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『見知らぬ街』  ボブ・シーガー&シルバー・バレット・バンド

 トム・ペティー、ジョン・クーガー・メレンキャンプ、ヴァン・モリソンの共通点は本国ではレジェンドとして評価を受けているのに対し、日本では商業的実績が低く、過小評価されているミュージシャンというところだろう。
加えて、ヴァン・モリソンに至っては大の飛行機嫌いだから日本にも来たことが無いし、きっとこれからも来ないだろう。
そういうミュージシャンは他にもいて、1970年代のロックミュージシャンが続々と来日公演を行ない始めた1980年代初頭ではその筆頭がブルース・スプリングスティーンだった。ミュージシャンとしての人気は高かったが、日本での一般的な商業ヒットが無いことや版権による裁判などのごたごたがあり中々来日公演が開かれず、渋谷界隈のレコード店ではB・スプリングスティーン来日公演招聘委員会なるものまで発足されていたほどだ。そんなスプリングスティーンも大ヒットアルバム『ボーン・イン・ザ・U.S.A』(1984)を引っさげて1985年に来日した。それからのスプリングスティーンの日本での人気については語ることでもないだろう。
 ロックミュージックはわかりやすい音楽なので、ジャズやカントリーなどと比べて日本において商業的に成功しやすい。言葉は通じなくともビートの立ったリズムとキャッチーなメロディーやリフがあれば、万人に通じるものがある。
その中で、スプリングスティーンが成功を収めた時に、私は、何故同じような音楽のボブ・シーガーが日本で知名度が低いのかを疑問に思っていた。
 ボブ・シーガーは、デトロイト出身のロックヴォーカリストである。
1960年半ばから歌い始め、デトロイトでは知らないものはいないと言うくらいのシンガーであった。デビューして間もなくヒット曲を1曲だけ放ったが、その後は泣かず飛ばずとなる。その原因は、事務所がボブにサイケデリックな音楽を強いていたことによるものだ。もともとボブはソウルやロックンロールのスタイルを好んでいたが、時代は1960年代末期でヒッピーやサイケデリックミュージックが流行しており、その流れに飲まれていたのだった。
そして追い討ちを掛けるようにボブに悲惨な知らせが届く。なんとボブのバックミュージシャンをエリック・クラプトンに横取りされたのだ。ジェイミー・オールデイカー(Dr)、ディック・シムズ(Key)、マーシー・レヴィ(Cho)の3人だ。
ボブは落ち込み、音楽を辞めることも考えたが、そんな時、アイルランドの孤高のシンガー、ヴァン・モリソンを聴き、衝撃を受けた。まさに自分の目指すヴォーカルスタイルがそこにある、と。そして、新たなバンド「シルバー・バレット・バンド」を結成するに至っている。
 もともとデビュー当時から同郷のイーグルスのグレン・フライと曲作りをしていたので、ロックンロールだけにとどまらずカントリーやソウルといったテイストも持ち、アメリカ人の心に響く作品を得意としていた。時に暑苦しいほどのヴォーカルで観客の心を掴んでいった。そんなライブを地元で重点的に行ない、『ライブ・バレット』(1976)を発表すると瞬く間に全米にその名が轟き、作品を発表するごとにチャートを上げていく。特に1970年代後半は全世界的にパンクロックやテクノミュージックといったニュー・ウェイブが流行していたが、その中でボブ・シーガーはアメリカンロックの王道を走り続け、1980年に『奔馬の如く』(Against the Wind)で全米1位を獲得している。しかもその1位の座は長く首位の座を降りなかったピンク・フロイドの『ザ・ウォール』(1979)から奪い取ったものだった!
ちなみにブルース・スプリングスティーンも同年のアルバム『ザ・リバー』で全米1位を獲得。メンバーを横取りしたクラプトンに至っては1994年の『フロム・ザ・クレイドル』まで待たなければならない。全米1位を基準にするつもりは無いが、比較対象として見ると感慨深い。

 ボブ・シーガーの1枚を選ぶなら、私は前述の『奔馬の如く』よりも全米4位を記録した『見知らぬ街(Stranger in Town)』(1978)を推す。オープニングナンバーの「夜のハリウッド」は、見知らぬ街で出会い、関係をもった男と女を歌う内容。デトロイトから全国制覇をする過程で栄光の陰に隠された寂しさをビートの効いたロックンロールで歌い飛ばす。そしてそんな粋な歌いっぷりは、後の映画「ビバリーヒルズ・コップ2」の主題歌「シェイクダウン」へと繋がり、全米1位を獲得している。
垢抜けないところが好きなアメリカ人に受けるシンガーということではボブ・シーガーの右に出るものはいないだろう。『見知らぬ街』を聴いていると、俺たちの街から俺たちの歌を歌ってくれるシンガーということで愛されている、そんなキャラクターを垣間見ることが出来る。
しかし、そんなボブ・シーガーは今年73歳になり、シルバー・バレット・バンドのフェアウェルツアーを行なっている。日本にもとうとう来ることは無かった。過小評価をぶち壊して欲しかった。ボブも風に逆らって(Againstthe Wind)走り続けていたが、どうやら引退らしい。


2019年10月10日
花形

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