【エッセイ】痴情のもつれ
何年経っても色褪せない「踊る大捜査線シリーズ」はすごい。
なんとなく見始めた土曜プレミアムの「踊る大捜査線」がおもしろくて、気づいたら最後まで見てしまっていた。
織田裕二の〝主人公感〟は天下一品だなぁと湯船で振り返りながら
いつもより遅めの入浴をすませる。
寝る前のリラックスタイムにイヤホンで川のせせらぎの音を聞いていると
イヤホンを突き抜けてなにやら聞き慣れない音がする。
深夜1時。
家の前で男女が揉めている。
どうやら若いカップルのようだ。
事件にはならなそうな雰囲気なので、引き続きリラックスさせてくれと
川のせせらぎのボリュームを上げてみたが、彼氏らしき男性の声がイヤホンを突き抜けてくるので
もうこれは聞き耳を立てる役として参加しようと決めた。(ただの野次馬根性)
どうやら彼氏のジェラスが喧嘩の原因のようだ。
彼女が食事の席で他の男性に素敵な笑顔を向けていたのが気に食わなかったらしい。
(まったく悪趣味なことをしている私である。)
それにしてもこの彼氏、怒ると早口で捲し立てるタイプのようだ。
彼女に喋る隙を与えない。
隙を与えないのに「だんまりかよ」と言っている。
彼女の代わりに小さくツッコんでおいた。
すると、突然彼が
「もういい。もういいよ。…幸せになれよ」
と別れの予感のフレーズ!
なぜなら彼は彼女が大好きなのだ。
「週末に会えるのを楽しみにしてた」
「一緒にいてくれて感謝してる」
「俺にもあの笑顔してくれよ」と言っている。
そう、彼はずっと
「君が好きだ」と叫んでいる。
(ように聞こえる)
この風呂上がりの野次馬をもほっこりさせるいじらしさだ。
さっきの「幸せになれよ」の音の響きも人間らしい好ましい響きを持つものだった。
2時間半、織田裕二といた私が今、人情贔屓になっていることは認めよう。
と思った矢先、
彼は〝思い出し怒り〟をしてしまい、2人の声はどこかへ遠のいていった。
本来、寝る準備のクールダウンの時間だったことを思い出し
私は再び川のせせらぎタイムを始める。
いい感じにまどろんできた頃
聞き覚えのある響きが、またイヤホンを突き抜けてきた。
声のトーンから察するに、どうやら2人はこの辺りをぐるりと歩きながら仲直りしたようだった。
こんなに一部始終、人に聞かれてるのだから
早く家の中に入ればいいものの
彼らはポケモンの話や
今日は風呂に湯を張るか張らないかみたいな話をしている。
だが、ここへ来て私は喧嘩の真の原因を理解したような気がした。
この彼、よく喋るのだけど、どういうわけか話がおもしろくないのである。
彼の望む、彼女の〝あの笑顔〟がなにを指すかはわからぬが
これは……彼のジェラスの悲劇は繰り返されるやもしれぬと一抹の不安がよぎる。
その後2人は仲良くマンションの中に入っていった。
夫婦喧嘩は犬も食わない、とは昔の人はうまいこと言ったもんだ。
もう、川のせせらぎは今日はいいかと、布団に入って目を閉じた。