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ほうき森の仲間たち 【👑王様の口笛】series3
第二章
【絡まる糸】
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コルトーのアトリエのある岩宿には、ここ数日降り続いた雪のせいで牙のような氷柱(つらら)がまるで何者をも拒むかのように鋭く、何本も戸口を塞いでいました。
近頃のコルトーの暮らし振りは、いよいよ偏屈に磨きが掛かり、自ら纏う孤独の影に森の仲間たちは容易に近づく事さえままなりません。
唯一、心を開いていた農園夫のロバタにでさえ、時にコルトーの岩宿を訪ねてもドア越しに声を荒げて追い返されたりする始末。
そんなコルトーに、何十年も音信の途絶えていた親友ニーケが突然訪ねてたとしても、果たして、コルトーはすんなりドアを開けてくれるのでしょうか?
増してや、美しい若葉の季節に起きたニーケとコルトーの忌まわし出来事の顛末を今更ながらコルトーに思い出さなければならないのです。
誰にも、何も告げず、故郷のカモライの森から姿を消したコルトー。
その怒りの火種をもし、コルトーが今も胸に抱えているとしたら…
再会によって、互いの胸にある傷をその火が更に炙り、深めてしまうのではないか…
ロバタはあれこれ考え出すとキリが無く、ニーケの気づかない所で大きなため息を吐きました。
しかし、ぐずぐずしてはいられません。
再会が叶わなければニーケは遠いカモライの森から険しい山河を渡り、旅を続けてきた意味を失くしてしまいます。
ロバタは老いて行くコルトーとニーケとの間で絡まる糸をいっ時も早く解く手立てを考えなければなりませんでした。
それは命からがらニーケと旅を共にしてくれたグリークへの敬意の念でもあり、また、グリークが自分を信頼し任せた思いを繋がなければと思ったのです。
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降り続いた雪がようやく止んだ朝のことでした。
雪に覆われた庭の面には今朝、小鳥たちが啄んだ赤いイチイの実がまるで宝石のように散りばめられていました。
その自然の織りなす美しい朝の光景をロバタは暫くぼんやり眺めていましたが、ふと、何かを思い立ったようにニーケにこう言いました。
「ニーケさん、雪もようやく止んだことですし、今日、コルトー先生のアトリエを訪ねてみませんか?」
ロバタの不意の言葉にニーケは驚いたものの、待ってました!と言わんばかりにコートハンガーに掛かる青いマントを勢い、掴みとりました。
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白樺の林を抜けて、やがて、目の前に広がるメタセコイアの並木道はこの森で最も美しい景色のひとつと言えるでしょう。
葉を落とした木々の隙間から遠く輝く朝日がゆっくりと上ってくるのをロバタもニーケも無言でその場に立ち尽くして眺めていました。
その美しい並木をしばらく行くと右手にこん盛りと雪を被った小さな林が見え、その目線の奥は緩やかなベロだし峠に続く坂道が広がっていました。
コルトーの岩宿のアトリエはその坂道から僅かに左手に折れたもう一つの細道を下った、足場の悪い場所にありました。
「この坂道の上にある病院に今、グリークが居るのですね」ニーケはそう言って雪に照り返す日差しに目を細めました。
「そうですね。今は静かに休んでいるでしょう。直にお見舞いに行ってみましょう」ロバタも峠に登るベロだし峠の坂道を眩しそうに見上げました。
その時でした。
「おーい」
「おーい、ロバター」
何処からかロバタを呼ぶ声が聞こえてきます。
声の主はロバタの幼なじみでもあり、この森にある「どんぐり新聞社」の記者、キツネのジーポでした。
見覚えのあるツィードのコートにボルドー色の襟巻き、相変わらずのダンディ振り。
その上、今朝は小さなフリージアの花束まで胸に抱えていました。
「ロバタ何処に行くんだよ」白い息を吐きながらジーポが尋ねました。
「君こそ、ジーポ、綺麗な花束なんか抱えて何処に行くのさ」
「僕は坂の上の病院にいるグリークを見舞いにいくんだよ」
「ど、どうして、グリークが坂の上の病院にいることを君が知っているんだ?」ロバタは少し狼狽ながらジーポに詰め寄りました。
「ロバタ、今朝のどんぐり新聞社の朝刊の一面を読んでないのか?」
「い、いやぁ、ちょっと忙しくってまだ目を通してないよ」
「旅行作家のオオワシのグリークが命から辛い故郷のほうき森に突然帰って来た!それも、三本大杉の根元で傷だらけで倒れていたらしい。その時、黒い何者かと一緒だったがその後その黒い何者のかの行方は知れてないんだ。このニュースは信頼おける、とある人物から取材したから間違いないよ」
