【intro】 ある三十分の写真
私は、
街中のある一点に30分間立ち続け、録音をする。
その音から「言葉」を抽出し、文字に起こす。
ということをしています。
ある場所に立つ。そこでは人々が行き交っている。立ち続ける。
ある人が私の傍を通る。会話の一部の、文脈を失った言葉を私に聞かせ、遠ざかっていく。
こんな感じで、その場所に、ある言葉がぽつりと残される。
人の声以外にも、
駅構内のアナウンスや、広告宣伝車の音声、誰かのスマホから流れる音楽。
街では、あらゆる媒体から言葉が発せられている。
私が表している文字の連なりはこのような、街の中に点在するあらゆる言葉によってつくられています。
生々しい「音」 と 平静な「文字」
文字は、言葉の喋り出しを基準にして時系列に並べられており、30分を5分ごと、6つのまとまりに分けられています。
なぜ文字に起こすのか。
文字にすると、声の大きさ関係なしに言葉がひとしなみに並ぶ。
だから、会話の中に埋もれ、意識されなかった言葉もすくいとれる。
文字にすると、声色が排除され、言葉が乾いた空気を纏う。
友達同士が冗談で発した「死ねよ」は、文字にすると冗談っぽくない。重たい。
文字として言葉の本質を突きつけているよう。
時系列に文字を並べると、誰かが通りすがりに発した言葉が、しばらくして通った他人の言葉と隣り合い、文字の連なりをつくる。
人が多いところなんかでは言葉が入り乱れているから、文字が横入りし合いながら連なりをつくる。
大量の文字は大量の人が行き交う様を感じさせ、
少量の文字は、その空白に、人がまばらで静かな様を感じさせる。
季節、年月日、曜日、時間、そしてその場所っぽさが言葉から香ってくる。
聞こえない言葉は文字にできない。
だから、風の音、車の音、スーツケースが荒い地面をころころと進む音とか、色んなの音が入り乱れる中で、生き残った一節だけが文字になる。
ある時間、ある場所でたまたま落とされた、言葉の一片たちが文字の連なりをつくっている。まるで即興演奏しているかのように。
その連なりからは何か情景を想像できそうだけれど、30分間の本当の光景を知っているのは私だけ。文字だけから想像する人にとってはどんな情景が映っているのだろう。
石ころ、自分
きっかけは街の中で石ころのように存在してみたいと思ったことでした。
石ころのように、ある場所に点として存在し、周りで起こっていることを音として家に持って帰り、自分の空間、時間の流れの中で、客観的にトレースしてみようと思いました。
しかし、文字に起こしているうちに気づいたことは、私というバイアスが無意識にかかってしまっているということです。
母国語が日本語であること、私の興味によって言葉がスッと入ってくること。
例えばジャンプという言葉が週刊少年ジャンプを指しているんだと推測できて前後の言葉と繋がる、など様々な角度から私が関わってきます。
知らない言葉が聞こえた時にはそれについて調べ、関わることのなかったかもしれない文化に触れたりします。
そしてまた、バイアスが生まれます。
そもそも、どう文字にするのか。
「辛い」と「つらい」、「きもい」と「キモい」、「あー」と「あぁ」といったニュアンスの違いに迷いながら、実際の光景と照らし合わせ、文字にしています。
「録音」という、場とか人間とか環境とかとの関わりを見つけることができたんじゃないかな
学生の私に教授がくれた言葉です。
本当に、じっくりと音に耳を傾けるとその場にいるような感覚になりますし、ある特別な言葉を聞き取ろうとする時や、知らない言葉を調べている時、どう文字に起こすかを考えている間、言葉を発した人やものに関わろうとしている自分がいて、石ころとしてではなく自分としてそこにいたことを確かめているんだと思います。
そんなことを考えているうちにこれは、自分の言葉で体験を綴ったエッセイでもあると感じています。
今は、日本語と英語の2つを文字にしていますが、現在京都にいると飛び交っている言語は様々だとひときわ感じます。
そんな、私というフィルターを通すだけでは文字にされない音も、いつか誰かと文字にしたいと思う。
様々な場所に行き、その場所のムードが文字にされた時どう映るのかも知りたい。
そんなふうに何かとの関わりを広げていこうと思います。
ある三十分の写真
文脈を失った文字の、一貫性のない連なり。そこには、風景を思い描く手がかりが含まれています。これは、言葉というピクセルによって描出された解像度の低い写真のようなものなのです。
そんな、「ある三十分の写真」を眺めるように読んでくださると嬉しいです。
また、この記録をZINEにしていますのでぜひご覧ください。
2023年の12月31日から始め、まず一年間、365日続けようと思います。文字に起こすのは時間がかかりマイペースですが、日々録音はしています。
いつかの日を振り返るように楽しんでいただければと。
よろしければ、あなたに映った情景を教えてください。
最後まで読んでいただきありがとうございました。