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カミヲキレ!

 高校を卒業し、ぶらぶらとしていた頃の話。
予備校にも行かず図書館に入り浸り、本を読み漁っていた時期の事。
図書館と同じ頻度で渋谷道玄坂のヒップコミュニティに通っていたので、僕の風貌はどんどん変わっていった。髪や髭は伸び放題。渋谷の交差点で職質を受けるのも日常化していた。

 さて、いつものように駅から図書館に向って歩いていると、前方から体格の良い外国の老人が来る。腕に刺青をしていたから軍人のような風貌だった。
僕はテレテレ歩いていたと思う。
すると、すれ違いざまに彼は怒鳴り始めた。大きな声にびっくりし、振り返るとこちらを睨みつけながら何か怒鳴っている。速い英語だったから聞き取れなかった。そして、最後に僕を指さして「カミヲキレ!」と英語訛りの日本語で叫んだのだ。
僕は驚いてしまい、何も言い返せないまま彼の後姿を見ていた。かなり恐怖を覚えた。
それから、そういったシーンが何度か続いた。
その道を歩く時は警戒しながら歩く。遠くにあの外人を見つけたら、道路の反対側に移動した。それでも外人は道を挟んで僕に怒鳴り散らしていた。なんだかターゲットにされていたようだった。

 図書館に行くのは僕の日常であったが、そんなことがありストレスを感じてしまっていた。何かあの外人に言えないかと考え、図書館でつるんでいる仲間と思案した。しかし、結局は言い返すことしか出来ないのでは、という結論に達した。暴力だと負けそうだし、飛び道具を出しかねないし。

 あの外人が道の向こうに現われた。僕に照準を合わせているのが分かる。
2mくらいに近づいた時に叫び始めた。相変わらず「髪を切れ、身なりをきちんとしろ」という英語を叫んでいる。
僕と僕の仲間2人はその声に圧倒されるが、今回ばかりは言い返す。
「うるせー。そんなことはこっちの勝手だ。お前に指図される筋合いはない!」と日本語の後に「It’s up to me !」(俺の勝手だ)と叫んだ。
外人の白い顔がみるみるうちに赤鬼になった。
何やら叫び始めこちらに向かってくる。指をさしながら唾を飛ばして殴り掛からんばかりに叫んでいる。
いくらこちらに若者が3人いてもお構いなしに叫ぶ。
「お前たちのような若い奴らが国を駄目にする」「国に仕えろ」「働け」「立派な大人になれ」
多分そんなようなことを叫んでいた。そして「カミヲキレ!」だった。

 デビッド・クロスビーの歌に「オールモースト・カット・マイ・ヘアー」という歌がある。徴兵に応じることで髪を切りかけたという歌。つまり1970年当時のアメリカの若者は、ベトナム戦争真っ只中で反戦を唱えることの一つがロングヘアーだった。外人が叫んでいる最中にそんなことを考えていた。
僕の友達が叫んだ。「おっさん、ここは日本だ。徴兵だってない。おまえの価値観を押し付けるな。俺たちが嫌だったらさっさと国に帰れ。バカ!」
外人は多分、バカだけ通じたんだと思う。友達に殴り掛かって来た。
若者3人と外人が揉み合うように歩道から車道に出てしまった。そこに車がクラクションを鳴らす。
5分ほどすると近くの交番から警察官が走ってきた。

 事情を説明したが、その間も外人はずっと叫んでいた。
警察官からは注意を受けたが、殴られた友達は傷害罪で訴えると息巻いていた。
外人はアメリカ人で63歳だった。そして外人は交番から警察署に移送された。

 あの外人は何故日本にいたのか。軍人だったのか。確かにヘアスタイルはGIカットだった。そう、あのプレスリーも入隊した時はリーゼントヘアーからGIカットになり小綺麗になっていたから、やはり軍人か?
 保守的なアメリカの外人。歳の頃も朝鮮戦争やベトナム戦争に参加したかもしれない。だから、反戦を唱えたヒッピー文化を目の敵にしていたのかもしれない。
価値観を持つことは悪いことではないが、時として争いの対象となってしまう。
その後、図書館に行く道であの外人に出会うことは無かった。どこかに行ったのだろうか。

 先日、当時の仲間と話すことがあった。
当時の外人の話をしたら
「おー、あのカミヲキレ!の外人だろ。警察の取り調べの時に傷害罪で訴えるって言ってたんだけど、そのあと、外人の家族が菓子折り持ってうちに謝罪に来たみたいで・・・うちのお袋、それで許しちゃったみたい。俺も後から聞いたんだよ・・・」

 僕は長い髪で祖父の家に行くと「そんな乞食みたいな恰好するな!」とよく怒られたが、アメリカ人は髪を伸ばすことが反戦であり、国に背くことに変換されるのかと感じた。
だからアメリカではプロテストソングの題材になるわけだ。
 日本では「髪を切ると就職する」という意味が通説だったから、きちんとした大人になるということ。
髪を切ることでも意味合いが変わって来るのだ。

 今の若者が聞いてもピンとこないだろう。
だいたいヒッピーがいないか。

2024/6/5
花形

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