スカー・レッド・エース 第二話リトルリーグ編②
2014年6月ー(月)
2014年6月ー(土)の試合結果について
一回戦 水戸南リトルリーグ対水戸スターズ
スコア10対0 五回コールドで水戸南リトルが勝利を飾った。
一回の表、水戸南のエース佐藤千聖は大会初登板。緊張の面持ちでマウンドに上がった。
先頭打者への初球、いきなりデッドボールを与える。
明らかに力みが見られたが、同じ6年生のセカンド佐藤千尋がマウンドに駆け寄り、声をかけた。
しかし次の打者にもフォアボールを与え、いきなりのピンチを迎える。
3番打者への初球、明らかな真ん中への失投をセンター前に弾き返されるが、セカンドの佐藤千尋とショートの鵜上圭祐(以下鵜上)の好プレーにより、併殺打にきった。
そのプレーに勇気づけられたか、佐藤千聖は4番の田中を空振り三振に切って取り、初回を0点に切り抜ける。
一回裏水戸南リトルの攻撃。
先頭の佐藤千尋が15球粘った上に、水戸スターズ先発の仙波の決め球であるスライダーをショート後方に技ありの一打で出塁する。
2番の鵜上を迎えた初球、一塁ランナーの佐藤千尋が仕掛ける。完璧に仙波のモーションを盗み、楽々二塁を落とし入れた。
これに動揺した仙波は、2番鵜上、3番佐藤千聖に連続フォアボールを与えてしまう。
ノーアウト満塁で迎えるは、水戸南リトルの主砲土井垣央隆(以下土井垣)。連続フォアボールの後の初球を完全に狙っていた。
仙波の初球のストレートは高めへと抜けて行ったが、土井垣はところ構わずと豪快に振り抜き、スタンドまで運んで見せた。
初回に4点を先制した水戸南リトルはそのまま勢いに乗り、5回10得点のコールド勝ちを収めた。
来週土曜日は、力強いストレートを投げる絶対的エース佐藤千聖と強肩強打の捕手土井垣が投打の要の水戸南リトルは今大会のダークホースとなりえるか?
次回は絶対王者の笠間リトルリーグとの対戦になるが、6年生を中心とした水戸南リトルリーグの勝算もないとは言えないだろう。
今後の動向にも注目していきたい。
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「・・・だってよ。」
学校のパソコンを借りて(本当は情報室のカギを盗んで)、週末の少年野球大会の結果を見ていた。
本当は俺と圭祐のふたりで忍び込んで、笠間リトルリーグの試合結果から、少しでも情報を抜き取ろうという魂胆であった。
しかし、移動中に千聖と土井垣に見つかり、4人で情報室を訪れる羽目になった。
案の定自分たちの結果をどう書かれているか気になるということで、土曜日の自分たちの初戦の結果を振り返ることになったのだ。
しかし、この記事のまとめ方からして、笠間リトルリーグの試合結果に対しても、有益な結果を得ることはできないだろう。
それでも何かしらの情報がないかと、俺はサイトの笠間リトルリーグの文字を探していた。
「ええ、私絶対的エースだってえ。もうう、気が早いんだからあ。」
「お前、顔が緩んでるぞ。で、でも俺も主砲かあ。俺たち投打の要だってよ。グフフフ。」
千聖と土井垣の二人は、まんざらでもなさそうに会話していた。嬉しいならうれしいと言えよ気持ち悪い。
それにしても、この記者も見る目がないというか。そのままを見て書くだけという。例えるなら、高校野球の偵察のビデオを、保護者が撮ってきた感じだろうか。
確かにあの試合を決めたのは初回の土井垣の一発で間違いないだろう。
しかし、そこまでの流れを作ったのは紛れもなく俺と圭祐だ。
俺たちは試合前、相手のシートノックを確認した後に、ほんの少しだけではあるが、相手チームのブルペンでのピッチングを確認しに行ったのだ。
相手投手の仙波は、サイドハンド気味の左投手で、スライダーを多く投げていた。
根拠のない仮説ではあるが、スライダーに自信がある投手なのかもしれない。俺と圭祐はそうあたりを付けた(この時点での確証はどこにもなかったため、1打席で確認→ベンチへ共有の流れの予定だった)。
それが当たった。彼は自信ありげに俺を見下ろし(俺の身長が低いからなめられたのもあるのだろう。腹が立つ)、ストレート2球で追い込んだ後、スライダーを外角に投げてきたのだ。
俺はストレートだったら潔く三振しようと腹をくくり、自信をもって見送った。
結果はボール、ストライクからボールになる外のスライダーだった。この時の俺と圭祐は目を合わせ、吹き出すのを我慢しながら二ヤついた。
明かに、仙波が面白くない顔をしたのである。俺がスライダーを振って三振し、悔しそうに睨みながらベンチに下がる姿でも想像していたのだろうか。
