Web小説発掘記 その138 悪食ーあくじきー 作者 榮織タスク様
本編URL
https://kakuyomu.jp/works/16817330648667642752
前書き
この記事は作品のネタバレを含みますのでご注意。
こちらの記事はあくまでも筆者の個人的意見です。
評価の基準としては200円~700円前後の書籍を購入し、読んだものとして付けさせていただきます。そのため基本的には厳しめとなります。
あらすじ
夜の街には、恐ろしい怪異がいる。
その怪異に食われると、食われた者は世の中のほとんどから忘れ去られ、いなかったことになるという。
人食いの怪異。
次は誰を喰うのか、誰が忘れ去られるのか。
怪異が人の社会に浸透していることを、ほとんどの者が知らない。
辻崎灯耶と弌藤弐貴。
立場も考え方も違う二人の怪異使いが、ある事件を境に出会う。
彼らがくだす決断は。
ストーリーと見所
悪食と呼ばれる特殊な怪異がいる世界。
それに食われた人は世の中から忘れ去られ、存在していた痕跡すらも消えてしまう。
そんな悪食達を組織的に利用して悪を裁く側の人間と、彼等とは異なる視点で悪食を利用して悪を喰らう男の物語。
と、そんな感じで始まる割とライト寄りの伝奇小説。悪食と呼ばれる怪異を使役する者達のお話。
物語としては殆どダブル主人公となっており、アウトローである辻崎灯耶と、組織人である弌藤弐貴の二つの軸でストーリーが語られる。
物語のテーマとして『悪』と言うものが終始語られる流れになっており、弌藤弐貴の所属する組織である抹消課はその名の通り悪食を利用して悪を裁く組織。
しかし、記憶事容疑者を消してしまえるという悪食の特性上、本来の在り方を見失ってしまっていた。
一方の辻崎灯耶はアウトローで、自分自身の正義に従って行動する。一見すれば法に従いその力を振るう抹消課の方が正義のはずなのだが……。
と言った感じで二人の主人公と、そして様々な視点から見る悪。何より悪食と呼ばれる怪異達から見た、自分達の食糧である『悪』が物語の主軸となっている。
そんな感じのかなりテーマに寄った作品と言える。悪とは何かについて作中でも度々言及され、二人の主人公の視点を通すことによりそれが読者にもより伝わりやすくなっているのが特徴。
物語としては決して明るくはないが、暗すぎるというほどでもなく。割とライト文芸寄りの雰囲気で読み進めることができる。
アクションよりもテーマを語ることに重心が置かれており、バトルなどの派手なシーンは殆どないが、作中での登場人物達の苦悩や少しずつ明らかになっていく抹消課の闇など、ミステリー……とはちょっと違うかも知れないが、そんな雰囲気を楽しむことができる。
文章も読みやすく、ストーリーにも破綻はない。
張られた伏線をしっかり回収して程よい長さで終わらせてくれている、いい感じの優等生伝奇ファンタジー小説。
キャラクター
辻崎灯耶
物語の主人公。
使役している悪食と意思疎通ができ、その実力は他の悪食を使う者達よりも遥かに強い。
そこに関しての理由は点々と語られるが、物語の中でしっかりと明かされることはない。
そこに関しては消化不良感はなく、むしろ程よい塩梅が彼に対する読者の興味をそそる形になっている。
法ではなく自身の正義に従って悪を裁くダークヒーロー的なキャラクターで、アウトローらしく依頼人から金を直接金を受け取って仕事をしている。
アウトロー的な雰囲気ではあるが本人は普通に常識人。人の話はしっかり聞くし、人情にもそれなりに厚いと色々好感が持てる主人公。
弌藤弐貴
もう一人の主人公……多分。
公僕であり、悪食を使って悪を裁く抹消課と言うところに所属している。
物語の序盤こそ自信の所属する組織の在り方、その方法に盲目的に従っていたが灯耶と出会ったことで少しずつその考えに揺らぎが生じる。
そして一人の少女を巡る事件をきっかけとして、彼自身も自らの定める『悪』を裁くために悪食を使役することを決めるのだった。
総評
評価点
文章も読みやすく、話もいい感じにまとまっている。
登場人物の行動にも破綻はなく、テーマもちゃんと語り切っていると割といいところだらけの優良小説。
割と重めのテーマにも関わらず、テンポがいいので次々に読み進められるのも個人的には高評価。
また主人公二人も立場が考え方を徹底的に異なるものとして書いているので、いい感じで差別化ができている。
登場人物に関しても途中で出てくる少女『香澄』が物語の清涼剤の役割を果たしており、重厚な雰囲気を緩和してくれることで読みやすさに繋がっている。
問題点
問題……と言うほどでもないが、二人の視点で語られるだけに弌藤弐貴サイドのキャラクターがちょっと薄めに感じられた。
結果どうにも決戦の盛り上がりが今一つ。
もっとも、そこに至るまでに充分に楽しめたのでそれほど大きな問題でもないが。
最終評価 61点(Web小説としては充分な秀作)
読みやすくすっきりとまとまった中編小説。
中編?長編?ちょっとわからないが取り敢えずそのぐらいの長さでしっかり完結している。
ストーリーとしてはこれから続く物語の第一話と言った感じであり、割と重めな物語の割に終わりは爽やかでこれからの希望を感じさせるようなものとなっている。
そう言った読みやすい雰囲気も含め、綺麗にまとまった物語と堅実なキャラクター造形から誰にでもお勧めできる優良小説。
所要時間は凡そ1時間30分ほど。