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セダンのデザインねっちり論考・後編
さて、前回はセダンが、ミニバンやSUVと言った新興勢力に対して、エアボリュームで全く戦えなくなったことから、リヤの居住性で頑張るのを止め、これまでリヤキャビンのスペースに向けていたリソースを削って、デザインに振り向ける時代が始まっているという流れを書いた。今回はその流れを具体例を追って書いていく。
という話を一度書いたのだが、M2号が用語が難しくてイメージできんと騒ぐので、まず用語の説明から入る。ここでは「ウエストライン」という、デザインを語る上で、とても重要な単語を定義する。と言っても要するに以下の3つのラインをつなぎ合わせてできるラインである。
1. フロントフェンダーの峰のライン
2.サイドウインドー下端のライン
3, トランクリッドのライン
あとは前からアルファベット順に柱(ピラー)に名前を振っていく。ピラーの本数はクルマによって変わる。故に一番後ろのピラーはCピラーだったりDピラーだったりする。ウエストラインから上の前後左右をガラスに囲まれた部分をグリーンハウスと呼ぶ。ごちゃごちゃしてきたかもしれないが大丈夫だ。あと1つしかない。サイドシル(いわゆる敷居)に当たる部分をロッカーと呼ぶが、外から見えるデザインとしてはドア最下端部を含むというか、むしろほぼそこのことである。
図を見れば多分誰でもわかるだろうが、こういう作図は得意じゃなくて、時間がかかるし仕上がりが汚いのであんまりやりたくなかったのだ。まあ多少ダサくても説明の用には足りるはずである。
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まずは参照点として、現代的セダンデザインのお手本となるメルセデスベンツEクラス。W124型である。ちなみに赤いW124の写真は向きを揃えるため左右反転してあることをご了承いただきたい。
セダンの基本造形、W124
基本的な造形は、フロントフェンダーからサイドウインドー下端を通ってリヤデッキまで、アンダーボディを直方体として形づくり、その上にグリーンハウスと呼ばれるキャビンの屋根が乗る形である。AピラーとCピラーの角度を立ててキャビンのエアボリュームを確保している。Cピラーが太くデザインされているのは、ピラーが細いと軽快感が出る反面、ボディの頑強そうな印象が薄れ、安全そうに見えないから。デザイン的に見れば、Cピラーは上に行くほど細くなって、軽快感が完全に消えないように調整されている。ということで構造の理解のために補助線を引いてみると以下のようになる。
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セダンに限らず、クルマのデザインはAピラーの付け根とCピラーの付け根が一番難しい。Aピラー付け根はボンネットの面、フロントフェンダーの面、そしてルーフへ面の3つの面がせめぎ合うポイントであり、それぞれの面をどう組み合わせてデザイン的整合性をつけるかが問われる場所だからだ。Cピラーも基本同じ、ボンネットがトランクリッドになるだけだ。
W124の場合ボンネットの面はアンダーボディの直方体の一部として、グリーンハウスを突き抜けてトランクリッドへと繋がって行く。当然フロントフェンダーの側面はドアからリヤフェンダーまでがひと繋がりの面として構成され、そのアンダーボディの側面の一部が、視覚的にCピラーへと伸びて屋根を支える形である。「いやセダンのデザインはみんなそうなんじゃないか?」と訝る向きもあるだろう。別の例を見せよう。
力業で新しい形を通した初代プリウス
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ご覧の画像は初代プリウスである。フロントフェンダーの稜線はAピラーへと駆け上がって、ルーフ上を通り、トランクリッドの上へ降りてくる。ボンネット面はフロントウインドーを経由してルーフ面になり、リヤウインドーを通ってトランクリッド面までひと繋がりにデザインされる。
その結果フロントフェンダー側面は、前後ドアと各ピラーを抱き込んだ側面視で凸型の一つの面として両サイドから車両を挟み込む造形である。なぜこうなったかと言えば、空力性能のアピールである。プリウスではAピラー付け根の折れ曲がりを可能な限り減らしたワンモーションデザインを採用した。側面視でおにぎり型の三角形を描くことで、空力的にスムーズな形状に見せたかったことがよくわかる。
ただし、その結果、フロントフェンダーとトランクの稜線が上方へ移動してウエストラインから下のアンダーボディが上下方向に間延びする。その間延びによるアンダーボディの視覚的重さを埋めるために前後にそれぞれキャラクターラインとなるプレスを入れて、面が大きくならない様に3段に分割している。
この視覚的トリックにより、側面視のデザインがどうしてもビジーに(うるさく)なることは避けられない。一方で、W124のデザインは伝統的でそつがないが、手法としては手垢がついているのも否めない。新時代のセダンとして、造形の基本から違う形にしたかったことがよくわかるプリウスのデザインだが、正直に言って完成度は低い。基本造形の無理をプレスという平面上のグラフィックで補わないと成立しないデザインである。ものの形そのものがデザインできてないとこうなる。
