
人生から逃げない戦い方 メンタルダウンから生き延びた元幹部自衛官が語るユル賢い生存戦略
「人生から逃げない戦い方 メンタルダウンから生き延びた元幹部自衛官が語るユル賢い生存戦略」(著:わび、扶桑社BOOKS)の書評です。この書評では、本書のテーマ、構成、著者の視点、そして読者に与える影響を詳細に分析しつつ、最高品質を目指して展開します。
書評:『人生から逃げない戦い方 メンタルダウンから生き延びた元幹部自衛官が語るユル賢い生存戦略』
はじめに:逃げない生き方とは何か
現代社会において、「逃げる」という言葉はポジティブな意味で語られることが増えてきた。「逃げてもいい」「無理をしないで自分を守ろう」というメッセージは、メンタルヘルスの重要性が叫ばれる中で、多くの人々に共感を呼んでいる。しかし、著者・わびは、その一歩先を見据える。本書『人生から逃げない戦い方 メンタルダウンから生き延びた元幹部自衛官が語るユル賢い生存戦略』(以下、本書)は、「逃げない」選択をどのように捉え、どう実践するかを問いかける一冊だ。
著者であるわびは、元幹部自衛官という異色の経歴を持つ。順風満帆だった自衛隊生活から一転、激務とパワハラによるメンタルダウンを経験し、転職を経て人生を再構築した人物だ。X(旧Twitter)で17万人以上のフォロワーを抱え、メンタルコントロールや危機管理の知見を発信し続ける彼が、前作『メンタルダウンで地獄を見た元エリート幹部自衛官が語る この世を生き抜く最強の技術』(ダイヤモンド社、2022年)に続いて提示するのは、「逃げない生き方」の具体的な戦略である。本書は、単なる自己啓発書ではなく、実体験に裏打ちされた生存哲学の集大成とも言える。
この書評では、本書の構成と内容を概観しつつ、その核心的な価値を掘り下げ、読者に与える示唆を考察する。また、著者の視点がどのように現代社会の問題と交錯するのか、その独自性と普遍性を検証する。
本書の構成と概要
本書は、216ページというコンパクトなボリュームながら、著者の人生哲学と実践的なアドバイスが詰まっている。主に以下の5つのテーマで構成されている:
1 考え方:失敗や挫折をどう受け止め、次に繋げるか。
2 環境:メンタルを守りつつ、自分を成長させる環境の整え方。
3 働き方:無理なく持続可能なキャリアの築き方。
4 人間関係:他者との関わりで心を壊さない技術。
5 回復:メンタルダウンからの立ち直りと再生のプロセス。
これらのテーマは、著者が自らのメンタルダウンの原因を分析し、それを「人生から逃げない戦い方」に昇華した結果だ。特に注目すべきは、各章にイラストレーター・死後くんによるユーモラスなマンガが挿入されており、重いテーマを軽やかに読者に届ける工夫がなされている点である。
本書の冒頭で、わびはこう述べる:
「自分の失敗の要因を回収することから始め、その要因を『考え方』、『環境』、『働き方』、『人間関係』、『回復』に分けてみました。その上で、自分の感覚だけでなく、これまで培った戦略や戦術、危機管理の知識と経験を当てはめて、人生から逃げなくてもいい戦い方を考えてみました。」(「おわりに」より)
この言葉は、本書の目的を端的に表している。つまり、単に「逃げない」と意気込むのではなく、戦略的に「逃げない生き方」を設計し、実践する方法を示すのだ。
著者・わびの視点:メンタルダウンからの再生
わびの経歴は、本書の説得力を支える大きな要素だ。自衛隊で幹部として10年間活躍した彼は、エリート街道を歩んでいた。しかし、過酷な勤務環境と上司のパワハラが重なり、メンタルダウンに陥る。第一線から外れた後、「人に認められるためではなく、もっと楽しく生きたい」と転職を決意し、現在は危機管理の専門家として会社員生活を送りながら、畑仕事や狩猟といった趣味を楽しんでいる。
この転身は、単なる逃避ではない。むしろ、自分にとって「本当に大切なもの」を見極め、それに向かって進むための積極的な選択だ。本書では、この経験が繰り返し強調される。例えば、彼はメンタルダウンをこう振り返る:
「どんなに普段穏やかな人でも、マイナス14度の雪山で訓練をしていたりすると、別人のように豹変するんですよね。不機嫌になって、イライラを表に出すようになる。」(類似の内容がweb:14に記載)
この言葉からわかるように、わびはメンタルの強さが個人の資質に依存するのではなく、環境に大きく左右されると考える。そして、「メンタルが弱い」と悩む人に対し、「それはあなた自身の問題というよりもむしろ、環境に問題がある可能性が高い」と説く。この視点は、自己責任論に陥りがちな現代社会において、新鮮かつ救いのあるメッセージだ。
