対数線形化の世界
毎期$${z}$$と$${x,y}$$に一定の関係が成り立つとき、$${x,y}$$の変化率と$${z}$$の変化率の関係を知りたい。そんなときに対数線形化(log linearization)が活躍します。大学院のマクロ経済学の初歩で習うと思いますが、大学院レベルになると数式展開をかっとばす説明が増えるので、本記事ではひとつひとつ丁寧に数式を追いかけていこうと思います。
二変数のテイラー展開
$${f(x)}$$を$${a}$$まわりで一次近似(前回の記事)すると、
$$
f(x) \approx f(a) +f^\prime(a)(x - a)
$$
でした。今日はこの2変数バージョンを使います。関数の偏微分を$${f_x = \frac{ \partial f }{ \partial x }, f_y = \frac{ \partial f }{ \partial y }}$$と書くことにします。このとき、テイラー展開による一次近似は、
$$
f(x, y) \approx f(a, b) +f_x(a, b)(x - a) + f_y(a, b)(y - b)
$$
となります。1変数の場合と比較すると、微分が偏微分になって、変数が増えた分は単純に足しているだけですね。ちなみに、いくつ変数があっても、ベクトル$${\bm{x}=(x_1,x_2,\cdots,x_k)}$$と$${\bm{a}=(a_1,a_2,\cdots,a_k)}$$と書けば、
$$
f(\bm{x}) \approx f(\bm{a}) + \sum_{i=1}^n \frac{ \partial f(\bm{x}) }{ \partial x_i } |_{\bm{x}=\bm{a}} (x_i - a_i)
$$
と表せます。両辺とも最終的な値はスカラーであることに注意してください。$${\frac{ \partial f(\bm{x}) }{ \partial x_i } |_{\bm{x}=\bm{a}}}$$は$${f}$$を偏微分した上で$${\bm{x}=\bm{a}}$$を代入する、という意味です。
対数とテイラー展開で「変化率」を表現してみる
ある$${t}$$期の$${z}$$の値を$${z_t}$$と表すことにしましょう。$${ f(z_t) = \log z_t}$$として、一期前の値である$${z_{t-1}}$$まわりでテイラー展開すると、$${f^\prime(z_t) = \frac{1}{z_t}}$$より、
$$
\begin{align*}
f(z_t) &\approx f(z_{t-1}) + f^\prime(z_{t-1}) (z_t - z_{t-1}) \\
\therefore \log z_t &\approx \log z_{t-1} + \frac{z_t - z_{t-1}}{z_{t-1}}
\end{align*}
$$
となります。$${\frac{z_t - z_{t-1}}{z_{t-1}}}$$は増加率(マイナスなら減少率)と言えますから、先の式は「対数の差=増減率」と解釈できることがわかりました。
以上を踏まえて、以下の典型的な問題を解いてみましょう。
(1)乗法形の場合
$${z_t = x_t y_t}$$という関係が毎年成り立つものとします。毎年$${x_t}$$が2%、$${y_t}$$が3%成長するとき、毎年$${z_t}$$は何%成長するでしょうか?
いま、
$$
\begin{align*}
z_t &= x_t y_t \\
z_{t-1} &= x_{t-1} y_{t-1}
\end{align*}
$$
が成り立っています。それぞれ対数をとれば、
$$
\begin{align*}
\log z_t &= \log x_t + \log y_t &(1) \\
\log z_{t-1} &= \log x_{t-1} + \log y_{t-1} &(2)
\end{align*}
$$
と、$${\log}$$の中を加法形に分解できましたので、$${x,y,z}$$それぞれに(1変数の)テイラー展開を適用します。よって(1)は、
$$
\log z_{t-1} + \frac{z_t - z_{t-1}}{z_{t-1}} = \log x_{t-1} + \frac{x_t - x_{t-1}} {x_{t-1}} + \log y_{t-1} + \frac{y_t - y_{t-1}}{y_{t-1}}
$$
(2)より整理できて、
$$
\begin{align*}
\frac{z_t - z_{t-1}}{z_{t-1}} &= \frac{x_t - x_{t-1}}{x_{t-1}} + \frac{y_t - y_{t-1}}{y_{t-1}} \\
\\
\therefore zの成長率 &= xの成長率 + yの成長率
\end{align*}
$$
となることがわかりました。したがって数値例では2%+3%=5%です。
直観的には、$${(1+0.02) \times (1+0.03)}$$を展開して、最後の項を「小さいもの$${\times}$$小さいもの」として無視している、という近似に相当します。
(2)加法系の場合
$${z_t = x_t + y_t}$$という関係が毎年成り立つものとします。毎年$${x_t}$$が2%、$${y_t}$$が3%成長するとき、$${z_t}$$は何%成長するでしょうか?
