ニュースから…祖父から溺愛"お嬢様"の末路
こんばんは 皆さま暑さに負けてませんか?
自分の気持ちは伝わっていると思い込む…甘やかされた子どもの末路
・祖父に溺愛されたある孫娘のケースについて犯罪心理学者が紹介した
・小学校でワガママが目立つようになり、高学年になると家庭内暴力も始まった
・その後、投げた灰皿が祖母の頭に当たり、孫娘は少年鑑別所に収容されたそう
「甘やかされて育った少女」に訪れた恐るべき結末
甘やかされて育った子どもにしのびよる危険とは
元法務省職員でこれまで1万人の犯罪者・非行少年を心理分析してきた犯罪心理学者の出口保行氏の最新刊『犯罪心理学者は見た危ない子育て』では、子どもの将来を壊しかねない、家庭教育にひそむ危険性について解説している。
本書に登場するナルミは、子どもを甘やかす家庭で育ったという。その結果、本人が社会性に乏しい大人に育っただけでなく、家庭でも事件が起きた。ここでは、本人も家族も不幸にする、甘やかし型子育ての問題点を紹介する。さらに出口氏は、近年多発する少年や若者による短絡的な強盗事件の背景にも、甘やかしがあるのではと指摘する。
「お嬢様」ナルミのケース
ナルミはいわゆる「お嬢様」だ。立派な門がまえ、庭園のような庭のある家。両親と、同居している祖父母からの寵愛を一身に受け、何不自由なく暮らしていた。
母方の祖父は創業社長で、一財をなすだけの成功をしていた。地域でも有名な資産家である。
祖父母には子どもがひとりしかおらず、それがナルミの母親だ。自由気ままな母親は会社を継ぐ気がなく、婿養子を迎え入れた。おとなしく、言われたことを何でもこなすタイプの父親は、祖父に気に入られたのだった。現在はナルミの父親が社長なのだが、実質的には祖父のワンマン経営が続いている状態である。
家庭の中でも祖父の存在感は強く、誰も頭が上がらない。母親はと言えば、自分が遊びたい気持ちが強く、家庭より趣味を優先しがちなところがあった。
そんな中で祖父は、たったひとりの孫であるナルミを溺愛した。将来的にはまた婿をとらせて、会社を継いでほしいという思いもある。ナルミの機嫌をとることに腐心し、ほしいものは何でも買い与えた。幼稚園生のナルミがダンスをやってみたいといえば、早速プロのダンサーを家庭教師につけ、家の中にダンスルームを作るほどだった。ナルミはこの家のお姫様なのだ。
「もうかわいくないから、いらない」
小学生になった頃、ナルミは「犬を飼いたい」と言った。祖父は喜んでナルミをペットショップに連れていき、ほしい犬を選ばせた。小学1年生でも簡単にだっこできる、小さな子犬だ。
「かわいいねぇ。いいこ、いいこ」
最初のうちは、ナルミも犬をかわいがった。しかし、体が大きくなってくると「もうかわいくないから、いらない」と言う。ご飯をあげることも、なでてやることもしなくなった。もう興味がないのだ。
「やっぱり、猫がいい。猫ならちゃんと育てられる」
そう言うナルミに祖父は猫を買い与えたが、結果は同じだった。
ナルミのわがままは、小学校でも次第に目立つようになっていった。低学年のうちは受け入れられていたが、3年生になるとクラスで浮くようになった。とくに運動会や学芸会では、自分がトップで目立つ役割でないとヘソを曲げてしまう。
「どうして私じゃないの! あの子より私のほうがかわいいし、ダンスだってうまいのに」
そう言って当たり散らすナルミから、友だちも離れていった。
学級委員の選出では、ナルミは自分に票を入れた。開票してみると、ナルミに入った票は1票のみだった。
「私が学級委員をやってあげようと思ったのに!」
家でナルミが怒りながら話をすると、祖父は「みんなわかってないよなぁ」と同調した。そして、機嫌を直すようにとはやりのゲームを買ってあげた。ナルミの自己中心的な行動をたしなめる人は、誰もいなかった。
彼女の家庭内暴力が始まったのは、小学校高学年からだ。不満を持つと、まずは家の中にあるものを壊す。ガラスを割り、冷蔵庫の中身を放り出すなどして暴れる。どこにそんなパワーがあるのかと思うほど、そういうときの力は強く手が付けられなかった。誰かしら大人が止めに入ると、殴る蹴るの暴行を加えるようになり、警察沙汰になったこともある。
しかし、地元の名士である祖父が取り繕うことで、問題は明るみに出なかった。
