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冬の日

 とある雪の日。
 私は商店街へ買い出しに来ている。
 今日はこれから忙しくなるお正月へ向けて、買い溜めをしに来たのだ。
 十二月……もとい師走は、私にとっては繁忙期だ。祓い屋である私のおもな仕事は、神々から放り投げられる依頼をただひたすらにこなしていく魔の作業をする月だ。
 だが、基本は自分の社に籠ってくれる神が大多数だ。そのおかげで、細かい雑用仕事が回ってくることはあまりない。
 代わりに、身体を張る妖祓いが倍増する。神々からすれば、私たちのような祓い屋が仕事を代行依頼するため、師走はとても楽な月だ。しかし祓い屋は、その真逆。怒涛の仕事が舞い込んでくる月なのであった。
 商店街の中心にある広場には、大きなクリスマスツリーがある。もうすぐ日が暮れる空に、ツリーの電飾がよく似合っていた。
 暫し眺めていると、午後五時を知らせるチャイムが鳴り響いた。
「もうこんな時間……あっ、」
 そして私はもう一つ、用事を思い出した。

 買い出しや用事を素早く済ませ、さっさと屋敷へ戻る。
 玄関を開けると、普段は自分の靴しか並ばないはずの場所に、二人ぶんの靴が増えていた。なんとなく予想していた二人の来訪に、笑みが溢れた。
「ただいまー」
「「おかえりー(なさい)」」
 居間で我が家の如く寛ぐ二人は、いつもの渚と茜だ。
「ただいま」
 すると、台所の方からお茶を持ってくる意外なヒトがいた。
「お帰りなさいませ。時雨様」
「ただいま、雨月。帰ってたんだねぇ」
「それはもちろん。代わりに佑樹が出勤してますよ」
「おや、駄々をこねなかった?」
「こねましたが、行かせました」
 彼は私の古い神器で、家事全般を任せるようになった式であり愛刀である雨月だ。
 彼は私の料理に関するすべてのセンスの無さを、うまく補ってくれている。もはや雨月がいなければ、私の生活が危うい境地にいる。
 もはや流れるように、買い物袋を雨月にパス。そして寛ぐ二人のもとへと戻った。
「ゆっくりしていて大丈夫なの?」
「大丈夫でぇーす。世の中はクリスマスだよ? せっかくなら遊びたいじゃん」
「私もクリスマスはどちらも休みをもぎ取ったんで、遊べます」
 盛大なガッツポーズをかます茜と、ただにこやかに笑う渚。いかに休みを取るのが大変だったのか、その態度でよく分かった。
「それはよかったね。私の時なんて、クリスマスなんてあったようでないものだったからなぁ……」
 たしかに人だった頃は、ほぼ一年中仕事で走り回っていた気がする。
「そうなの? あー……でも、仕事してそう」
「どういうことかなぁ? 茜?」
「あ、あはは……」
 このまま軽口が続きそうな時、渚がパチンと手を叩く。
「それより楽しい話をしましょう。私、みなさんに組み紐を作ってきたんです! 時雨さんからもらったものには及ばないんですけど……雅さんと佑樹さんのぶんもあるんですが」
「雅と佑樹は、今日はいないかな。ちょっと仕事があるから。あとで渡しておこうか?」
「じゃあ、お願います」
 雅と佑樹の組み紐を預かると、それはかなり精巧で複雑な作りだった。どちらもゆるぎで組まれていて、雅の物は紫と銀糸で。佑樹の物は濃紺と若草色の糸で組まれている。
 どちらも二人によく似合った色だ。
「すごいな。ここまで綺麗に組める物なんだね」
 しかも使っている糸は、高級品の絹糸を使っている。糸だけでもかなり高額だったろう。
 茜も自分への組み紐を眺めて、感心していた。
「本当だよ……私もこれの糸選び手伝ったんだよ? まさか、私にまで作ってくれるとは思ってなかったけど」
「休みの合間を縫って作りました。茜さんに基本を教えてもらって、そこからは自力で」
 渚は顔を赤くして照れている。
「……これ、バリエーションを増やしたら売れるよ」
「時雨さんはまたそういうこと言う……」
「今の時代、誰だって稼げなきゃ生きていけないんだよ?」