先ほどと同じように対数をとって、
$$
\begin{align*}
\log z_t &= \log (x_t + y_t) &(3)\\
\log z_{t-1 } &= \log (x_{t-1 }+ y_{t-1}) &(4)
\end{align*}
$$
ただし、足し算の形なのでこれ以上$${\log}$$の中は簡単にできません。ここで2変数のテイラー展開を使うときがきました。(3)の右辺を$${f(x_t,y_t)}$$とおけば、偏微分は
$$
\begin{align*}
f_x(x_t,y_t) &= \frac{\partial f}{\partial x_t} &= \frac{1}{x_t + y_t} \\
f_y(x_t,y_t) &= \frac{\partial f}{\partial y_t} &= \frac{1}{x_t + y_t}
\end{align*}
$$
となるので、(3)のテイラー展開は、
$$
\begin{align*}
\log z_{t-1} + \frac{z_t - z_{t-1}}{z_{t-1}} &=
\log (x_{t-1} + y_{t-1}) + f_x(x_{t-1},y_{t-1}) \cdot (x_t - x_{t-1}) + f_y(x_{t-1},y_{t-1}) \cdot (y_t - y_{t-1}) \\
&= \log (x_{t-1} + y_{t-1}) + \frac{1}{x_{t-1} + y_{t-1}} (x_t - x_{t-1}) + \frac{1}{x_{t-1} + y_{t-1}} (y_t - y_{t-1}) \\
&= \log (x_{t-1} + y_{t-1}) + \frac{x_{t-1}}{x_{t-1} + y_{t-1}} \cdot \frac{x_t - x_{t-1}}{x_{t-1}} + \frac{y_{t-1}}{x_{t-1} + y_{t-1}} \cdot \frac{y_t - y_{t-1}}{y_{t-1}}
\end{align*}
$$
(4)より整理できて
$$
\begin{align*}
\frac{z_t - z_{t-1}}{z_{t-1}} &= \frac{x_{t-1}}{x_{t-1} + y_{t-1}} \cdot \frac{x_t - x_{t-1}}{x_{t-1}} + \frac{y_{t-1}}{x_{t-1} + y_{t-1}} \cdot \frac{y_t - y_{t-1}}{y_{t-1}} \\
\\
\therefore zの成長率 &= xの成長率 × xのウェイト + yの成長率 × yのウェイト
\end{align*}
$$
つまり、$${z}$$の成長率は$${x}$$と$${y}$$の加重平均ということですね。$${x}$$と$${y}$$の成長率が異なるためウェイトが毎期変わりますが、$${y}$$の成長のほうが速いため$${y}$$のウェイトが徐々に優勢になり、$${z}$$の成長率は3%に収束します。
(3)コブ・ダグラス型の場合
$${z_t = x_t^\alpha y_t^{1-\alpha}}$$という関係が毎年成り立つものとします。$${x_t}$$が2%、$${y_t}$$が3%成長したとき、$${z_t}$$は何%成長するでしょうか?
