖をつけられて追放、なんてこともありえる。
そうなると、わたしが備えなければいけないのは追放後、あるいは聖女が現れた後の身の置き方になる。
女ひとりで身を立てるとなったときに何ができるか。
幸いにも魔法の才能には恵まれているし、なんだかんだ運動神経もいい。
と、なれば、テレビに始まりパソコンだ携帯ゲームだ、スマートフォンだなんだと死ぬまで愛好していた剣と魔法の冒険ゲームのようなことを堪能するのも良いのでは?
むしろそれしか無いのでは???
……冒険者、なっちゃう?
わたしの中の欲望が形となって囁いた瞬間だった。
では、冒険者になるために何をすればいいのか、そう。
筋 ト レ である。
魔法に関しては心配することはない程度に才能はあるので、後は冒険者に必要な体力筋力をつけるだけ。
何より、誰がわたしを陥れようと嫌味を言おうと裏切られようと、筋肉は裏切らないのである。
「素晴らしい。さすがフェルゼンシュタイン公爵家のご令嬢」
「ありがとうございます。先生方のおかげですわ」
快適な追放ライフを満喫するためには知識も必要だし、魔法の勉強も手を抜けないので貴族が通う学園ではひたすら成績優秀を貫いた。
貴族の義務の一つに国防があるおかげか、剣術や体術の授業もあるので武術に関する基礎訓練は実施することができたのも僥倖だった。
「ヒルデガルド様よ……」
「ニコラウス様との婚約が決まったというのに、あんなに泥まみれになってなんて野蛮な……」
学園での生活の間にニコラウス王子との婚約が決まり、貴族としての公務に加え、王妃教育が始まっても毎日の武術訓練と筋トレは欠かさない。
自分と似たような階級のお嬢様がたに嫌味を言われても邸宅に帰ればこっそり集めたこの世界の筋トレグッズがあるし、こちとら筋肉とよろしくやってる身なので堪えることもないのだ。
勉強、筋トレ、公務、勉強、筋トレ、筋トレ、筋トレ、勉強、筋トレ……
という生活サイクルを繰り返し、ついに運命の日がやってきた。
それはひどく退屈な貴族の社交場でのことだった。
「ヒルデガルド・フェルゼンシュタイン、お前を追放する!」
婚約者である第一王子が怒気を含んだ目で私を見ている。
それに寄り添うのは救国の聖女と言われる儚い容姿の女性。
1周目で見たイベントが眼前で展開されている。
『救国の聖女』は、ここ数年で勢力を増した魔物を打つべく遠征に行ったニコラウス王子を聖なる魔法の力で救った女性とのこと。
彼女は、アンドラス王国の辺境に小さな領地を持つ男爵家出身で、今の今まで魔法の力がないとされミソッカスのような扱いをされていたらしいが、此度の功績とニコラウス王子に見出されたことにより王宮に参上した。
まあつまるところ、眼の前で怯えた顔でわたしを見ているこの女性こそが、いわゆるこの世界の主人公なんだろう。約束されたハッピーエンドのなんとやら。
おめでとう、君のシンデレラストーリーはここからだ。ニコラウス王子とのラブストーリーとか、国を救うとか、諸々ある気がするけどがんばりたまえ。
追放をいいわたされたわたしはというと、罪状はなんだっけ、聖女に嫌がらせやらなんやらした罪だっけ。
やった覚えはないけれど、次々出てくる証拠や証言から、きっとここまでは既定路線。
実際にやってない上に、毒殺未遂までいかなかったので追放にとどまった、というところか。とりあえず一安心。
その後、わたしは公爵家邸宅のどこかの一室に軟禁状態となり、沙汰を待つ身となった。
食事を運んでくる使用人以外が部屋を訪れることはなく、静かに時間だけが過ぎていく。
とはいえ、ただただ漫然と時間を過ごす気も無いので、暇な時間をほぼ全て筋トレに当てたわけだが。
筋肉はすべてを解決するからね。しかたないね。
そうして、10日ほどが過ぎた頃。
どこかの片田舎の栄えてそうで栄えてない街の入り口で、簡素な作りの馬車から荷物とともに乱雑に放り出される。
「ここで大人しくしておくんだな」
「行くぞ」
馬車は私に冷たく一瞥をくれると、馬車を王都に向かって走らせた。
ガタゴトと安っぽい音を立て走り去る馬車をしおらしいフリで見送って、私は大きく伸びをする。
「自っ由だーーーーーーーーーーーーー!!!」
簡素な衣服に簡素な荷物。
手入れをすれば豪奢な輝きを放ちそうな金髪はボサボサで、その上雄叫びを上げた人間を誰が王都から追放された公爵令嬢と思うだろうか。
1周目のデッドエンドをなんとか乗り越え、これからわたしは冒険者として第二の人生を歩み始める。
さようなら窮屈な貴族生活。こんにちは目指せスリルあふれる気ままな生活。
このとき、わたしは念願の自由きままな人生にウッキウキに浮かれていた。
そう。浮かれきっていたのである。
「続く」