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おカネのかからない環境対策。COP29を「日本の軽」が救う
気がつくと1月もあと少し。「少年老いやすく学なり難し」とは言うが、老年になればもう歳月は目にも止まらぬ速さである。
いまさら正月のネタでもないが、年末以来、筆者がもっとも気にしているのは、国連気候変動枠組条約第29回締約国会議(COP29、2024年12月24日に閉幕)の不調和である。それについてはレスポンスに書いた記事(こちら)があるので、ちょっと参照していただきたい。ちなみにメアドの登録さえすれば無料で月に10本まで有料記事が読めるので、登録をお勧めしておく。
記事を要約すれば、2024年はEVシフトは長距離走だったことがはっきりした年で、「バスに乗り遅れるな」の大合唱に呑まれてスタートダッシュで焦った各社が、大型投資を焦った揚げ句、下馬評通りにはEVが売れず、キャッシュフローが詰まって経営が火の車になってしまった。
フォルクスワーゲン 少なくとも3つの工場を閉鎖する発表をしたが、それを組合に阻まれてリストラもできずに立ち往生
アウディ ブリュッセル工場を閉鎖
ノースボルト 破綻(同社は欧州系メーカーが共同で立ち上げたスウェーデンの車載電池メーカー)
ボッシュ EVの販売不振で5500人のリストラ
シェフラー 欧州の2工場の閉鎖と4700人の削減
ZF 最大1万4000人の削減を発表
メルセデスベンツ 2030年の完全EV化を撤回
ボルボ 2030年の完全EV化を撤回
ステランティス 2026年までに36車種のHEVを投入すると方向転換
フィスカー 昨年のローズタウンやプロテラに続いて破綻
ルーシッド 赤字の泥沼
リビアン 同上
フォード 米国ミシガンの電池工場の計画縮小に加え、ドイツと英国で4000人規模のリストラを発表
EVシフトが金輪際やって来ないとは思っていない。けれど、「ガラケーが一夜にしてスマホに変わるのだ」というお伽話を信じる人はもはやいなくなったし、そういうお調子者に騙された各社は上にまとめたような経営危機に至っているわけである。
環境対策にはものすごくおカネがかかる
そして、ものすごく当たり前の話として、環境対策は誰にとってもとてつもない金食い虫だ。エネルギーコストの増大によって日々の生活費が爆増するし、環境対策製品は高くなるから金がかかる。
そういう当たり前の話を、いったい誰に騙されたのか、すっかり前のめりになって信じ込んで捻じ曲げた事例が、2020年に菅義偉氏が首相に就任した際の所信表明演説だ。今、こうやって事情が明確になった後で振り返ると、もし日本の自動車メーカーがこの演説に乗っかっていたら、上に挙げた経営危機各社の一覧に全社もれなく並びかねなかったことが分かる。まさに瀬戸際だったのだ。以下、演説より抜粋する。
我が国は、二〇五〇年までに、温室効果ガスの排出を全体としてゼロにする、すなわち二〇五〇年カーボンニュートラル、脱炭素社会の実現を目指すことを、ここに宣言いたします。
もはや、温暖化への対応は経済成長の制約ではありません。積極的に温暖化対策を行うことが、産業構造や経済社会の変革をもたらし、大きな成長につながるという発想の転換が必要です。
鍵となるのは、次世代型太陽電池、カーボンリサイクルをはじめとした、革新的なイノベーションです。実用化を見据えた研究開発を加速度的に促進します。規制改革などの政策を総動員し、グリーン投資の更なる普及を進めるとともに、脱炭素社会の実現に向けて、国と地方で検討を行う新たな場を創設するなど、総力を挙げて取り組みます。環境関連分野のデジタル化により、効率的、効果的にグリーン化を進めていきます。世界のグリーン産業をけん引し、経済と環境の好循環をつくり出してまいります。
第二百三回国会における菅内閣総理大臣所信表明演説
※太字は筆者
国のトップが血迷って「グリーンで儲かる」とバカな宣言をする中で、自動車メーカーが圧力に負けずに戦い切ったのは本当に幸いだった。もし欧州メーカーのように世評や政治にすり寄った判断をしていたら、この国の経済はどうなっていたことか。
ICE(内燃機関)のクルマをEVに変えたら、スマートかつスタイリッシュにキラキラ生活が手に入るなんてのはどう考えても嘘っぱちで、EVシフトを進めれば、電気代は従来のガソリン代の数倍レベルには上がるし、クルマだってそう簡単に300万円や400万円で買えるようにはならない。
