40歳を過ぎてからの愛読書の一冊・・・
40歳を過ぎてからの愛読書の一冊に山崎努著の『俳優のノート 凄烈な役作りの記録』があります。これまで仕事に煮詰まったり、新たなことへの挑戦に躊躇したりと気弱になったときどきに開いてきました。
シェークスピアの4大悲劇のひとつ『リア王』の公演に向けての山崎さんのおよそ7カ月に亘る役作りの奮闘の記録です。
氏が同作品への出演を決め、準備から稽古を経て公演へと向かう過程での、氏のときどきの心の動きが、どちらかといえばぶっきらぼうに、だからこそ臨場感あふれる筆致で描かれています。
公演は、1998年 1月から2月にかけて20回。もう四半世紀も昔のことです。出演者欄を見ると、道化役に高橋長英さん、ケント伯爵役には松山政路さん、エドガー役には渡辺いっけいさん、ゴネリル役には范文雀さん、リーガン役には余貴美子などそうそうたる俳優さんのお名前が見えます。
日記形式で、脚本の読み込みと演技の追求を核として、演出家や共演らとの、ときに家族との交流にも触れながら、舞台への不安や葛藤、自身への鼓舞が綴られています。淡々と、それでいて情熱をもって記されていて、まさにサブタイトルに違わぬ迫力です。
今、手元にあるのは文春文庫版で、2003年の第1刷。解説は役者の香川照之さん。香川さんは、その解説の冒頭、「あなたがもし俳優ならば、あなたは即刻この本を“教科書”と指定するべきである」と書いています。プロが読んでもそれくらい迫力と実のある書だということなのでしょう。
しかし、プロだけに読ませておくのは勿体ない。仕事に向かう誰もが一読したらいいんじゃないか、わたしはそんな風に感じています。少なくともわたしは、人生の後半生にあって、何度もこの本に背中を推されてきました。
ちなみに、最近引っ張り出して読んだときに活力をもらった個所は、山崎さんが、はじめて脚本(濃紺の表紙に金文字のタイトル)を受け取り、表紙に自分の名前を書き込んで「さぁ、これから仕事だ」と記したある一日の短い記述。
「なんで?そこ?」と問われるかもしれませんが、なんどもなんども読み込んで内容を掴んでいるわたしにとっては、絵面がぱっと頭に浮かんできて、「よし!」となるのです。理屈じゃありません。
と云って、わたしは、ここで唸ったり、線を引いたりした箇所を、一々挙げる気など毛頭ありません。きりがないですし、それではきっと書写になってしまうでしょう。ただ、今日は、この本を、ちょっと自分の腰が定まらないなぁと感じた人に、「こんなのもありますよ」とお勧めしたいと思いノートすることとした次第です。
なにはともあれ、山崎さんの脚本の読み込み方は凄まじい。リアのせりふ一文一文をまるで機械部品のように手元に取り出し、矯めつ眇めつ眺めまわして自問自答を繰り返す。どんな役者さんもここまで没頭されているのでしょうか。一文に込められた脚本家の意味を考え抜く姿勢に、氏の仕事に向き合う熱情と真摯さを感じます。
自分も仕事に向き合う際には、常に真摯に向き合いたいと思います。
そして、今日も、情熱を持ち、しっかり準備して臨めばきっと事はうまく進むはずだ、「だからきっと自分にはできるはずだ」と自分を鼓舞して仕事に向かおうと思います。
そうしたことで、「あぁ、拙い」と窮地になっても、何とかなることが結構ありましたから人生は不思議です。
もし、本書を一読されて、魅かれたとい方がいたとすれば、きっと躰(心)に合ったということなのでしょう。そんな方にとっては、わたしと同様、同書はこれからの人生の常備薬となるんじゃないかと思います。
《参照》山崎努『俳優のノート 凄烈な役作りの記録』(文春文庫)