エレベーター

あの乗り物は、不思議だ。

あの密室空間において、自分が行きたい階をただぼーっと眺めてまつだけの空間。不気味さもある。夜更けの一人搭乗は別格だ。都市伝説でエレベーターの扉が開いた先は、知らない場所だった。人っ子一人いない世界に来てしまう、なんていう話はあるがそれを掻き立てられるような感覚になる。それにあの浮遊感ときた。自分が指定した階で止まらなかったらどうしよう、そんなことも考えてしまう。

ある日の仕事帰り、自宅マンションのエレベーターに乗る。行先は、6階。1階からぐーっと6階へ行くはずだったが、そのときは5階でとまった。押した覚えのない階に止まってぞっとしたが疲労もあって誤っておしてしまったんだろうと思った。そんな出来事はすぐに忘れて、一週間が経った。週末友人と夜更けまで遊んでいて、終電を逃して歩いて自宅に向かった。その夜は、風が生ぬるくていつも少し騒がしい街並みが静まり返っていた。

マンションの前まで来た僕は、なにも考えずいつものエレベーターに乗る。行先は6階だ。ふと、前起こった出来事が頭によぎった。6階ボタンだけを押して乗った。
「ピンポーン」
ぞっとした。5階で止まり扉が開いた。異様な空気感、チカチカしている電球。すぐに「閉」を連打した。
エレベーターは、下に向かう際に途中で止まってもおかしくない。出口は1階だから6階から下へ向かうときに3階で止まってもなんら不思議なことじゃない。けれど、1階から上へ向かうときに途中で止まるなんてことは考えにくい。それがオフィスビルとかだったら別だ。普通の住宅マンションにおいて途中で3階の人が6階に上がるなんてことはめったにないはずだ。仮に、下ボタンを押したとしてもボタンを押す前にエレベーターが上へ向かっていた場合、そっちが優先されるから途中の階で止まるはずがない。

6階で降りた僕は、恐怖に襲われてぐっと酔いが覚めた。さっきまで生ぬるい空気とは一変して、静寂と寒気が身をつつみ、時間も空気も凝結したようだった。

それ以来、そんな出来事はなくなった。というのも元々、その2日後に仕事の都合で引っ越しが決定していて夜中にエレベーターに乗ることがなったからだ。

あのまま、5階で降りていたら都市伝説みたいな異世界に行っていたのだろうか。そんな不思議な出来事。


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