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母の横顔

今年のお正月、私は帰省しなかった。
私の実家は兵庫県にあり、80歳の父と78歳の母が2人で暮らしている。
私は長女で53歳、夫と次男の3人で、埼玉県に住んでいる。
長男はもう家を出ている。

母はおよそ2年前に軽度認知障害と診断された。
経過観察中で検査が必要な持病もある。
検査の時は帰省して、通院に付き添い、家事を頑張る父を応援している。

スケジュール管理ができなくなった母は父を頼りきっている。
元気な父だが気疲れする時もある。今はその後方支援が私の役割と思っている。

私が年末に帰省するものと思い込んでいる母には、毎日のように電話して帰省できなくなった所以を話した。
だが毎回の電話で
「年末の予定は決まりましたか?」
と尋ねてくる。
記憶が定着しないのだ。
そのたびに、私は帰れなくなったと話した。
そのうち母はカレンダーに私ら家族の予定を何やら書き込んだようである。
私と次男は帰らない、夫と長男は帰省するということを理解してくれた。
電話で話しながらカレンダーをじっと見つめる母の横顔が浮かぶ。
孫や娘婿が現れたら、近ごろ意欲低下中の母の料理もはかどるだろう。


年末、夫と長男は実家に到着して一泊し、翌31日にふたりは同じ市内にある夫の実家に移動してそちらで一泊した。
義父母も帰省を楽しみに待っている。
新年を家族で迎え、
また私の実家に戻るのである。
東京に住む私の弟の帰省は年明け2日の予定だったので、大晦日は父と母、ふたりっきり。
実家に賑やかしの電話をかけてみた。

父によると、おせち料理はあらかた母が作ったようである。
料理自慢だった昔のような品数ではないにしろ、父好みの味にこしらえてあったそうだ。
しかし、毎年注文しているホテルのオードブルの存在はすっかり忘れてしまったようで、オードブルの箱が目に入るたび、

これは何?
誰かにいただいたもの?

短時間に同じ質問を何度も繰り返したと父が言う。


電話を母に代わってもらう。

「お料理終了したん?
疲れてない?」

母はいつも謎の自信に満ちている。
「大丈夫やで。
まだまだなんでも作れるから。」

と言いつつ、なんかモグモグしている様子。

「オードブルがあるねん。
お父さんが注文しとったんかな?
もう開けて食べてるねん。
エビがピリピリしてるわ。」

エビチリか?
中華とフレンチ、両方楽しめるオードブルなのだ。

「えっ?オードブル開けたんか。
もう食べてんのか〜。」
と父が笑っているのが聞こえる。

そんなことは気にせず母が言う。
「アンタは帰ってこえへんし、
Tちゃん(長男)もチアキさん(私の夫)もむこう行ってしもたし、料理したって、せがないわ。」

「せがない(精がない)」とは「やりがいがない」という意味の関西弁だ。

そんなこと言われたってねぇ。

年の暮れ、母がおせちを作る間は家じゅうにお出汁の香りが漂っていた。
今まさに、母のいる台所はあの香りがしているだろう。

母は母らしく、埼玉にいる私と次男の体調を気遣ってくれた。
電話を切るときこう言った。
「アンタも気ぃつけてください。
チアキさんにもよろしゅう言うといて。」

どっひゃー!
夫はここ埼玉の家にいない。
さっきまでそこにいただろうに。

「お母さん、うちの人そっちに帰ってるやん!」

「ほんまやなー」
と母は爆笑した。


認知障害は治らないが、笑う門にはほんのりいいことがあるといいな。
福は贅沢じゃなくていい。
変わっていく道を受け入れたい。




あけましておめでとうございます☀️
今年もどうぞよろしくお願いいたします。
(プロフィールを更新しました)

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