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あなたと海の底にて【掌編小説】

「私も、早く海に帰りたい。」

 修学旅行で訪れた大阪の海遊館。いちばんきいその水族館の目玉である水槽を目の前に、彼女はそう呟いた。彼女が手を当てる分厚いアクリル板の向こうには、仮初と馬鹿にするには惜しいほどの広い水槽の中を、ジンベイザメを初めとしたたくさんの魚たちが悠々と泳ぎ回っている。

その姿はとても美しい、そう思えた。

 日に当たったことがないような白い肌に、色素の薄い栗色の長い髪を持つ彼女は、さながら御伽噺の人魚姫のようだった。少し諦めたような視線と、彼女が纏う浮世離れした空気感が、余計にのような印象を持たせた。

「人は海から産まれたの。いつかは、海に帰るべきなのよ。」

 どこかの誰かが言うとチープに聞こえそうな言葉も、彼女が言うならばそうなのかもしれないと思えた。彼女と海に帰るならば、それはそれで幸せなのかもしれない。

  その時までは、そう思っていた。

 私は彼女の長い髪に手を伸ばした。掌で掬った髪の毛は、さらさらと隙間から落ちていく。砂の城が波間に攫われていくように、私の中で彼女への思いが崩れていくのを感じた。

 何も知らないのだ、彼女は。海の底の事など、なにも。水槽の中を覗く彼女の目は、どこか期待を孕み光を帯びている。本当は海の底など、光も熱も届かぬ酷く寂しい場所だとも知らないで。水槽の中の仮初の世界に、自分の理想を見ているのだろう。

 なんでも理解し合えていると思っていたのは、私だけだったみたいだ。 髪を掬う私に気づいた彼女と目が合う。私を見て微笑む姿は愛らしかった。

それなのに、

ずっと昔に海の底に置いてきた鰭が、痛むような気がして目を背けた。






 




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