その後、なんとか高校に進学したナルミだったが、すぐに不適応を起こし1年生のうちに退学。「家事手伝い」と称して家にいる日々だ。おこづかいは、親か祖父からもらえばいい。きれいな服を買って、化粧をして、ふらふらと出かけたり遊んだりしていればいい。
でも、ナルミは心の底では気づいていた。きれいに着飾っていても、家族以外の誰からも相手にされていないことを。ちゃんと話を聞いてくれる友だちなんていないのだ。
ところが、ホストクラブに行ったことで一変した。ここでは、お姫様扱いされる。お金さえ出せば、みんな自分の言うことを何でも聞いてくれる。ナルミにとって、素晴らしく快適な空間だった。
とくにゴウというホストは、ナルミのタイプだった。やさしくて、ナルミのことをたくさん褒めてくれる。少し頼りなげな雰囲気も好きだった。
「今月の売上、足りなくて」
ゴウがそう言うと、ナルミは数十万円もするシャンパンを注文。同伴出勤も頻繁にして、「ナルミがいないとダメだ」と思わせようとした。
「アタシに任せて」
もちろん、お金の出どころは家族である。自分でお金を稼いだことがないナルミは、執拗に家族にお金を無心した。
「この間、30万円渡したばかりじゃないか……。いくらなんでも」
父親が困ってつぶやくと、ナルミは父親を突き飛ばしたのち、リビングにあったクッションや本を手あたり次第に投げた。また始まったのだ。このところのナルミの暴れっぷりはエスカレートしていた。
「ちょ、ちょっと」
祖母が止めようとリビングに入ってきたとき、ナルミは灰皿を投げた。ガラス製の重たい灰皿だ。
ゴン。鈍い音がしたと思うと、祖母が倒れ、見る間に多量の血が広がっていった。灰皿は祖母の頭に命中していた。すぐに救急車を呼んで一命をとりとめたが、全治3カ月の重傷である。
この事件は警察に通報され、ナルミは少年鑑別所に収容されることとなった。
人は折り合いをつけて大人になる
ナルミは典型的な甘やかし家庭に育てられた子でした。とくに祖父は、ナルミがほしいものは何でもすぐに買い与え、やりたいと言ったことは何でもやらせてあげようとしています。
ダンスを習いたいと言ったら、すぐさまプロダンサーの家庭教師をつけ、家にダンスルームまで作ってしまうのだからすごいものです。しかも、ナルミがまだ幼稚園生のときです。そうした余裕があるからいいと言えばいいのですが、多くの親はもう少し様子を見ながらサポートをするのではないでしょうか?
たとえば、しばらく体験してみて「本当に続けたいのだったら、こういうプランにしようか」と話し合いながら環境を整えるのです。
やりたいと言ったらやらせて、やめたいと言ったらやめさせるのを繰り返していては、忍耐強く続ける力が身につきません。実際、ナルミの興味は長続きすることがありませんでした。
ペットにしても、最初だけかわいがったものの、途中で飽きて世話をしなくなりました。こういうとき、保護者は指導すべきです。生き物を育てる責任について教えなければなりません。それなのに、性懲りもなく新たなペットを買い与えるとは困ったものです。ナルミは我慢したり、自分の欲求と周囲の状況との折り合いをつけたりといった経験をしないまま大きくなっていったのです。
甘やかして育てられた子は欲求不満耐性が低くなります。思い通りにいかない出来事にうまく対処できず、逃避的行動をとったり攻撃的になったりするのです。
ナルミの場合は、思い通りにいかないことがあると暴力を振るうようになりました。最初に家庭内で暴れたとき、適切な指導ができればよかったでしょう。不満に対してどう対処すればいいのか。一緒に最善の策を考え、「辛いときは支えるからね」と伝えるのです。
ところが、ナルミの家族は一切指導することがなく、事件をも握りつぶしました。家庭内暴力などなかったことにして、ナルミのご機嫌をうかがう生活を続けたのです。
おこづかい制度の決定は社会経験になる
要求されるがままにお金を渡すのも甘やかしです。ナルミは、小さい頃からじゅうぶんすぎるおこづかいをもらっており、自分で稼ぐ気は起きませんでした。おこづかいで派手に遊び、しまいにはホストクラブで遊ぶ金をたびたび家族に無心するようになったのです。
子どもに必要なお金を渡すのは普通のことですが、もう少しおこづかい制度の運用を考える必要がありました。要求されるがままに渡していては、欲求不満耐性も金銭感覚も身につきません。本当にほしいのか吟味することもなくなるので、興味が続かず、飽きっぽくなります。
