医学部の真の難しさについて考察

医学部医学科が難しいということについて、反論する人はいないと思われる。

どの大学においても医学部医学科は一番、しかも圧倒的に難易度が高い。国公立医学部は、田舎の比較的入りやすいところでも地方旧帝大理系学部程度の難易度であり、入りやすい私立の医学部でも、一般入試はマーチくらいの難易度はある。マーチといえば上位10%くらいらしいので、一番簡単なところでマーチくらいというのは、すごい話である。

じゃあ上位10%の学力があれば良いのかと言われたらそうでもなく、私立医学部は基本的に難易度が低いほど学費が高い。安くても6年で2000万弱、高いところだと5000万円近くかかるところもある。

よって、医学部はかなり賢いか、それなりに賢くてお金が用意できるか、どちらかを満たしていなければ入学できず(厳密には金がなくても入学自体はできるかもしれないが)、トータルで見て高難易度の学部である。

ここまでは一般的な話である。しかし、これは気付いてない人も多いのだが、医学部の真の難易度の話をするにはもう一つファクターがある。上手く言葉にするのが難しいのだが、
「今、この状況で、医学部に入ろうと思えるかどうか」
というものである。
18歳で医学部に入るということは、まだ高校生までしか経験しておらず、人生経験が非常に浅い状態で将来医者になることをほぼ確定させるということである。医師免許を持った上で色々やることもできるとは思うが、そこまで目が向く高校生はなかなかいない。これは非常に難しい話というか、優秀な学生ほど、特に若いうちはなるべく可能性を残しておきたいと考えるのではないか。自分の考えが変わるかもしれないし、将来医者がどうなるかもわからない状態で医学部を選択するのは難しい。

大学に入って少し時間が経ってから、あるいは社会で働いてから医学部に入るという手もある。大学生活や社会人生活を通して、ある程度社会の構造(?)や自分の適性がわかったり、自分の人生、将来の生活などについて真剣に考えることで、医学部という選択が魅力的に見えてくる人は少なくないだろう。しかしこの場合は年齢的な問題が出てくるため、ここでも「医学部を選択する」ということの難しさが存在する。

若干話が逸れるが、人生における進路選択というのは、「多腕バンディット問題」という問題に似ている部分がある。この問題は以下のようなものである。

・複数のスロットマシーンがあり、それぞれ当たる確率が異なる。
・規定の回数これらのスロットマシーンを自由にプレイできる場合、どのように立ち回れば得られる利益の期待値を最大化できるか。

この問題を解くためには、「複数のスロットマシーンをそれぞれある程度回してみて、どれが当たりやすいのかを調べる」という行為と「期待値が高そうなスロットマシーンを打ち続ける」という行為をどのようなバランスで行うのか、ということを考える必要がある。前者に偏ってしまうと、当たりやすいスロットマシーンを見極められる可能性は上がるが、肝心のその当たりやすいスロットマシーンをプレイできる回数が減ってしまう。後者に偏ってしまうと、スロットマシーンの期待値を見誤る可能性が高くなってしまい、たまたま良いスロットマシーンを打てていれば利益は大きいが、ハズレだった場合が最悪である。

話を戻すと、人生においても様々なルートが存在し、人それぞれ良いルートと悪いルートがある。若いうちはまだどのルートが良いのか分からないので、なるべく多くの選択肢を残そうとするが、年齢を重ねるにつれて段々どのルートに進むのかを決めなければならない。

多腕バンディット問題に当てはめると、若い時はどのスロットマシーンが良いのかを見極めている段階だが、どこかのタイミングで一つのスロットマシーンを選び、それを打ち続けることになる。

多腕バンディット問題と人生の進路選択の異なる点は、前者はいつでも自由にスロットマシーンを選べるのに対し、後者は年齢とともに選べる選択肢は減っていく。そして、これが一番重要なことなのだが、良い選択肢ほど早い段階で選択しなければならない。多くの勉強ができる人間にとって良い選択肢だと言われる医学部は大学入試、つまり18歳の段階で選ぶ必要がある。次いで良い選択肢である弁護士や公認会計士といった難関資格は大学在学中に合格するのがベストである。その次にいい選択肢は新卒でメンバーシップ型の優良企業に入ることだと言われるが、これは大卒あるいは修士卒で選択する必要がある。