そこから彼は、手当たり次第にストレートとスライダーを織り交ぜながら投球してきた。俺はそれをかわすように粘った後、甘く入ったスライダーをヒットにした。
打たれた瞬間、仙波は打球ではなく、俺の顔を見ていた。俺もそれに気づいていた為、満面の笑みで答えてやった。
そこからは書いてある通りだ。初球スライダーだと読んだ俺はスチールを決め、圭祐も粘って粘ってスライダーを自信持って見送りフォアボール。
それだけで、このチームにスライダーが通用しないというイメージを植え付けるには十分だっただろう。
千聖にもフォアボールを与えた仙波には、明らかに動揺していた。4番の土井垣を前に、何を投げればいいのか分からなくなっていたのだろう。
迷いの中に中途半端に投げ、高めに抜けた(頭くらいの高さの)ストレートを豪快に振り抜きホームランにして見せた。
もし、俺と圭祐よりも先に土井垣が打席に立っていたら、スライダーを振り回して、三振していただろう。
仙波がそれによって調子を上げてきた場合、結果はこうはならなかっただろう。
それに・・・。
「おい・・千聖。」
千聖がわかりやすくビクッとした。そのポーズは両手と左足を上げて今にもシェー!!とでも言い出しそうな、随分とわざとらしいものだった。
「な、何かな?ひろ君」
リアクションだけでなく、セリフも臭いもので、余計と俺をイライラさせた。
「テメェ、昨日言ったから流石にわかってると思うけどよ。てめえがうちの絶対的エースだなんて思ってねえだろうな?あんな無様な投球でうちのエースを名乗った日にゃ、チームから追い出すからな。」
勿論俺にそんな権限なんてないけど。
「わ、分かってるよ。ひろ君ホントしつこいんだからさ。」
ーリトルの間はもう間に合わないかもしれないな。ー
土曜日の試合中、俺が感じたことだ。
スコアだけを見ると、0点に抑えてはいるが、蓋を開けるとフォアボールが8つ。自身のエラーが2つ。
自慢のまっすぐも、試合になると出力は普段の6割に満たない。こればかりは試合を通して感覚を掴んでいくしかなかった。
ブルペンでいい球が投げられても、試合でできなきゃ意味がない。でも、ブルペンでいい球を投げられないやつに試合に出る資格はない。
どっちがどうではない。俺たちはどの場所であろうと結果を出し続けなくてはならないのだ。
雰囲気を見かねて、圭祐が口を開いた。
「それで?笠間リトルの試合結果は載ってたのか?」
「それがよ、このサイト。俺らの試合を見てた人しか記事を書いてないみたいなんだ。だから、笠間リトルについてはスコアしかわからないな。」
「スコアから、ねえ。」
そう言いながら、俺と圭祐はパソコンの画面を覗き込んだ。
笠間リトル対見川リトル、結果は27対0の五回コールド。
投手の欄を見ても、投げたのはたった1人だけ。見川リトルのヒットはわずか2本。
ここから推測できること。それは見川リトルが果てしなく弱いか、笠間リトルが果てしなく強いか。その二つに一つしかない。
「ねえ。笠間リトルって強いんでしょ?ウチは試合したことないの?」
パソコンの画面には目も向けず、椅子に座って両手を頭の後ろにまわし千聖が聞いた。
「それがないんだよな。近くのチームほど、練習試合とかやらなくなるし、公式戦で当たったこともないんだよなあ。」
土井垣が答える。相も変わらず、ここ2人と俺たちの温度差がひどい。だから俺はコイツらをここに連れてきたくなかったんだ。
「まあ強いのは間違いないよ。ここ3年、関東大会に出場してるチームだ。選手層も厚いだろうな。」
「でもさ!前の試合の時みたいにひろ君と圭祐でチームの穴を見つければいいじゃん!」
「アーホ、そんな毎回うまく行かねえよ。勿論チェックはするが、そんな簡単に隙を見せてくれるはずがねえ。試合中に探り探りいくしかねえだろうな。問題は、敵の弱点を見つけるまでウチが保つかどうかってことだ。」
情報室にいる3人の視線が、千聖に集まった。千聖自信は意味を理解していないらしく、のほほんとしている。
「ん?何みんなして。」
「お前が抑えられるかで勝負が決まるって言ってんだよ。」
「え?アタシ・・」
ここで怖気付く・・なんてタマなわけないよなお前が。
「だけじゃないでしょ?アンタらもアタシのことしっかり守りなさいよ。」
やっぱ大物だコイツ。馬鹿と天才は紙一重。ほんっとその通り。
「やれるだけのことをやるしかねえ!」
土井垣が急に叫んだ。
「だな!」
圭祐が続く。
俺は無視したが、内心は同じ気持ちだった。やれるだけのことをやってやる。コイツらが、千聖の名が全国まで轟くように。
そんな希望を持っていた。
まさかあの試合が、あんな結末を迎えるなんて。
俺たち4人の絆がこんな風に引き裂かれてしまうなんて。
この時はそんな事、考えもしなかったんだ。