コブ・ダグラス型関数です。(1)とほとんど同じ計算なので、(2)より簡単かもしれません。まずは対数をとって、
$$
\begin{align*}
\log z_t &= \alpha \log x_t + (1-\alpha) \log y_t &(5) \\
\log z_{t-1} &= \alpha \log x_{t-1} + (1-\alpha) \log y_{t-1} &(6)
\end{align*}
$$
(5)のテイラー展開は、
$$
\log z_{t-1} + \frac{z_t - z_{t-1}}{z_{t-1}} = \alpha( \log x_{t-1} + \frac{x_t - x_{t-1}} {x_{t-1}} ) +(1-\alpha) ( \log y_{t-1} + \frac{y_t - y_{t-1}}{y_{t-1}} )
$$
(6)より整理すれば、
$$
\begin{align*}
\frac{z_t - z_{t-1}}{z_{t-1}} &= \alpha \frac{x_t - x_{t-1}}{x_{t-1}} + (1-\alpha) \frac{y_t - y_{t-1}}{y_{t-1}} \\
\\
\therefore zの成長率 &= \alpha \times xの成長率 + (1-\alpha) \times yの成長率
\end{align*}
$$
となります。こちらも$${\alpha}$$を使ったウェイトとして解釈できますが、加法系とは違って毎期$${z_t}$$の成長率は$${2 \times \alpha + 3 \times (1-\alpha)}$$%で毎期一定となります。
(4)CES型の場合
毎年$${z_t = \{ \alpha x_t^\rho + (1-\alpha) y_t^\rho \}^\frac{1}{\rho}}$$というCES関数の関係が成り立ち、$${x_t}$$が2%、$${y_t}$$が3%成長したとします。このとき、$${z_t}$$は何%成長するでしょうか?ただし、$${x_{t-1}=y_{t-1}=z_{t-1}}$$とします。
右辺がややこしそうなので、対数をとって$${f(x_t,y_t)}$$とおきます。
$$
\begin{align*}
\log z_t &= \log \{ \alpha x_t^\rho + (1-\alpha) y_t^\rho \}^\frac{1}{\rho} \\
&= \frac{1}{\rho} \log \{ \alpha x_t^\rho + (1-\alpha) y_t^\rho \} \\
&= {f(x_t,y_t)} \ (7)
\end{align*}
$$
$$
\begin{align*}
\log z_{t-1} &= \log \{ \alpha x_{t-1}^\rho + (1-\alpha) y_{t-1}^\rho \}^\frac{1}{\rho}\\
&= \frac{1}{\rho} \log \{ \alpha x_{t-1}^\rho + (1-\alpha)y_{t-1}^\rho \} \\
&= {f(x_{t-1},y_{t-1})} \ (8)
\end{align*}
$$
(7)の右辺は対数により$${\rho}$$こそ見やすくなりましたがまだ厄介。。そこで$${f(x_t,y_t)}$$とおきましょう。$${x}$$で偏微分すると
$$
\begin{align*}
f_x(x_t,y_t) &= \frac{\partial f}{\partial x_t} \\
&= \frac{1}{\rho} \cdot \frac{ \alpha \rho x_t^{\rho-1} }{ \alpha x_t^\rho + (1-\alpha)y_t^\rho } \\
&= \frac{ \alpha x_t^{\rho-1} }{ \alpha x_t^\rho + (1-\alpha)y_t^\rho}
\end{align*}
$$
さらに$${x_{t-1}=y_{t-1}}$$を使って整理すると、
$$
\begin{align*}
f_x(x_{t-1}, y_{t-1}) &= \frac{ \alpha x_{t-1}^{\rho-1} }{ \alpha x_{t-1}^\rho + (1-\alpha)y_{t-1}^\rho} \\
&= \frac{ \alpha x_{t-1}^{\rho-1} }{ \alpha x_{t-1}^\rho + (1-\alpha)x_{t-1}^\rho} \\
&= \frac{\alpha x_{t-1}^{\rho-1}}{x_{t-1}^\rho} \\
&= \frac{\alpha}{x_{t-1}}
\end{align*}
$$
$${y}$$で偏微分した場合も同様に、
$$
f_y(x_{t-1}, y_{t-1}) = \frac{1-\alpha}{y_{t-1}}
$$
よって(7)のテイラー展開
$$
\begin{align*}
z_{t-1} + \frac{z_t - z_{t-1}}{z_{t-1}} &= {f(x_{t-1},y_{t-1})} + f_x (x_{t-1},y_{t-1}) \cdot (x_t - x_{t-1}) + f_y (x_{t-1},y_{t-1}) \cdot (y_t - y_{t-1})
\end{align*}
$$
に当てはめると
$$
\log z_{t-1} + \frac{z_t - z_{t-1}}{z_{t-1}} = f(x_{t-1},y_{t-1}) + \alpha \frac{x_t - x_{t-1}}{x_{t-1}} + (1-\alpha) \frac{y_t - y_{t-1}}{y_{t-1}}
$$
(8)より整理すれば、
$$
\frac{z_t - z_{t-1}}{z_{t-1}} = \alpha \frac{x_t - x_{t-1}}{x_{t-1}} + (1-\alpha) \frac{y_t - y_{t-1}}{y_{t-1}}
$$
$$
zの成長率 = \alpha \times xの成長率 + (1-\alpha) \times yの成長率
$$
で、コブ・ダグラスの場合と同じ$${2 \times \alpha + 3 \times (1-\alpha)}$$%になります。CES関数はコグ・ダグラス関数の一般系だったこと思えば、納得のいく結果ですね。
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