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それだけはやめて
お財布がなくなった。
ある朝、もう家を出るよって時に気づいた。
その日は仕事の面接で、久しぶりに履歴書を書いて久しぶりに証明写真を撮って久しぶりに誰かに評価されるから緊張でいっぱいで、前日のうちに必要なものは全てバッグに入れて、着ていく服も靴も決めて、準備万端のはずだった。
なのに。
お財布だけがポッカリとない。
あれ?入れたとおもうんだけどなー。
前日スーパーに行ったっきり、お財布は使っていないし、私は家に帰るとすぐにお財布の整理をする。
レシートを自分の決めた場所に収納して、小銭やお札の整理をする。
確かスーパーに行く前に、ドラッグストアと郵便局に行き、その分のレシートと購入した切手はお財布の中に入れていたから、、、
そうだ!!そのレシートと切手があれば、私はお財布を家までは持ってきたと証明できる。
結果、レシートも切手もあった。
ならば家のどこかにあるはずだ。
とりあえず、もう家は出なければ面接に間に合わない。
家にあったわずかな現金と、どうしようもない不安を握りしめて面接へ向かった。
面接中も何度も「お財布がないんです」と、言いたくなる。
誰かに聞いて欲しい。
もちろん、言わないけれど、
誰かに「大丈夫」と、言ってほしかった。
気が気じゃない面接を終え、家へと急ぐ。
そこからはもう、大捜索。
しかし、どこを開けても、ひっくり返しても、赤い長財布は出てこない。
そう、私のお財布は赤い長財布。
とても目立つ赤い長財布。
お財布に入れたレシートと切手が家にあるのだから、お財布だって家にあるはずだ。
でも、見つからない。
とんでもなく、ボケてしまわないとあり得ないだろうという所もとにかく探した。
冷蔵庫の中も、モルモットのケージの中も、もちろん探した。
こういう時に、ちょっとだけミニマリストな自分を憎む。
もっと、探すところがあれば、
どこかにあるはずだ!と、もう少し希望が持てるのに、探す場所がほとんどない。
早くも、「これだけ探してもないなら、この家にはないよね。」
と、言えてしまう状況になってしまった。
探すだけ探した後、
最後に訪れたスーパーに連絡をし、防犯カメラを見てもらった。
セルフレジでお会計をしていた私がお財布をバッグに入れていたであろうところまでが録画されていたと教えてくれた。
お財布がバッグから落ちてしまうような持ち方を、私は絶対にしないと思っていたから、スーパーのセルフレジに置きっぱなしにしたという可能性に賭けたのに、私はちゃんとお財布を持って出ていたんだね。
でも、家にはない。ならば落としてしまったか、、、。
赤い長財布。目立つ。落ちていたら誰か拾うよね、、、
そうして、どうしただろう。
不安と焦りと大切なものを失い中の、どうしようもない喪失感。
考えれば考えるほど、自分の記憶がどんどん信用できなくなる。
どんなふうにバッグに入れた?
レシートも切手も、そもそもお財布に入れたの?
全部、違う日の記憶じゃない?
何が真実かわからなくなる。
とりあえず、各種カードと、マイナンバーカードを一時停止。
クレジットカードは再発行。
そして警察へ連絡をした。
現金、約1万4千円はもう忘れよう。
何日かすれば新しいカードが届いて、、、
窓口へ行って、銀行のキャッシュカードと、マイナンバーカードを作り直して、、、
新しいお財布も買わなきゃ、、、。
いや、お財布なんていらない。
新しいお財布のことなんてまだ考えたくない。
あの赤い長財布が良かったんだ。
BOOKOFFで中古で買ったコーチの長財布。
少しエンジがかった赤で、レザー調のレトロな雰囲気が気に入って夫に買ってもらった。
5千円くらいだったけれど、その前はDAISOで買ったお財布を使っていた私にとっては高級品。
またDAISOで調達しよう。
なんだか、いつまでたっても諦めがつかないし、落ち着かない。コーヒーを淹れてゆっくりもしていられない。夜ご飯も作る気力もない。
諦めようと口では言いながらも、まだ家の中をソワソワと歩き回ってしまう。
何度も、「お財布落とした」という検索ワードを使って、同じように苦しんだ人がいないか、どう諦めをつけたかを検索して、どうにか自分を慰めることに精一杯。
そこへ、小学校から子供たちが帰宅。
「ママ、今日お財布落としちゃったみたい。」
「家でも、外でも、もし見つけたら教えてね。」
と、伝えると子供はビックリしていたけれど、
すぐに、そんなの関係ねーと、娘がどうでもいいクイズを出題してくる。
考えてる頭はねー。
「ママ、ちょっと、本当に落ち込んでるからごめんね。一緒に前向きになれそうなアニメでも観よう!付き合って!」
そうして、なぜか黒子のバスケを久しぶりに観た。
だからって、この気持ちが収まることはない。
進撃の巨人でも観るか、、、。
気づいたように何度もボヤいて落ち込んでいる私に、息子が、
「オレが探してくるー!」
と、部屋を出ていった。
ありがとう。でもきっと、見つからない。
そう思っていたらなんと、
「あったよー!」
と、息子が赤い長財布を手に持っている。
え!!