「それはそうだけど……」
 そんな話をしていると、雨月が戻ってきた。
「あっ、雨月さん。これ、作ってきたので、どうぞ」
「おや。ありがとうございます」
 雨月も組み紐の完成度に驚いたのか、模様を凝視していた。
 そうして私も、自分のために組まれた組み紐を受け取った。
「前にくれたお守りは、壊しちゃったので。今度は私の方からお返しを、と思いまして」
「別にいいのに……ふふ、でもありがとう」
 綺麗な勿忘草色と紫紺色の糸で組まれた組み紐は、帯留めにも使えるほど長い。髪紐としても使えるだろう。
 孫のような子にプレゼントをもらうことが、こんなに嬉しいとは思わなかった。
 表情がニヤけそうになるのを我慢しながら、私も二人へのプレゼントを取り出した。
「それじゃあ、私からもクリスマスプレゼントをあげようかな」
 退出しようとした雨月を止まらせ、雨月当ての物も取り出した。
「よっしゃあ! 何くれるの?」
「えっ……いいんですか?!」
 相変わらず遠慮というものを知らない茜と、静かに大喜びする渚。その表情は、いつか見た彼女らの祖母の笑顔と同じものだった。
「順番にね」
「「はいっ!」」
 取り出した細長い小箱をそれぞれに渡す。
「雨月のも、ね。新しいの作ったから」
「ありがとうございます! これからも、大事にします!!」
「喜んでくれて嬉しいよ」
 雨月には中身が何か予想がついているのか、ただ嬉々として包みを開けようとしている。
 一方、渚と茜はというと。
 いざ貰うと気が引けるのか、恐る恐る箱を開けた。
「そんな壊れ物を扱うみたいにしなくていいんだよ?」
 妙に挙動がゆっくりな二人は、箱を開けて固まっていた。
「なんか、めっちゃ高そうなんだけど……」
「こっ、これ、時雨さんも持ってたやつ……」
 雨月も含め、三人にプレゼントしたのはいわゆる根付けだ。着物の帯につけるもよし、単にストラップとして持つもよしの飾りである。
 よくあるストラップのような形で、一番上には小さな鈴がついていて、その下にはそれぞれ違う色の玉飾りがついている。玉飾りと鈴の下には、二人とも玉飾りと同系色の房飾りもある。
 ただ、雨月への根付けと二人の根付けには仕込まれている術が少しばかり違っている。
「渚と茜のやつは、故意な攻撃とか悪意に触れた時に鈴が鳴るような仕組みになってる。あと鈴の下についてる玉飾りは、三回まで結界を張る道具にも使えるから。使い終わったあとは、救難信号みたいな、そういう道具にも使えるから、無くさないこと。いい?」
「なんか、とんでもない物をもらった気がする……」
「一生大事にします!」
 結局、二人とも壊れもののような扱いが変わることはなかった。
「さて。雨月のなんだけど……結構前に、防御力強化と攻撃反射が組み合わさったやつと、あまり変わらないかな。でも、注文した店の店主が、その……楽しくて改造しちゃったって言ってたから……しかも改造した内容が分からないから、使ってみないと分からない……」
 雨月は慎重に扱う二人とは違い、早速自分の帯のところにつけている。先程、渚に貰っていた組み紐と一緒に。
 少しばかり怪しくなってしまった代物でも、雨月の嬉しそうな癒しの笑みは変わらなかった。
「これから嫌でも必要になるでしょうし……それに、以前の物は壊してしまいましたから、なおさら嬉しく思います! 夕食はいつもより豪華にしましょう!!」
「……いつも、ありがとう」
「これが僕のやりたいことで、仕事ですからね。今日の夕食は、時雨様のお好きなものにしましょう!」



 そうして、今日の夕食はかなり豪華な物になった。
 冬の寒い日。夜が更けると雪も降りだす。
 毎年、クリスマスの夜はいつも一人で過ごしていた。けれど、今年からは昔に戻ったように騒がしくなるのだろう。
 心なしか、それが楽しみだ。




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