と書くと「一部の中国車は安い」話になるのだろうが、中国車が安い背景としては、少数民族の強制労働や、3年も4年も支払いを繰り延べするサプライヤーへの異常な支払いサイト、さらに国ぐるみの不当ダンピングなど、人権や公正ルールに抵触する数々のルール違反が背景にある。これらは先進国でできる経営ではない。
「環境を考えろ」という話は正義であると思う。思うのだが、「環境対策には金がかかる」という当たり前の話を置き去りにした議論には意味がない。
その意味のなさの究極系が「COP29」である。2024年11月にアゼルバイジャンで開催されたこの会議でのテーマは「気候資金」。実は気候資金の問題自体は1990年代からずっと揉め続けている重要課題なのだ。
以下、グーネットの記事より引用しよう。
気候変動による悪影響に脆弱な途上国は多く、洪水や干ばつなどの気候災害に適応しながら温室効果ガスの排出削減を進めていくには、巨額の資金が必要であるとして、途上国は先進国に対して「気候資金」を要求してきた。COP29では予定していた閉会日までにこの金額の合意に至らず、会期を延長して24日に閉幕したのだが、最終的にこの目標額を年間3000億ドル(約45兆円)。2035年までに官民合わせて年間1兆3000万ドル(約150兆45億円)に拡大することで合意した。
お分かりの通り、こんな金額は合意したとしても払える額ではない。例えば国連負担金の分配率と同等と見て、150兆円の約8%を日本が負担するとするならば、国家予算の12%にあたる12兆円を毎年拠出することになる。先進国側が破綻してしまう。この巨額の合意について、インド代表のチャンドニ・ライナ氏は「この額は微々たるものだ」と発言している。つまり今回の合意は、一件落着とは程遠く、次回ブラジルで開催される予定のCOP30でも、気候資金はさらなる増額を求められ、今まで以上に紛糾を続けることが目に見えている。
先進国がひたすら毟られる構図に
この「気候資金」は、ここしばらく3000億ドルですら合意できずに揉めていたのだが、アゼルバイシャンラウンドで要求額が新たな桁に突入して1兆3000億ドルという、もはやどうにもならない額に至った。筆者は従来の額だって、交渉して減額しない限り成立しないという思いで見守ってきたわけだが、1兆ドルを超えた今回で、「これはもうダメかもしれん」と、COPの破綻を覚悟しつつある。
欧州が日本の台頭を押さえ込もうとして仕組んだEVシフトは、彼ら自身が味方に引き入れようと焚き付けた途上国によって大炎上を起こしてしまい、今やもう誰にも火が消せない。
しかもこれを決裂させる勇気を誰も持っていないから、このグダグダの会議は永遠に決着が付かない。30年以上も積み重ねてきた議論の最後に「あいつがテーブルを蹴った」とは誰も言われたくない。一方途上国の方は、こんな金ヅルは絶対に手放せない。被害者の立場で加害者を糾弾しつつ金が入る「正義の儲け話」である。もとより満額取れるとは思ってはいないだろうが、額を引き上げるだけ引き上げて、払える分だけ可能なだけ長く払わせる流れが続くだろう。
新興国を下に見て、利用するだけ利用して自分が儲けるつもりが、いつの間にやら強請られることになった欧州各国はまさにいい面の皮なのだが、世界中を巻き込んでしまったので笑えない。
先進国はそうやって途上国に資金を差し出しながら、自国の問題としても金のかかる環境対策を進めなくてはならない。100年前なら軍艦を差し向けて解決するしかないくらいの難題になってしまった。
ちなみに、中国はこの件では途上国扱いだ。払うつもりはさらさらなく、下手したらもらう側に回る気である。米国はおりしもパリ協定からの離脱を掲げる政権がスタート。こっちも払うとは思えない。
世界でのCO2排出量の表を見れば、皮肉なことにトップの中国以下、2位米国、3位インド、4位ロシアと、「払わない国」が並ぶ。ここまでの合計で57.6%。フリーライダーが6割にも及ぶというわけのわからない状態である。
さて、ではこのにっちもさっちも行かないところで、残る先進国はいったいどうするのかと言えば、まあ高性能で安価なバッテリー開発だの、水素の安い作り方だの、カーボンニュートラル燃料のコストダウンだのを一生懸命やらなきゃならないのだろうが、気候資金があんな状態ではそこへ回す資金さえ怪しい。
ローコストの環境対策をやってのけた日本
こうなると世界の環境対策のメインテーマが「何か、金のかからない環境対策の方法はないのか?」という話になるのではないか。そんな虫のいい話が……と思う方はお忘れだ。大きな金をかけることもなく、(失われた)30年でCO2削減マイナス23%を達成した国が、東洋の果てにあることを。
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