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僕ん家の時計

僕は小・中・高と、自分のことを普通だと思っていたが、大学時代から、自分が変わり者の少数派だと自覚し始めた。だが、そんな自分より僕の母は群を抜いての変わり者だ。そんな変わり者の母の話をしよう。タイトルにも書いたが、僕の家の時計がおかしい。安い時計だったからか、時間の経過とともに、時計の針が少し早くなってしまっていた。普通なら少し気になってきた時点で直すのだろうが、母の反応は、「早く準備出来るし、なんか時間が取り戻せた気がして得するし良いじゃない?」だった。意味が分かんなかったが、それが20年ほど続き、今では僕の家の時計は20分早いのだ。時計を見る時は、20分逆算しなくちゃいけないし、めちゃくちゃ面倒くさい。そんな中でも鮮明に覚えていることは、ついに時計が電池切れで完全に止まってしまった時だ。これでやっと普通の生活に戻れると思った。がしかし、その想いとは裏腹に、母は自ら20分時計を早くセッティングして、元に戻した。唖然とした。そしてこの事実に親父も妹も何も言わないことに驚愕した。時計って結構重要だろ?なんでオレん家の時計だけ世間より20分早いんだよ?と。でもついに終戦を迎える日が来た。先月のことだ。朝、僕が仕事でスーツに着替え家を出る準備をしていると、時計がまた止まっていたのだろう。母が時計の針を直すちょうどその時だった。なぜかイライラしていた僕は、「いい加減その時計直してくんない?迷惑なんだけど!普通の時間に戻してよ!」と、なかなか聞けないセリフを言ってしまった。母は悲しい表情を浮かべ、時計は無事に世の時間とマッチした。母に怒ってしまった罪悪感はあったものの、これでいいんだ。これが本来の時計のあるべき姿なんだ。と思っていた。足取り軽く会社に行き、帰って来て時計を見ると、あれ?おかしい。本当に世間の時計とマッチしているのか?疑心暗鬼になっているのだ。20年もの間、時刻が20分先を刻むという一種の洗脳に遭っていた僕は、時計の針が示している時間が信じられなかった。ポケットから携帯を出して、時刻を確認しても、家の時計とピッタリ合っている。20分逆算しなくていいのか。大丈夫だ、と。それでも時計を見るたびに、ん?本当に20分逆算しなくていいんだよな?とか、出勤の準備をする時も、20分早くなっていないか?と結局携帯の時計を確認することになった。あーもう!気持ち悪いし、落ち着かない!20年という期間は僕の脳みそを洗脳するためには十分すぎるほどの期間だったのだ。僕はそっと時計を壁から外し、時計の針を20分進めた。うん、これでいい、と。僕の家の時計は、時間を確認するためのツールではなく、オブジェなのだ。そう思い込むことにした。一応家族に報告しなくてはと思い、父と妹、そして母に、時計を20分早めたことを伝えた。すると母は、少し微笑んだように見えた気がした。

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