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タイタニックから生還した日本人

 メルボルンで話題のタイタニック展に先日行ってまいりました。キュレーションは素晴らしく、見応えがあったと聞いていました。

そこから不思議な出会いがあったので、私の気付きや、感想をベースにタイタニックについて少し思いを馳せたいと思います。


◾️その前に

 アメリカに滞在していた小学校に上がった頃、テレビで見た1972年制作の『POSEIDON ADVENTURE』。1942年、RMS Queen Mary号が27m近い波であわや転覆というストーリーを元にした…ホラーな船舶転覆の映画…

家族で見たんですが、もう私の中では船旅は完全なトラウマになりました…クルーズ。コワイ…

タイタニックを知ったのはもっと後になります。
リアルポセイドンアドベンチャー、、近寄らない近寄らないと思った記憶はあります。

◾️タイタニックが見つかった日(1985)

 原子潜水艦2艇が沈没した理由を調べるために海底調査隊が海域に送り込まれました。そのミッションが終わったら、沈没したタイタニックを見つけられないか試してほしいという追加ミッションが与えられました。そして、見つかったのです。

こちらの記事に詳細が書かれています。

https://www.newser.com/story/260101/titanic-was-discovered-during-a-top-secret-mission.html

◾️タイタニックの海底調査

1987,1993,1994,1996,1998,2000,2004…

海中のタイタニック(写真18点)
https://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/gallery/011900116/?ST=m_news&P=6

◾️ 映画『タイタニック』

 ジェームス•キャメロンの『タイタニック』公開は1997年。調査も活発だった時期と重なるんだなと思いながらデータを見ています。

ジェームス•キャメロン、タイタニックと対面する(2001)

◇ドキュメンタリー(英語)
https://youtu.be/dS8K1lbicb8?feature=shared

◇2023年制作(英語)
25年後…ジェームス•キャメロン、果たしてJACKは生存できたのかを考える。

◇写真など
https://natgeo.nikkeibp.co.jp/nng/article/20120323/303232/?ST=m_magazine&P=2

◾️メルボルンタイタニック展(2024)

  乗船チケットを手にしました、これよりRMS タイタニック号に乗船します。

私は22歳、2等客船のチケットを手にしたイギリス人Richard George Hocking。(パン職人としてトレーニングを受けたが、現在は時計技師)アメリカで働き、この地に母と兄妹を迎えるため、私含め7人の旅。大切な家族のアメリカ大陸での新生活の門出に相応しい素晴らしい旅になるように(恐らく)奮発して購入した2等客船(最低2部屋だとすると今の金額にしてトータル2千5百万円‼️)のチケット。

(なんかこの先のことを考えると、、辛くなってきます…)

乗船します!!

この展示でよかった点は、まず人物に感情移入できること。その船を、その人の目を通して確認できる…悲劇は分かっていても、その当時の気持ちが伝わってくるようです。

そして実物大に作られた、一等客船の部屋やダイニング。そして有名な階段のレプリカ。そこがまるでタイタニック号のような、当時の人が生き生きと見えるような気がする臨場感。BGMも手伝います。

船室内
ゆったりとした造りの廊下
カフェ
夢のような場所だ
一等客室
僕達の部屋はここまで豪華ではなかったんだけどね
三等客室、
意外とスペースが広く取られていたんだ

 そして事故に至るまでの幾つものミスの説明。

氷山にぶつかった夜。部屋の位置によってその衝撃の度合いは違う。あと2日でアメリカに着くはずだったのに。

皆と一緒に僕の運命を
最後に確認したんだ

そして僕は命を落とした。

家族に生存者はいた。

(僕は、私は、生存できたのか。最後に確認できます)

まだまだ言葉にならないことがありますが、ざっと纏めておきました。いつか補足していくかな。それまで私の宝箱に眠っていてね。

◾️日本人がいる!

 全乗船者、全クルーの氏名リストを見守る中で、、
日本人の名前を見つけました…この人数の中でよく名前が目に入った、、と今でも思いますが……

たった1人乗船したという日本人と私の出会いでした。

Mr Masabumi Hosono

◾️細野晴臣さんが語る祖父(日本語)

  少し説明が必要だと思いました。「Mr Hosonoは子女を押しのけて救命ボートに乗った」という証言が現れ、また、「生還するなぞ、恥ずかしい」と後ろ指を指され、またその事で職までも失いましたが、反論することなくこの世をさりました。

後々、彼の日記が見つかり、証言が誤っていた事が分かりましたが、時すでに遅く、彼はなくなっていました。

お孫さんの細野晴臣さんが詳細を語っている記事。
とても良いインタビュー記事でした。

https://natgeo.nikkeibp.co.jp/nng/article/20120330/304032/?ST=m_column

◾️invincibleなタイタニックが沈没した理由

今まで断片的に見てきて漠然とそれなりに理解したような気になっていましたが、中で今回私が注目した点。

-フルスピードでも、トラブル時に問題回避できると思った船長の心理
(最速記録を作ろうとしたという話は作り物だそう。もとから最速になるような造りにはなっていなかった)
-炭鉱のストライキで予定されていた炭の入手に手間取りこの航路に必要な量の炭を他の船舶からかき集める(出航予定は決まっていたのでそこに合わせて焦る関係者像が伝わる)
-見張り役が肉眼で氷山監視?違和感ありますよね…双眼鏡を入れるのを忘れてしまったほど出航時はスケジュール追われていた模様だと今回知りました

◾️その他 (2024.4.15追加)

🚢時刻

タイタニックは、1912年4月14日
船時間🧐23:40に氷河と衝突

4月15日GMT 5:18に沈没
(メルボルン15:18(+10hr)、日本14:18(+9hr)) 

衝突は4/15(アバウトですが)12:58かな。

🚢同時に建設された船

同時に建設された全くサイズは同じな船だが重量は違うRMS Olympic。そして、計画は同時にされたが建造は遅れたRMS Britannic 。それぞれの運命。

◾️beyond… この先

興味があるのは…
-リアルタイタニックの調査について
-タイタニックに使われた当時最高峰の技術について
-ラバウル出航してPOW乗せたモンテビデオ丸が2023年4月に海底で見つかりましたが、そんな沈船の調査にも興味があります

-メディアについて。執拗に細野さんを追い続け、生き残ったことを糾弾したメディア。ある記者の心理について。冤罪を作り上げる仕組み、そこを掘り下げるような調査をした記事を読みたい。こんな事が2度と起こらないように。

-その他備忘録
https://youtube.com/@titanicfilmsbymark?feature=shared

また先々色々出てきたら付け足したいので備忘録の意味合いも含めてまとめておきました。

(おしまい)
読んでくださりありがとうございます。


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