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40歳にもなったことだし。

こんにちは、ななめてんぱ です。

私は、いつもニコニコしていて挙動不審。
怒ったこともなさそうな腰が低い人。

らしい。

若い頃から、
「この間見かけたよー!」
の後に続く言葉は、

「迷子だった?」
「何か探してた?」
「キョロキョロしてたね」
なんて、言葉ばかり。

きっと、あれだ。
私は気になって仕方ないからだ。

絶対に、ここの階段を登ることは一生ないのだろうと思う雑居ビルの上の方に見える観葉植物や、
ビルとビルの隙間の向こう側、
建物の窓辺の生活感、
古びた看板、道の端に追いやられたペットボトル、昔からあるであろう和菓子屋さんのお団子や、
開いているところを見たことがない畳屋さんの引き戸に貼られたポスター、、、。

電車の中でも携帯に目を落とすことはなくて、
できれば外を見ていたい。
電車からしか見られない景色を楽しみたくて。

ニコニコしてしまう癖の原因は、
それは幼い頃、母がいつも口角が上がっていて、
それが素敵だと思って真似していたら、その顔が私を代表する顔になっていたのだけれど、母の穏やかな表情とはまた違う。
そもそも母は、子供の私が言うのもあれだけれど、落ち着いた雰囲気を持った美人だ。
どちらかというと父似の私は、かなり賛否両論ある顔をしている。

(父よごめん。結婚してくれた夫よ、ありがとう。)

だから、母のように微笑んだはずの顔が、想像とは掛け離れていることは、もう知っている。

それにしても

ニコニコした挙動不審なんて、やばすぎる!

挙動不審と思われる理由は何なのか、、、

アチコチ見渡しながら歩いている人を見て、挙動不審だと思ったことはない。
その姿が美しい人さえいるはず。
なのに、私はなぜに挙動不審なのか!

と、すっごく気にしていた時期があって、
その頃は外へ出るたびに、
道行く人のように、
すれ違う誰かのように、
電車の向かいに座るこの人のように、
もっとクールで無表情を意識しようと考えていたけれど、私は無表情が本当に似合わない。

少しくらいは口角を上げておかないと良いところがなくなってしまうようなこの顔のつくりは、
自分にとっては損で、とても疲れるなーと思うけれど、もう40年も一緒だから嫌いにはなれない。

それでいて話し出すと、40にもなって我ながら幼い気がして、語彙力や雑談力の本も読んで勉強してみたりもした。
慣れない人と話すと焦ってしまって、2、3トーンくらい高い声になってしまう。
それにニコニコまで加わったらまるで接客業。
さらに、腰の低さよ。

腰が低いのはいつからだろう。

時にはビシッと決めてみたい。

もうそろそろ、カッコよくなりたい。

私は幼い頃から、
「可愛い」
よりも、「かっこいい」に憧れた。

そろそろ、本気の演技でも始めようか、、、

40歳にもなったことだし、
少しだけ偉そうにしてみよーかな。

なんて。

もう、全部は直せないよ。40年も生きてきたのですから。

よし、俳優になろう。
家の外では、私は俳優!
そういうふうに楽しみながら生きていこうかな。

読んで頂きありがとうございました。

ななめてんぱ


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