島宇宙化と陰謀論

陰謀論関連のある論文を読んでいました。
僕は、頭がよくなく、難しい記述だったので、全体は読み込めなかったです。
ただ、部分的には読めた。

そこで気になったことがありました。
こういう感じで書いてありました。

熟慮的思考をすればするほど、陰謀論信念をより強固に持ってしまうという現象があると、他方で、熟慮的思考は陰謀論信念を抑制する効果があるとも。

いろんな説があるみたいです。

熟慮的思考ができる人ほど、より陰謀論信念を深めてしまう現象とは、どんな感じかと考えました。

僕の説は、「内」と「外」の区別・弁別がついてないのかなと思いました。

どういうことかと具体的にいうと、例えば、生まれてきてずっと病院暮らしをしている方がいたら、またさらにテレビを見る習慣がなかったら当然「外」を知らないから、その「内」がその人の世界になってしまうみたいなイメージ。

つまり、病院の外の世界を一切認知できないということでは。

また、駅にいて、駅にいる人が例えば、つばを吐いている人がいたらやだなとか思っても、なんでここに駅があって電車があるんだろうとかは多くの人は気づきを向けないですよね。
当たり前なことをそもそもから問う人はいないみたいな。

引き戻して考えると、熟慮的思考をすればするほど、陰謀論にハマってしまう現象というのは、環境的制約で、「内」だけが世界だと思ってしまい、「外」への関心が開かず、また「外」があるとも思えない現象で、「内」と「外」の区別・弁別がない感じ?

わかりやすくいうと、島宇宙化ということで、その島宇宙の中で流行った俗説・陰謀論が、当たり前になってしまうと「外」のもっと広い常識的な考えにさらされ、省察する機会すらないから、考えない。
そして、その環境制約のもと熟慮的思考をするんで、ますますハマるということなんかなと思う。

僕は、そこで提案、テレビの報道とか、常に「内」と「外」を区別・弁別するという仕掛け、きっかけ要素を作って欲しい。
当然、どんな学者だって自分の知っていることは、本の全体の世界のごく一部な訳です。
その一部を全体ですと報道するのは…
ということにつきると思った。

一部の中でこういうことが言えることが、全体の「外」にも当てはまるのでは?と予測するのはよしだけど。

一部と全体の区別・弁別がつかないのは問題だと思ったよ。

「内」だけの常識が、世界全体の常識じゃないと思えれば…
「外」には、自分の知らない常識を持った世界があると信じられれば、
弁別があれば…、熟慮的思考をすればするほど、よりハマるというのは防げる?

ある陰謀論系ラップを聞いていたことがあって、この典型的なモデルでは?と思いましたね。

リリックを聞くとめちゃくちゃ自分の頭で考えている。
それは学者並みか学者以上に、自分の頭で考え熟慮的思考をしている。

それにはある種感動的だし、愛国的でもある、そしてこんなリリックでラップしているアーティストはいないと思っていて共感できる歌もありますね。

陰謀論かなと思うことを言うていたとしても、全体は否定しようがないと思います。
身近にこういう人がいても、協力できるところはできるかなと思います。

ただ、ラップの世界の大御所ラッパーの歌に、例えばリリックで「国際金融資本」がーとあり、そのラッパーの世界に強力に影響力があるような立場の人が、陰謀論者だったら、疑いようがないですよね。

憧れの人が、陰謀論者だったら、自分も信じずにはいられないという島宇宙化現象なんでしょう。

芸能界の世界では、あるあるなんでしょうね。

そういう環境制約のもと、自分の頭で考えているからということはあるから、そういう潜在的なニーズとして深掘りできるし、そうとも解釈できるし、共感できる要素もあると思った。

僕も完全な陰謀論フリーな立場じゃないからというのもあるから偉そうには言えないし。

以上です。
失礼しました。



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ワンニャン@概念戦士
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