ほしいものがあったとき、それを得るための計画を立てることは大事です。欲求が全部そのまま叶うわけではないことを知り、自分で計画したり調整したりする経験をするのにおこづかいはよい材料となります。
それでは、どのようなおこづかい制度がいいのでしょうか。どのタイミングで、どのくらいの金額を渡すのがいいかというのは、各家庭の価値観や事情によるので一概には言えません。
ただ、ポイントとなるのは「話し合い」と「契約(約束)」です。どのようなものを親が支払い、おこづかいは何に使うのか。親子で話し合って決めることです。
たとえば、文具や参考書など学習に必要なものは、親が必要な都度購入する。日常的な遊び、趣味に使うものは月額いくらのおこづかいでまかなう。おこづかいでは足りない高額なものについては、なぜ必要かを話し、交渉し、一緒に検討する。
親が一方的に決めると不満が出やすいですが、話し合いのプロセスを経ることで納得感が出ます。また、約束することも大事です。ルールに沿って運用するのを基本にしないと、そのときの気分で要求を叶えたり叶えなかったりすることになります。「今日は気分がいいからおこづかいを倍にしてあげよう」「さっき言うことを聞かなかったからおこづかいはナシ」などということがまかり通ってはいけません。
「話し合い」と「契約」、ときに「交渉」は、社会で生活していく中では必須事項です。おこづかいはその練習になると考えてはどうでしょうか?
甘やかしと原始的犯罪「強盗」
甘やかすことができるのは、経済的にも余裕があり、子どもの数が少ないといった背景もあるでしょう。余裕がなければ子どもの要求に応え続けるのは難しいはずです。
外からは、「あんなに愛情をかけてもらって、お金もかけてもらっていいなぁ」と見えるかもしれません。ナルミも、お金持ちの一人っ子。何不自由なく育てられ、華やかな雰囲気を持っていました。「うらやましいな」と思う人もいたと思います。
しかし、自立できていないということは大きなリスクなのです。いまは余裕があって甘やかすことができていても、余裕がなくなることだってあります。いつまでも親が保護できるわけではありません。子どもの要求に応えたくても、応えられないときは必ず来ます。
ある刑務所で、極度の甘やかし型で育った男性受刑者Kに会いました。Kの親は地元の名士で、多くの不動産を所有していました。働かなくても毎月かなりの収入があり、Kは遊んで暮らしていました。銀座の高級飲食店に出入りし、高級車4台のほかヨット、ジェットスキーも所有。友人を集めては奢るという生活です。
ところが、実家が不渡りを出して没落すると、一変しました。収入がなくなったと同時に、友人もいなくなりました。自己中心的で、プライドだけは高いKには本当の友人はいませんでした。お金目当てで集まっていただけだったのです。
すでに40歳近くになっていたKは、自分でお金を稼いだことがありません。社会のルールもよくわからず、空気を読むこともできず、どうやって生きていいのかまったくわかりませんでした。そして、犯罪に走りました。強盗です。
強盗は、もっとも原始的であり、頭を使わない犯罪です。検挙されるリスクも相当高いので、プロの犯罪者はやりません(窃盗や詐欺にはプロがいます)。強盗は相手を脅したりして無理やり金品を奪うわけですから、必ず相手に接触しなくてはなりません。顔も見られます。その分、逮捕される危険性も高い犯罪です。
でも、Kにはそれしかできませんでした。郵便局の前に張り込み、出てきた高齢者を狙って「金を出せ」と脅します。わずかな年金を奪うようなことを数回繰り返したのち、通報されて捕まりました。
家が没落して強盗になるという単純さ。呆れるような悲しいような気持ちになります。
Kは刑務所の中で、自分の問題に気づくのに2年間かかりました。甘やかされて育ったため思考は他罰的で、「親が悪い」「友人が悪い」「社会が悪い」といった思いから抜け出すことがなかなかできませんでした。
自分の気持ちは伝わっているという思い込み
甘やかされて育った子は、「自分の思考や感情が相手に伝わっている」という思い込みが強くなります。これは認知バイアスの1つで、「透明性の錯覚」と言います。
とくに身近な人に対して「言わなくてもわかっているだろう」と思い込んでしまい、「なぜ、わかってくれないのか?」とイラッとするというのは多くの人が経験していることでしょう。
