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†《武器捨て》Grave of Hope†

 ”捨てる”それはとても簡単な行為だ。捨てたいものを手に持ちゴミ箱へ放り投げるだけでできてしまう。倫理観さえも捨ててしまえば、ゴミ箱さえ必要ではなく、ただ放り捨てるだけでもそれは”捨てる”行為であると言えるだろう。そう、それはとても簡単にできたはずだったのだ。

 10月も終わりに差し掛かる夕暮れ時、勤務を終えた人々が帰路につく頃、突如として街中のテレビから街頭モニター、もちろんスマートフォンまでのありとあらゆる液晶が一瞬で暗転し、次の瞬間、一人の仮面の男を映し出した。
 突然の出来事に緊張し静まり返る聴衆をよそに、男は自らをグウジと名乗り演説を始めた。
「武器捨てを禁止してから本日で2年になりました。しかし、完全な長期戦の抑制には至っていないのが現状です。よって更に厳しい規制を近々行いたいと思います。」
 余りにも唐突で、余りにも有り得ないその光景に多くの人々はこれは夢、あるいは幻覚の類だろうと結論づけ、変わらぬ日常に戻ることとなった。しかし、あちこちで車同士が激突する音が響き渡り、すぐに自分たちはまだ悪夢の中にいると気付き始めた。突然、運転手たちのハンドルを握る手がハンドルから一切離せなくなっていた。料理をしていた主婦は包丁が、本を読んでいた学生は本が、野球をしていた少年はバットが、その手にくっついて二度と離れることはなかった。
 突如、混乱に陥る街中で一人が呟いた。
「武器を持ったままでは祈れない」
 言い終るや否や手に持った、厭持たされたカバンで近くの水筒を持った男に殴りかかった。それを皮切りに己の武器を持った人々が他の人間を殴り始め、完全な乱闘が開始された。
「武器を持ったままでは祈れない」
「武器を持ったままでは祈れない」
「武器を持ったままでは祈れない」
「武器を持ったままでは祈れない」
 

 靴屋でバイトをしていた大学生の田中は完全に驚愕していた。足を動かそうにも完全に腰は抜けきってぴくりとも動かない。店の奥からは店長の「取れない!取れない!」という叫び声が木霊している。  田中の手には先程まで真面目に働いていた証拠に商品の靴が握られていた。しかし、他の人とはどうも様子が違う。その靴は手にくっつくことなく自由に掴むことも離すこともできた。何故自分だけは正常に物を掴めるのかを思慮し、一つの可能性に思い当たった。先程演説をしていた怪しい男は自分がよくやっているゲームの開発者と同じ名前だったのだ。それならば、今起こっているこの状況は……
 更に思考を巡らせようとしたが、店の奥から出てきた店長によってそれは中断させられた。店長の目は正気を失い、その手にはハンマーが握られていた。どう考えても対話のできる雰囲気ではない。
「武器を持ったままでは祈れない」
 そう呟きながら田中の方へ勢いをつけ走ってくる。まともに喰らえば一発で”昇天”してしまうだろう。
 田中は一か八か突進してくる店長のハンマーを手に持っていた靴二足で受け止めた。すると、どういうわけかカチッという音と共にハンマーも靴も消え去った。有り得ない現象に田中は当然驚いたが直ぐに機転を利かせ、棚から靴を取って、店長が新しい武器を拾う前に投げ渡した。
「ハァ助かったよ田中くん。急にハンマーが手から取れなくなって気づいたら破壊衝動を止められなくなっていた。しかし、どうしてこの靴は他のものみたいに手にくっつかないんだろうか?」
「恐らく靴はあのゲームでは”武器”ではなく”防具”だからですね。」
「あのゲーム?」
「ゴッドフィールドというゲームです。さっきのグウジの演説、あれは集団幻覚なんかじゃないです。やつはゴッドフィールドの開発者、そして恐らく武器を捨てられなくした元凶です。」
 田中は店長にゴッドフィールドの簡単な概要と2年前の武器が捨てられなくなるアップデートの内容を話した。店長は信じられないという顔をしていたが、外がこんな様子では信じる他なかった。
「店長、とりあえずここは耐えましょう。外から何者かが入って来ても、幸いここには大量の防具があります。ゲームをなぞっているとするならば、いつか終わりは来るはずです。」

 二人は祈りながらこの状況に耐えることを選んだ。祈って、祈って、たまに外からの攻撃を靴で防ぎ、片方がミスって武器を持ってしまったらもう片方がすぐに靴でその武器を叩き落とした。

 祈りの日々が続くと次第に外の騒がしさは減っていき、遂には外は完全に静かになった。二人が外に出てみると、そこには人がもういなかった。久しぶりの外には美しい夕焼けが広がっていた。みんなは昇天して何処かへ行ったのだろう。ゴッドフィールドとはそういうゲームだ。しかし、これが一時的なものなのかそれとも永遠なのかは全く分からない。自分達のように靴屋や服屋ならまだ生き残っている人もいるかもしれない。その希望にかけて探索を決行することにした。
 二人は3時間ほど外を調べたが、特に成果は得られなかった。田中は何かがおかしいと感じていた。しかし、何がおかしいのかを掴めないでいた。悩む田中に店長が語りかける。
「今日の夕焼けはいつにも増して綺麗だな。久しぶりの外だからかな。」

 その瞬間、田中は完全に異変に気が付いた。夕焼けがもう3時間も続いている。色も少し変だ、明らかに赤すぎる。そして思い出した。ゴッドフィールドで武器が捨てられなくなった後、次に何が追加されたかを。

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