あの娘にアタック
Billy JoelのTell her about itを聴きながら、自分の過去の日記を遡るのが、SHEの最近の趣味だ。
暇をコーヒーフィルターにふりかけて熱湯を流し込んで、しみ出たものをウィルキンソンのトニックウォーターで割っても足りず、ステアではなくシェイクで適当にウォッカを混ぜて、ヒマジン・マティーニの完成……というholy shitの典型例みたいな水たまりを啜りながら。
♪Listen boy
Don't want to see you let a good thing slip away♪
小学校時代のSHEは、何を隠そう……いや、オブラートに包んで美味しくいただくとすれば……錬金術師だった。要するになんだって作れた、例えばSHEは小学校3年生の時にはクロオオアリ栽培キットを作成したし、小学校5年生の時には陶芸教室で三日月宗近をこしらえた。
♪You know I don't like watching anybody make the same mistakes I made♪
中学校時代のSHEは、女豹崩れでなかなか可哀想な目にあったものだ。
中学校2年生の時、SHEは親愛なるオタクくんさぁ……の恋人となり、地球儀の回し方を手取り足取り教えてあげるつもりだったのに、ある日小指を彼の耳の穴に入れてあげたら「爪の長さが足りない」と言われたという、大変屈辱的な事件が起きた。
♪She's a real nice girl and she's always there for you
But a nice girl wouldn't tell you what you should do♪
高校時代のSHEは、やたらとティーンエイジャーの仕草を身につけようと必死で、そのせいで高校1年生の時、保土ヶ谷のフォークダンス教室に12万円騙し取られた。しかし12万円で毒気を売っ払ったおかげかキリンのような友人ができ、このGIRAFFEはのちに46歳で「ヴィーナス優子の明日もキラキラ占星術講座」をYouTubeで開講するという偉業を成し遂げたが、この頃にはもうSHEとの縁は切れている。
♪Oh listen boy
I'm sure that you think you got it all under control♪
大学時代のSHEは、モラトリアム鬱々人間-刻み哲学と炙りタバコ乗せ-として過ごした。ある日ハイボール13杯を金曜日に飲んで不吉な気分に陥っていた時、案の定チェンソーの男が現れて、中山きんにくんのモノマネをするなり目の前から去っていくという愉快な出来事が起きた。大学4年間で特筆すべきことと言えば、これだけである。
♪You don't want somebody telling you
The way to stay in someone's soul♪
院生時代のSHEは、要するにこれが今のSHEだが、超電子のフッ素衝突反応によるクネヒト・ループレヒト効果について研究しているため、毎日四方が真っ白の空間に身を置いている。日々忙しいが、今までのどの瞬間よりも充実していて、ようやく磯の香りがするようになった。
♪You're a big boy now and you'll never let her go
But that's just the kind of thing she ought to know♪
しかし、唯一納得できないのは、この曲の邦題が『あの娘にアタック』であること。今のSHEの充足感にささくれを作っているのは、それだけだった。
♪Tell her about it, tell her everything you feel
Give her every reason to accept that you're for real♪
振り返れば、YOUはITについてSHEに伝えなければならなかったけれど、果たして、その責務を全うしたYOUは人生に一人でもいただろうか?
SHEがアリの栽培キットと三日月宗近を作っている時、SHEがオタクくんさぁ……に小指の爪の長さを咎められた時、SHEが12万円取られていた時、SHEが中山・チェンソー・きんにくんに出会った時、SHEが黒いサンタになっていた時、まだ見ぬYOUは果たして何をしていたのだろう?
SHEが欲しているのはアタックではなく……それはヒトからに限らずにモノであっても同じ、アタックではなく……アタックというとなんというか……アタック、アタック……
ア沢庵?
♪Tell her about it, tell her all your crazy dreams
Let her know you need her, let her know how much she means♪
要するにSHEは、YOUからクレイジーな夢を語ってもらえればそれで良かった。
将来の夢でも、昨日見たパエリアの夢でも、明日見る予定の毛虫の夢でも、なんでも。
そうして魂を売ってくれれば良かった。
SHEの人生における、どちらかというと可哀想寄りの愉快なeverythingを、笑ってコラえてしてくれるYOUと一緒に、横浜家系ラーメン ライスおかわり無料の店に行って、魂を味玉と交換してくれれば良かったのに。
そういうYOUが、いたら良かったのに。
SHEはヒマジン・マティーニを飲み干して、Apfel Musikを切った。