ここで一回まとめると、セダンのデザインはまずウエストラインがどうなっているかを見る。その上で前後それぞれのピラーで3つの面の整合性をどうやって取っているかを見れば、やりたいことがわかる。たまにわからないヤツもあるが、それはデザイナーがヘボなのだ。
ウエストラインとルーフライン
先に進む前に、W124を見本と言った理由を述べなくてはなるまい。クルマというものは前方へ向かって走る移動体なので、デザインとしては「走りそうな形」をしていなければならない。立方体や高さ方向に高い形は、そういう疾走感を感じさせない。そこで前後方向に伸ばした形、もっと言えば前端と後端の断面積を終端に行くほど絞り込む造形が必要になる。イメージし難くければ新幹線を思い出して欲しい。
そして疾走感を視覚的に見せるのは前から後ろへ流れる伸びやかな線だ。クルマの外形を構成する要素の中に、視覚をリードする線は2つある。ひとつはこれまで繰り返し説明してきたウエストライン。もうひとつはルーフラインである。
ウエストラインを活かして、前へ進む形を造形すると、セダンの前後方向にまっすぐ通るウエストラインになる。進行方向を表現する場合、W124で見られる様にわずかに後ろ上がりにするが、あまりウエッジを強くするとせっかくの疾走感が失速する。
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さて、他方、ウエストラインではなく、ルーフラインを活かして、前へ進む形を造形すると、クーペのファストバックスタイルになる。歴史上最も有名なファストバッククーペはジャガーのE-typeになるだろう。写真を見れば明らかである。
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ここまで読んでいただいた方には、伝統的なセダンは水平なウエストラインを軸にしたデザインになることはご理解いただけたと思うが、そこに現れたのが、ジャガーXJである。
ジャガーXJの「あのデザイン」の理由
ジャガーは、水平ラインというセダンの基本を守りつつ、ドイツのライバル各車よりグリーンハウスを小さく造形した。実はジャガーサルーンは、1968年にデビューしたXJ SERIES 1の時、E-typeのパワートレインを引き継いで搭載した結果、セダンとしては異例にロングノーズであり、フロントオーバーハングも長い。さらにフロントのバルクヘッド位置が後退している。ロングノーズデザインとの兼ね合いでバランスを取るとキャビンが小さくならざるを得ない。後退した位置から高いルーフを立ち上げるとデザインバランスが崩れるからだ。
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それはのちにアルミボディを採用して登場したX350で、アンダーボディとグリーンルームを共に厚くして居住性の向上を図ったデザインが不評だったことからも明らかである。前後のオーバーハングを切り詰めてまで、慎重にデザインのバランスをとっているのだが、人々の期待に応えることができなかった。まあ大幅な値上げの影響も小さくはなかったはずではあるが。
いずれにしてもX350登場までのXJシリーズは、メカニカルな都合によって、ウエストライン上に低く小さなルーフを載せた形に収まった。のちの世に蔓延することになるクーペライクセダンの嚆矢である。
欧州統合で価値を失っていくセダン
さて、そうこうするうちに、1989年末のベルリンの壁崩壊を引き金に、世に言う「ボーダレスの時代」が始まり、欧州の製造業は、すぐ隣に人件費と地代が安く、教育レベルが高い格好の生産拠点を得て躍進を始める。旧東側の人々はEU圏を自由に移動し、職を得て給与が上がると新たなクルマの消費者へと育っていったのである。
その結果、欧州圏の車両保有台数が飛躍的に伸び、欧州の高速道路が慢性的に渋滞し、速度が低下する。特にEUのメリットを最大に享受して経済が躍進したドイツはその影響が大きく、自慢のアウトバーンでさえ、200km/hオーバーで飛ばせる道が減り、クルマに対する超高速巡航性能の期待値が落ちていった。そうしてセダンよりエアボリュームが大きく取れるミニバンやSUVの時代がやってくる。
自動車メーカー各社は、顧客嗜好の変化に合わせて、続々とミニバンやSUVをラインナップに追加していくのだが、保守的にセダンを求める層も一気に減るわけではない。しかもこれまで自動車メーカーの屋台骨を支えてきた誇り高き主力車種である。ジリ貧は見えていてもそう簡単に諦めて撤退はできない。
という厳しい環境の中でセダンの生き残りのための変化が始まった。「セダンは何のために必要か?」が、機能(多人数の快適な乗降性と必要な荷物の積載量確保に加えて高速移動)の面からはその存在価値を説明できなくなった中で、クローズアップされるのがプロトコルとしての側面である。
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