ジーポのひそめた声と神妙な顔をロバタとニーケは口元をニヤニヤ緩めながら眺めていました。
「と、言うことは、ジーポ、君はまだ、その黒い何者かが誰かは突き止めちゃいないんだね?」
「まぁ…そう言うことだな。その、黒い奴が一体なんなのか?グリークと何故いっしょにいたのか?謎は謎を呼ぶんだ」ジーポはそう言って細長い鼻先をクンクンと動かしてみせました。
「だから、君は見舞いを兼ねてグリークに取材をしに行くんだ。花束なんか抱えちゃって」
「まっ、お見舞いだからね。ところで、ロバタ、君の後ろにいるその方はこの森で見かけない方だね?」
「紹介しよう。カモライの森からやって来た、哲学者のニーケさんだよ」
「な、何だって?カモライの森から?それは、それは遠い所から、ようこそ。初めましてどんぐり新聞社の記者ジーポです、よろしく」
「初めまして、私がその(黒い何者か)のニーケです」ニーケはそう言ってワハハハと笑い声をあげ、ジーポの差し出す右手を強く握り返しました。
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ジーポは暫くニーケと握り合った手を離せず、ただ、ポカンと口を開けていましたが今度は自分がワハハハハーッと笑い声を上げました。
「(ダイヤのネックレスを探し求め部屋中彷徨う君よ、その探し物は君の首元にあるのだ)ペルシャの哲学者、ルーミーの言葉だが探しものは意外に近くにあるとはこう言うことだね」
「そうです。ジーポさんの探しものは今、目の前にいます」
ニーケは満面の笑みでジーポを見上げました。
「どうだ、ジーポ、(黒い何者か)の行方の謎はひとつ解けただろう?」ロバタもそう言って笑いました。
「あぁ…何だかよく分からないが複雑な事情があるようだね。これは記者魂が疼くよ」
「その記者魂を更に疼かせるもう一つの話があります。私は貴方の曽祖父、グゥスコ ソフォス :ΣΟΦΌΣ SOFÓS氏の(王様の口笛)の著書を読んだことがあります。そして、この旅でその物語を恐ろしく忠実に体験もして来ました」
「物語を体験して来た?」ジーポはニーケの言っている意味が分からず頭を抱えました。
「その話はまた、ゆっくり後日…」ロバタはそう言って一旦話を遮りました。
ジーポは飲み込めない話を次々と聞かされながらも、そこは物事の本質を即座に捉える能力に長ける記者らしくロバタの話に静かにうなづきこう言いました。
「分かったよ、その話は後日楽しみにすると言うことで…。ところで君たちはこれから何処へ行くんだい?」
その時でした。
「おーぃ!おーぃ!
大変だ!大変だーーーぁ!コルトー先生がーーー!」
大声の方をみなが振り返った時です。
そこにはずぶ濡れになったあらいぐまの大工の棟梁、ヂュベンスが血相を変えて走って来たのでした。
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「ヂュベンスさん、コルトー先生に一体何があったと言うのですかっ!」
ロバタがヂュベンスの側に駆け寄りました。
「コ、コル、コル、ト」ヂュベンスの口もとは寒さでガクガクとか噛み合わず言葉になりません。
その時です。
ニーケは着ていたマントの首紐に急ぎ手を掛けたかと思うと仕立ての良いボア付きの青いマントをするりと脱ぎ捨てヂュベンスの濡れたからだを覆いました。
そのあまりの手際よさにロバタもジーポも呆気に取られましたがニーケの暖かな人柄に一瞬で心打たれました。
「さぁ、ヂュベンスさん、ゆっくりでいいですからコルトー先生に何があったのか話してください」ニーケはヂュベンスの背中を優しくさすりながらそう言いました。
「コル、コルトー先生が、、、ヒュー川に流された」
「ヒュー川に!」ロバタが声をあげました。
ヒュー川はこの森で最も蛇行が激しく流れの早い川でその上、大小の岩や石ころが川幅の半分ほどを埋めているものですから雪の季節に安易に近づくと川に足を取られてしまったりするのでした。
「こんな凍てつく日に何でコルトー先生そんな場所に!」ジーポが眉をひそめました。
「コルトー先生、ヒュー川に仕事に使うノミや斧などを研ぎにいったらしんだ。足を滑らせたらしく、氷の張る川へ落ちて、偶々通りがかったうちの若い衆たちと堰きで止めて引き上げた。うちの倅や若い衆たちが今、岩宿まで担いでいったさ。わしは坂の上の病院までヨーゴ先生を…」アライグマのヂュベンスはそこまで言うとガクリと片足を折って雪の上に座り込みました。
「分かった!病院へは私が行ってくる!親方はこのまま帰って身体を温めてくれ。ロバタ、後は頼んだぞ!」
ジーポはそう言うとフリージアの花束をロバタに押し付けると病院へ続くベロ出し峠の坂道を駆け出していきました。
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