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『ナチュラリー』 スリー・ドッグ・ナイト

 チャーがソロデビューする前に組んでいたバンドで“スモーキー・メディスン”という幻のバンドがある。アルバムは残されておらず、レコード制作前に分解してしまったのだが、当時のロックバンドの中では抜群にいかしたステージをしていたらしい。金子マリ(Vo)、チャー(G)、鳴瀬喜博(B)、藤井章司(Dr)、佐藤準(Key)の5人だ。僕は1995年の再結成ライヴを見た限りだが、1975年当時の若い彼らから出されるテクニカルでパワフルな音はきっとすさまじいものだったろう。彼らはとにかく“悪そう”な印象で、ジャニスとジミヘンとラリー・グラハムがフロントラインを固め、リターン・トゥ・フォーエバーばりのキーボードとイアン・ペイスのような重低音のドラムが絡まり、ガチャガチャ騒いでいる感じ(コレ、褒めているのよ)。
 そんな彼らの十八番がスリー・ドッグ・ナイトの「ジョイ・トゥ・ザ・ワールド」なのだ。ちょっと彼らの印象から違う気もする。理由はわからないが、それまでロックなんて聴いたことも無かった佐藤準が持ってきたポップな歌をメンバーが認めたという噂もある。
 ソウルフルなマリのヴォーカルと、ブルージーなチャーのフレーズであれば、もっとハードでタメの効いた作品を代表曲に持ってきてもおかしくはないはずだが、敢えてこの曲を持ってくるところに彼らの格好よさがあるのかもしれない。

 スリー・ドッグ・ナイトは、70年代前半にヒット曲を連発したグループである。彼らの特徴は3人のリード・ヴォーカリストが曲に応じて三者三様に歌うところで、6年程度の活動期間中にアメリカン・トップ40入りするシングルを21曲、全米ナンバー1ヒットを3曲放ち、アメリカでは大変な人気を誇っていた。しかし、解散後あまり名前は聞かれなくなり、日本でも表舞台には出てこなくなった。そういうわけで、隠れた名グループのひとつとなっている。その原因は、彼らのヒット曲のほとんどがカバー曲ということに起因しているからかもしれない。
 彼らの選曲方法は実に合理的で、ユニークなものだ。3人のヴォーカリストは、それぞれ気に入った曲を持ちより、他の2人がその曲に同意すると、持ち込んだヴォーカリストがリード・ヴォーカリストを担当すると共にプロデューサー的な働きをしてレコーディングを仕切る。
3人のヴォーカリストが中心になってバンド結成した経緯もあるので、バッキングの4人はあくまでもバッキングに徹しているが、かれらのレパートリーの広さを考えると、職人のようなミュージシャンであったことが簡単に想像できる。なにせ、ロックやポップスはもちろん、ソウル(サザンからフィリーまで)、レゲェなど、3人のシンガーがひとつのバンドにいると思ったほうが早い。

 ニルソン、ローラ・ニーロ、ランディ・ニューマン、ポール・ウィリアムス、ロジャー・ニコルス、アラン・トゥーサン、レオ・セイヤー、ジミー・クリフまで、実にバラエティーに富んだアーティストたちの名が並ぶが、彼らの共通点は、スリー・ドッグ・ナイトに作品を取り上げられ、ヒット曲の作家になったアーティストだ。 つまり、スリー・ドッグ・ナイトの功績は、これらの陽の目を見ていなかったアーティストたちにチャンスを与え、世の中のポップス・ファンに、無名のアーティストたちの優れた曲を紹介するという伝道師の役目を果たしたのだ。そういった選曲センスの良さが彼らの大きな魅力である。
 また、彼らはエンターテイメント性を重視し、ライヴ活動にも力を入れていた。そこにはロックコンサートのノリはなく、良い歌をみんなで楽しもうといった内容で、当時の流行であった延々と続くインプロビゼイションに飽き飽きしていたリスナーは、彼らのコンパクトな演奏を受け入れていった。あの当時では、非常にコンサバな内容である。
 彼らの歌を楽しむのであれば、『ベスト・オブ・スリー・ドッグ・ナイト』(2002)で十分であるが、アルバムとして楽しむのであれば、彼らの大ヒット・アルバム『ナチュラリー』(1970)は、最高にご機嫌なポップ・ロック・アルバムである。
 とにかく、歌が上手い。ソウルフルなヴォーカルを楽しんで欲しい。

ナチュラリー

2006年5月18日
花形

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