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角川映画と音楽

 最近の映画は、子供向けの漫画のような作品ばかりで、人間臭い映画が少なくなったね。
みんなわかりやすく、バカが観ても分かるように作る。漫画が原作という作品も非常に多く、2次元の良さを何故3次元にしたがるかが私は理解できないんだよ。それは、漫画の実写版で面白かった試しがないからなんだけどね。
 それから、テレビ局製作の作品などは、映画興行後のテレビ放映を予定しているから自然とR指定の演出は外され、原作がバイオレンスものやエロティックなものであっても全て薄味にされてしまうのよね。そんな事だから、作り手も受け手も自由度のあるペイチャンネルの作品へと流れてしまう。そりゃ、あったりめーだよ。
ま、R指定という概念も映倫の頭の良い人たちが考えたものだろうから、いかがなものか、と思うんだけど、日本映画の仕組みみたいなモンだから仕方ないね。
 ちょっと前までは(といっても20年前くらい?)、成人映画と一般映画ぐらいの区別しか認識していなかったし、その間の規制(R15やPG12など)なんてあったかどうか知んないけど、作り手の腕が試されていたと思うのよ。ギリギリの演出でR指定をどうやって乗り切るか、とか。

 R指定の話は置いといて、昭和の頃の角川映画はヒット作を連発してたね。
 開始当時は、酷評された作品も多く、今観てもテレビの2時間ドラマレベルの浅い内容のものもある。しかし、原作を読むとこれをよく映画にしたな、と思うものも多かったりする。
 新進気鋭の作家からベテランまで…。
森村誠一、高木彬光、横溝正史、大藪春彦、小松左京、半村良、片岡義男…。
何が言いたいかというと、角川映画は、原作(本)から映像、ニュースターの誕生、そして音楽に至るまでの流れを仕組みとして一気に作り上げた先駆者なんだろうね。今で言うメディアミックスのはしりだ。

 例えば、当初は横溝正史のミステリーが話題となり、金田一耕助というキャラクターが生を受け「時の人」となる。
 映画にもテレビドラマにも数多くの金田一耕助が登場するようになり、1人の架空の人物を短期間に複数の役者が演じたことは珍しかったし、そういった戦略でヒットを狙い、仕組みにしていった。経済用語でいえば、ドミナント戦略の様相だ。
 80年代になると角川映画は、男臭い作品から薬師丸ひろ子と原田知世、渡辺典子らによりアイドル路線に変わっていった。
これは、大作を作り過ぎて赤字になり、縮小しなければならないといった台所事情もあったようだが、この路線変更で新たな一面を出す事ができた役者もいた。
 東映の「遊戯シリーズ」などでクールな殺し屋だった松田優作は気の良い探偵さんになり、その後は文芸作品などにも出演し、アクション俳優のイメージとは別の一面を見せてくれた。
 但し、角川作品の流れは、セーラー服が機関銃ぶっ放したり、教会のシスターがヤクザになったりと話の展開がマンガチックになったり、アイドル女優が背伸びしたハードボイルド作品に挑戦したりなど、方向性が散漫となりその後は興行的にも下って行った。
ちょうどその頃、東映は「極道の妻シリーズ」が始まったし、東宝は伊丹と組んで「お葬式」「マルサの女」や「マル暴の女」で当てていた。
時代も変わっていたのだ。

 角川映画の音楽について、特筆すべきことは大ヒットした映画作品と共にテーマソングがヒットを記録するため、ワンヒット・ワンダー (一発屋)に陥る歌手がよく見受けられた。
 映画作品が大ヒットするので、それに伴い主題歌がヒットするのは当然なのだが、それが顕著だった。
『人間の証明』「人間の証明のテーマ」ジョー山中
『野生の証明』「戦士の休息」町田義人
『戦国自衛隊』「サン・ゴーズ・ダウン」松村とおる
『時をかける少女』「時をかける少女」原田知世
『汚れた英雄』「汚れた英雄」ローズマリー・バトラー
(その中でも角川映画の申し子である薬師丸ひろ子だけは、役者を中心に歌手活動も成功した例で、異例である)

 『復活の日』という作品があった。角川映画第8弾の作品で、当時の日本映画の中で、金のかけ方が半端なかった。総製作費32億といわれた!そりゃCGの無い時代に南北アメリカ大陸を縦断したり、南極でロケしてんだから、かかるわな。
 イギリス陸軍の開発した細菌兵器が産業スパイにより持ち出され、その後そのスパイの乗った飛行機がアルプスに墜落してしまう。世界中がウィルスに侵され、人々は死に絶えていく。
その後核戦争も勃発し、最後に人々が生き残った場所は、南極。ウィルスは南極の温度では増殖しないのだ。
そして、アメリカのワシントンから南極に向けて歩く1人の男。北アメリカ大陸から南アメリカ大陸を縦断するという突拍子も無い設定だが、これが結構ハマってしまう。
 主題歌は、ジャニス・イアン。壮大なオーケストレーションをバックに「You Are Love」を歌い上げる。
 若きオリビア・ハッセーとアメリカ大陸を縦断してきた草刈正雄の再会シーンなんて、心の中ではありえねーなんて思いながら高校生のアタシは実は感動していた。浮浪者のような草刈正雄。キリストのように見えたもんね。
 ジャニス・イアンは、アメリカではグラミー賞受賞歌手としても知られているが、日本では1970年代から1980年代初頭まで絶大なる人気があった。それは、彼女の作品を日本のテレビドラマが次々と採用したからだ。
「恋は盲目」(1976)はTBSドラマ「グッドバイ・ママ」、「Will You Dance?」(1977)はTBSドラマ「岸辺のアルバム」に採用され共に大ヒットしている。この頃はCMソングの採用や来日公演も数度行われており、まさに時の人で、同時期にヒットしていたクィーンやキッス、ベイ・シティ・ローラーズにも負けない人気だった。
 物静かな印象で、憂いのあるシンガーという印象だが、表現力のあるヴォーカルだなぁ、と生意気にも当時思ったものだ。ただ、その頃って、ハードロック一辺倒だった音楽地図にパンクやニューウェーブ、レゲェなどがごちゃごちゃとカオス状態になって行った時期だったので、ジャニスのような本格派のシンガーは埋もれてしまいがちだったね。
 ジャニスも1980年代に入ると私生活でのトラブルや病気などで一線から外れてしまうんだけど。
私の中の角川映画の音楽って「人間の証明」のテーマか、この「You Are Love」なんだよね。

 現在のKADOKAWAは、会社も大きくなってホールディングスとなっているから、大きな仕事もできるんだろうが、1970年代の勢いはない。あの時は角川春樹の存在感というのもあっただろうしね。昭和の無頼漢の凄みというか。
昭和の最後の映画屋なんだろうね。
今の時代にそれを求めるのも無理があるかもしれないけれど、忖度や規制で薄味な芸術性になるのはいかがなものかと思うね。
世間に気を使いすぎなんだよ。毒のある物の方が美味しいもんだよ。

2019年12月25日
花形

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