と、ビックリと喜びと、同時に「ちょっと待てよ」と、いう気持ち。
「どこにあったの?」
そうして息子が案内したのは、私のバッグ。
私のバッグの中に隠れるように入っていたよと言う。
そんなわけ、なかろう。
あー。
こいつは黒だ。
そう、真っ黒クロ助。
「疑いたくないけど、このバッグは何度もひっくり返して探したんだよ。」
もじもじする息子。
「正直に言える?怒らないから。」
そして、もじもじと話し始める息子。
犯人は息子だった。
お金ほしかった?と、いう質問に首を横に振る。
お財布が見つかった喜びのほうが何よりも勝ってしまい、怒ることができない。
安堵から涙まで流してしまう始末。
逆にそれが息子には響いた様子。
息子も泣きそうな顔。
いたずらしようと夜のうちに私のお財布を自分の部屋に隠したけれど、そのまま忘れて学校へ行き、
帰ってきたらママがひどく落ち込んでいてそれで思い出した。
おおごとになっているとわかって、言い出せなかったけれど、このままだとママがやばい、けれど怒られたくないからと、
「あったよー!」なんて、言ったんだそうだ。
実際、隠したといっても、引き出しに入れていただけで、少しでも疑って息子の部屋へ行けばすぐに見つかったはずだった。
「お財布ない!!」
「ここだよー!!へへーん!!」
みたいな、くだらないやり取りがしたかったらしい。
実に、くだらん。
しかし、お金を盗むと言うより、本当にイタズラしたかったというのは伝わった。
いつもなら怒鳴るか、夫に話をして怒ってもらうという手段をとっていたかもしれない。
しかし、今回はすでに息子の心に何か響いているのがわかった。
だから、夫には内緒にすることにした。
夫に言ったら、理由が何にしても本気で怒るのはわかっていたから。
怒らずに伝わるのなら、その方がいい。
まず、これまで何度も教えてきた、
人のものは取ってはいけないという当たり前の事を再度話した。
お金の大切さも話した。
お財布の中1つ1つ取り出して、何に使っているもので、無くしてしまうとどうなってしまうのか説明した。
無くしてしまった人が、どんな風になってしまうのか、どれだけ心が病んでしまうのか、ママを見ていたからわかるよね?と、聞いた。
「わかる。」
これから君は道で落とし物を拾うことがあるかもしれない。
それがお財布で、中にお金が入っていたら、欲しいと思うかもしれない。
けれど、今日のママを思い出したら、君がどうするべきかわかるよね?
「わかる。」
「そのまま交番に届ける。」
君を信じるよ?信じていいね?
「うん。」
そんな風なやりとりをして、とりあえず抱き締めて。また泣いた。笑
子供を育てるのは本当に難しい。
良い時も悪い時も、いろんな感情を知って、
失敗しながら、人の痛みも自分のダメさも知って、そうやっていつか人をちゃんと想える人になってほしい。
私もたくさん、ダメなことをして、人も傷つけて生きてきた。
今だって、ろくなものじゃないけれど、どうにか大切な人と出逢い、一緒に生きることができている。
こちらが求めなくても、ちゃんと自分で反省できる時は必ずくると思う。
息子はどんな大人になるのだろう。
さて、キャッシュカードと、マイナンバーカードの再発行手続きをしに行かなければ。涙