核心的なテーマ:「ユル賢い生存戦略」とは
本書のサブタイトルに掲げられた「ユル賢い生存戦略」は、わびの哲学の結晶である。ここでの「ユル」は、無理をしない、肩の力を抜くという意味であり、「賢い」は戦略的で効果的なアプローチを指す。つまり、無理に頑張りすぎず、しかし賢く立ち回ることで、人生の困難に立ち向かう方法だ。
例えば、「働き方」の章では、以下のようなアドバイスが印象的だ:
• 「自分の幸せが何なのかを明らかにしながら、時には攻めて、時には回復するという姿勢は、継続就労においてもとても大切だと感じました。」(web:2の感想を参考)
これは、頑張りすぎて燃え尽きるのではなく、自分のペースを見極めながら進むことを推奨する。また、「人間関係」の章では、著者が自衛隊時代に学んだ危機管理の知見を応用し、「心を壊さない距離感」を保つ技術が紹介される。具体的には、「感情的な衝突を避けるための言葉選び」や「相手との境界線を引くタイミング」が挙げられており、実践的だ。
さらに、「回復」の章では、メンタルダウンからの立ち直りを具体的なステップで解説する。例えば、好きなものを食べること(彼の場合は「唐揚げ」)で心身の状態をチェックする方法は、シンプルだが効果的だ。このような日常に根ざした提案は、読者がすぐに取り入れられる点で価値がある。
本書の独自性と普遍性
本書の独自性は、著者の異色の経歴と、そこから生まれた視点にある。自衛隊という極端な環境で培われた戦略や危機管理の知識を、一般の会社員生活に適用する発想は、他に類を見ない。例えば、訓練や戦術の考え方を「人間関係のトラブル回避」に応用するアプローチは、軍事的厳しさと日常生活の柔らかさを融合させたユニークなものだ。
一方で、本書の普遍性は、「人生から逃げない」というテーマが多くの人に響く点にある。現代社会では、仕事、人間関係、社会的プレッシャーなど、逃げ出したくなる瞬間が誰にでもある。しかし、わびは「逃げる」か「耐える」の二択を超えて、「戦略的に向き合う」第三の道を示す。このバランス感覚が、本書を単なる精神論やハウツー本から一歩進んだ存在にしている。
また、前作が「逃げることも大事」と説いたのに対し、本書は「逃げないことも大事」という対極的なテーマを扱う。この一見矛盾する二つの主張は、実は人生の両面を補完するものだ。読者は状況に応じて「逃げる」と「逃げない」を使い分け、自分に最適な生き方を見つけられるだろう。
読者に与える影響と示唆
本書を読んだ読者は、どのような気づきを得るだろうか。まず、メンタルダウンや挫折を経験した人にとって、わびの再生の物語は大きな励みになる。彼が「地獄を見た」と表現するほどの苦しみを乗り越え、新たな人生を切り開いた事実は、「自分も変われるかもしれない」という希望を与える。
さらに、実践的なアドバイスが豊富なため、具体的な行動に移しやすい。例えば、「環境を整える」ために職場を変える決断をしたり、「回復」のために趣味の時間を増やしたりするなど、小さな一歩から始められる。また、イラストによる視覚的な補足が、内容を頭に残りやすくし、読後の印象を強める。
しかし、本書には限界もある。著者の経験が特殊であるため、自衛隊のような厳しい環境に縁のない読者には、一部共感しにくい部分があるかもしれない。また、「ユル賢い」という言葉が曖昧に感じられる場合もあり、具体性に欠ける印象を受ける読者もいるだろう。それでも、全体としてのメッセージの力強さと実用性は、これらの欠点を補って余りある。
結論:人生を戦うための指南書
『人生から逃げない戦い方 メンタルダウンから生き延びた元幹部自衛官が語るユル賢い生存戦略』は、単なる自己啓発書を超えた一冊だ。著者・わびの実体験に裏打ちされた洞察と、自衛隊で培った戦略的思考が融合し、現代を生きる人々に「逃げない生き方」の具体策を提示する。メンタルダウンからの再生、環境の整え方、人間関係の技術、そして無理なく賢く生きる知恵——これらが、読者に新たな視点と行動のきっかけを与える。
2025年2月28日現在、ストレスや不安が蔓延する社会において、本書はまさにタイムリーな指南書と言える。逃げることも、逃げないことも、どちらも正解であり得る。その選択を戦略的に、かつ自分らしく行うためのヒントが、ここにある。わびの言葉を借りれば、「人生って難易度高いな…って思ってたけど、自分で高くしているだけかもしれない」。この気づきを胸に、本書を手に取る価値は十分にあるだろう。