三ツ矢サイダーでハンガー・ストライキ?
私は、食が細い子供だった。自分の気に入っている場所では食べるけれど、気に入っていない場所では食べない、そんな子供だった。
小学校3年生まで、毎年夏になると、新幹線に乗って、中国地方にある母方の祖母の家と、母の弟の家に出かけた。祖母の家と、叔父の家は、同じ市内だった。叔父の家には、年の近い従姉妹が二人いた。従姉妹の家に長いこと滞在して、従姉妹とプールや海で目一杯遊び、祖母の家にも1、2泊する、というのが恒例だった。
小学校1年生か、2年生のときのことだったと思う。祖母の家に泊まる日、夕食の時間になった。食卓には夏らしく、そうめんなんかが上がっていた。私はなぜだか、夕食に出されたものをどうしても食べる気になれなかった。
祖母や、祖母と同居していた伯母のすすめを無視し、私は理由なきハンガーストライキに突入した。そうはいっても、やはり空腹感はあったのだろう。それをやり過ごすために三ツ矢サイダーをコップに注いで、がぶがぶ飲んだ。まだペットボトルはなかったから、瓶入りだった。口の中をサイダーの甘さで充満させ、炭酸で胃を膨らませることで、翌日、祖母の家を去るまでを乗り切った。
今になってみると、祖母は、孫が自分の作った夕食を一口も食べなくてがっかりしただろうと思う。失礼な孫だった、と思う。けれど、そのときは小さいかったからか、誰からも叱られなかったし、食べなくて申し訳ないとも思わなかった。
祖母の家を去ってから、また従姉妹の家に行ったのか、それとも母と一緒に東京に戻ったのかは、記憶にない。空腹の後に、好きなものを好きなだけ食べたのかどうかも、覚えていない。
あれから40年の年月が経った。痩せてひょろひょろしていた私は、太りやすいのが気になる年齢になった。夏になると、子供のころのように砂糖の入っているサイダーを飲むのではなく、無糖のウィルキンソンを飲む。
コップに注ぐと、シュワーッという音とともに泡が表面に盛り上がり、口に含むと、口の中で炭酸の細かな泡がシュッとつぶれてゆく。喉元をひんやりとした炭酸水が通り過ぎてゆくと、ああ、夏が来た、と思う。炭酸のおかげか、子供の頃と同じようにお腹も若干ふくれる。夏のウィルキンソンが今の私のお気に入りである。