「疲れているのをわかっているはずなのに、なぜ家事を手伝ってくれないのか?」
「こうしてほしいと思っているのに、なぜやってくれないのか?」
伝えてもいないのに、相手がわかっていると思い込んでいるのです。そのほか、噓や隠し事が実際以上に相手にバレていると感じたり、相手が知らない知識であっても共有できていると思ったりするのも「透明性の錯覚」の働きです。
誰もが陥ることのあるバイアスですが、「透明性の錯覚」が強いとコミュニケーションに支障が出るのがおわかりでしょう。本当はもっと言葉で伝えるべきところを、伝えないままに「なぜわからないのか」と責めたり嘆いたりすることで、周囲の人には「難しい子」「扱いにくい子」と思われます。顔色をうかがって機嫌をとってくれる家族なら問題なくても、社会適応は難しい。学校や職場で浮きやすくなります。
「透明性の錯覚」は、自分中心で物事をとらえようとするほど強くなります。自分の内面が相手にどれほど伝わっているかを推測するには、まず自分で自分の内面を認識し、それをもとに、相手から見た自分として「調整」をしなければなりません。相手は自分ほど自分のことをわかっていないのですから、割引して調整する必要がありますが、自分に意識が向いているほど割引が難しくなるのです。
子どもがこのバイアスに囚われないためには、きちんと言葉で伝えるよう促すことです。
たとえば、目玉焼きを目の前に、怒った顔をしている子に「ごめん、醬油がなかった? はい、どうぞ」と渡してあげるのではなく、「どうしたの?」と聞いて、醬油を取ってほしいという気持ちを言葉にさせます。
子どもをよく観察している親は、言わなくても子どもの気持ちがわかってしまうと思いますが、きちんと伝えさせることも大事なのです。
共感性を高めるには?
自分のことは「言わなくてもわかっているだろう」と思うのに、他人の内面はわからず、空気を読むこともできない。甘やかして育てられた子によく見られる特徴です。
「空気を読む」とは、ネガティブな意味で語られることもありますが、ノンバーバル(非言語)な情報を読み取って他者の感情を推測することができるという能力の表れです。空気を読むことができないと、場にそぐわない言動をして反感を買ったりすることも多いもの。集団の中で浮いてしまい、生きづらさを感じる原因にもなります。あえて空気を読まないことがいい場合もあるでしょうが、空気を読めるに越したことはありません。
空気を読むためには、心理学でいう「共感性」の高さが必要です。人の気持ちを推測する練習を積むことで、共感性を高めていくことができます。小学校に入る前から、友だちやきょうだいとの関わりの中で「いま〇〇ちゃんはどういう気持ちかな?」といった声かけをして、相手の気持ちを考えさせることが大事です。たとえば、友だちとオモチャの取り合いになったり、ちょっとした行き違いでケンカになったりするのはよくあることですね。
「あなたはこのオモチャがどうしてもほしくて、○○ちゃんが遊んでいたけど持ってきたんだね。いま〇〇ちゃんはどういう気持ちだと思う?」
「××くんと一緒に遊びたくなくて、『あっちへ行け』って言ったんだね。そうやって言われた××くんはどう思ったかな?」
「取っちゃダメでしょ!」「やさしくしなさい!」と頭ごなしに叱るのではなく、いったんその子の気持ちを受け入れて、それから相手の子の気持ちの推測を促します。
また、同じ場面を共有していても、その場面についての相手の気持ちと自分の気持ちには違いがあることを知ることが重要です。「私が嬉しいのだから、みんな嬉しい」「私が悲しいのだから、みんな悲しい」わけではありません。幼稚園・保育園など集団生活を通して、複数人の気持ちを知る体験が共感性を高めていきます。
気持ちが表現されている絵本を読み聞かせてあげるのもいいでしょう。表情や場面の絵を見ながら、気持ちを理解する練習になります。
(出口 保行 : 犯罪心理学者)
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娘が小学校のkちゃん 一人っ子であやが甘やかしすぎで、欲しいものは何でも買い与えてました。ゲームは全て持ってたし、ローラーブレード、キックボード持ってたし即買い、我儘過ぎて友達は娘だけだったような、親と私は仲良しでしたが考え方が違いすぎました。
長く記事を読んで頂きありがとうございました😊