スロットマシーンの場合は、他に良さそうなマシーンがあればすぐにそのマシーンに移動すれば良いだけの話なのだが(それでも最初からそのマシーンを打ち続けた人が一番多くの利益を得られるが)、人生の進路選択はそこまで自由ではない。もちろん、先ほどの進路を後から選択することも可能ではあるが、心理的年齢的なハードルを含め様々なハードルが存在するので、その選択を出来る人間は少ないし、そもそも最初からその選択肢を選んだ人間よりは得られる利益は少なくなってしまう。医学部再受験をしたら医師として働ける年数は減るし、弁護士や会計士も、良い事務所に入れないかもしれない。優良企業に転職したとしても、新卒で入社した人でないと出世ルートに乗れないかもしれない。

医学部の話から始めたが、結局、人生の早い段階で他の選択肢を切ってルートに乗ることが大事で、若いうちに他の選択肢を切るという決断をできた人間が、多くの利益を得られるということである。少し遅れてそのルートに乗ることも可能だが、それはそれでまた別のハードルが存在するため、実行できる人間は少ない。医学部を含め、上記で挙げた良いルートというのは、「その時点でそのルートを選択する」ということを含めて難易度が高いのである。単に勉強が出来れば良いとかそう言う話ではない。

そう考えると、東大→外資系金融みたいな進路に進む人間は、極端な言い方をしてみると、どのルートにも乗れなかった落ちこぼれと言うこともできる。一般的にこのような進路に進む人間は極めて優秀だと言われるし、実際優秀だろうし、自分のような人間はこの進路に進むことは出来ない可能性が高いので僻みだと言われても仕方ないが、それでも先ほどあげたようなルートに乗った人間の方が色々な意味で人生の期待値は高いのではないかと思う。もちろん人による。

医者vs三菱商事とかの議論は大体「医者は勉強さえ出来ればなれるが、三菱商事はある程度の学歴に加えてそれ以外の部分も必要だから医学部お得だよね」みたいな結論になるのだが、これは浅い。ここまでで述べたように医学部はかなり早い段階で選択する必要があり、それが非常難しいポイントなので、トータルで見たら別にお得とかいう訳ではない。

では、何がスロットマシーン、つまり進路の選び方に影響を与えるのか。もちろん本人の能力や考え方は関係するが、それ以外で考えてみると、これは大変残念な話になってしまうが、生まれた地域と親の職業が大きく関係すると思われる。

生まれた地域によって職業に対する価値観が違う。まず、その地域で良いとされている職業は選ばれやすいだろう。首都圏では一流大学→エリサラのルートが割と一般的である。あまり詳しくないが、地方では医者や公務員などが人気なのではないか。普通に生まれた地域から離れずにその地域で良いとされる職業に就けばあまり間違えることはないだろう。危険なのは上京する場合である。若干失礼に聞こえるかもしれないが、どうも東大生の進路を見ていると、地方出身の人は昔流行っていた進路を選びがちである。例えば数年前には、財務省にキャリア官僚として新卒で入省した東大生は全員地方出身だったというニュースがあった。首都圏にいると中高時代から既に官僚は厳しいという価値観が共有されているが、おそらく地方ではその考えが浸透していないのではないか。原因はおそらく、地方から上京して一流大学を卒業した人が地元に戻ることがあまり無いからではないかと考える。また、外銀等に進むのは明らかに首都圏出身者が多い。ただし今流行りの進路に進むことが正解とは限らないし、むしろ数十年先を考えると不正解という説もあるので、どちらが良いとは言えない。要は、出身地域によってスロットマシーンの見え方が異なるということである。

親というのは、既に特定のスロットマシーンをたくさん回した人間である。親が勝ち組の職業に就いているということは、どのスロットマシーンが当たりなのか知っているということであり、最初から「これが当たりだよ」と教えてくれるという訳である。そうすれば、子供は初めから当たりのスロットマシーンをぶん回すことができ、利益を最大化することができる(もちろん、勝ち組の職業は変化するため、これは罠にもなりうる)。親が別に勝ち組ではない場合、このスロットマシーンは良くなさそうだな、程度のことしか分からず、どれが当たりなのか自分で見極める必要があり、見極めるにはある程度時間を使ってしまうことが多い。そして、どれが当たりなのか判明した頃には、時間切れ、つまり年齢制限で既にそのスロットマシーンを打つ権利は無かったりするのである。

そう考えると、結局親に言われるがまま、あるいは何も考えず適当に勝ち組の進路に進み、そこでアレルギーが発生しなかった人が幸運というか最強かもしれない。

色々書いてしまったが、どの職業が(自分にとって)良い職業なのか見極めて、早い段階で参入することが真の難しさであり、それには生まれや親の職業といった要素も関わってしまう、という話である。

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