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セダン衰退の中で、もったいないほどよくできた新型アコード
筆者の記事にはホンダ関係が少ない。単純にホンダの試乗会や発表会に呼ばれないからで、全く他意はない。たまに「過去に何か厳しいことを書いてトラブったのではないか」と勘繰る人もいるらしいが、日本の自動車メーカーはその辺り本当に立派で、しっかり取材して本当のことを書いている限り、それで逆恨みをしたり抗議を入れてきたりはしない。記名記事を書き始めて以降、そんな経験は一度もない。
彼らだって色んな事情でクルマを作っている。時にタイミングを逸したり、監督官庁や業界都合でダメだとわかっていても出さなきゃならないクルマがあったりする。そういう「大丈夫かなぁと思いつつ、ちょっと息を潜めてリリースした」様なクルマを、きっちり批判することも、われわれ自動車評論家にしてみればメーカーに対する応援なのだ。
某社のクルマをそうやって厳しく書いた時、休みの日に役員からの電話で叩き起こされたチーフエンジニアが、「この記事で全部見透かされてるじゃないか!」と激怒されて縮み上がったと言う。実は後で怒られた当人からお礼を言われた。リリース前から社内でも評価が割れる状態だったが、予算その他の制約でそれ以上手が入れられなかった部分があった。記事の影響でそこに予算が付いたそうなのだ。
批判というのは単純な否定ではなく、組織には必ずある意見(派閥)対立のどちらかの背中を押す行為でもある。だから褒める時はしっかりと手加減せず褒めなくてはいけないし、批判する時は何がどうダメなのかをはっきりわかるように書かなくてはいけない。外部の声は大事だ。
ということで、ちゃんとした批判をして遠ざけられるなんてことはないとご理解いただきたい。世の中には商品評論のジャンルは数多あるが、多分、批判が許されるのは自動車だけだと思う。もちろんくだらない人事のゴシップや、当人に直接取材もせず現役の社員や役員を名指しで批判するような記事は別だし、そもそも筆者は自身の矜持にかけてそんな下衆な記事を書く気は未来永劫ない。そんなことをしないと食えないくらいならブラジルに行ってガリンペイロにでもなる。
さて、ホンダが筆者を呼ばない理由はホントのところはわからないが、聞くところによるとホンダは媒体の枠で取材案内を出すらしいので、広報部から見ればフリーランス扱いの筆者はリストに入らないのではないかという話もある。そもそも誰を呼ぶかは招待側が決めることで、こちらからとやかく言うことではない。呼ばれれば行くし、呼ばれなければ呼ばれないで、呼ばれるための根回しをしようとは思わない。
スポーツセダンの傑作に近い
では、なんでアコードの試乗会には行ったんだと問われれば、レスポンス宛てにきた試乗会にレスポンスの編集部が筆者をアサインしたからという単純な話だ。つまり媒体枠で参加しただけのこと。
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伊豆のサイクルスポーツセンターで試乗した新型アコードのデキは非常に良かった。一言で言えば抑制の効いたスポーツセダンである。ともすれば「ガチガチでバンカラ」な乗り心地になりがちなスポーツセダンを、見事な見識で丁寧にバランスを取り、スポーツ性と乗り心地の両立を成し遂げた。シャシーとパワートレイン、両方のデキが高い水準にあった。以下レスポンスに書いた記事から抜粋、加筆して掲載する。
“ホンダのハイブリッドはSPORT HYBRID i-DCDの頃からその傾向が強かったが、今回もまたパワートレインのファンtoドライブ性を重視するシステムとなっている。これまで世界的にハイブリッドシステムの代名詞となって来たトヨタのTHS2と、意図的に狙いを変えてきていると言ってもいいだろう。
元祖ハイブリッドであるTHSは、超絶燃費のために開発されたシステムだ。高タンブルのアトキンソンサイクルエンジン(とトヨタは呼ぶが、厳密にはミラーサイクルエンジンであって、アトキンソンサイクルではない)を使って、燃焼効率を上げ、その最大熱効率で発生させたエネルギーをさらに回生ブレーキで回収することで無駄なく再利用することが目的である。近年ドライバビリティも著しく向上したが、元々は燃費至上主義でドライバビリティを犠牲にすることを厭わないシステムだった。
今回ホンダがアップデートした新世代e:HEVは、具体的に言えば「フィールを大事にするハイブリッドシステム」ということになるだろう。ホンダ自身の言葉では「上質・爽快な走り」だと言う。
ハイブリッドというシステムは、低速域をモーターで、高速域をエンジンで駆動する。考えれば当たり前のことで、エンジンはそもそも低速でトルクを出すのが苦手で、発進からしばらく、一般的に2000回転以下はフィールがよろしくないだけでなく、燃費も環境性能も厳しい。ただし、負荷の高い高回転域になるとエンジンの方が優秀だ。そしてモーターは逆に低速に強く高速に弱い。上手くやれば相互補完関係でシステム化できる。
今回ホンダはその基本特性にとことん忠実なシステムを作り上げた。要するに発進時にはバッテリー電力のEVであり、大電力が求められる中間加速域では、バッテリーの電力にエンジンで追い焚き発電してモーターで走るシリーズハイブリッドに変わる。さらに高速の定速巡行ではエンジン直結の純内燃機関車と、それぞれ最も得意な領域で動力源を切り替えて使い分ける。
ではそういうシステムをどう作り上げたのかだ。上で書いた通り、このシステムは、高速の定速巡行という限られたシーン以外では、モーターがパワーユニットである。EVモードとシリーズハイブリッドモードで駆動するのはモーターなので、モーター性能の底上げなしにe:HEVのシステムは成立しない。
そうなるとモーターの性能がシステムの出来を左右するので、まずモーターのトルクを上げた。これによりEVライクな力強い発進が可能になった。次にモーターの回転許容上限を上げた。これによって従来より広い速度レンジまでモーター駆動を活用できるようになった。
こういう高い次元でバランスの良いクルマに乗ると、何も事件が起こらない。スルリスルリと何事もなくコーナーを抜けていく。体調が良い時には「今日の歩きは冴えているぜ」とか「呼吸のリズムが神がかっている」とか思わないのと同じで意識しない。普通に自然だからだ。むしろ踏み出す度、息を吸う度に何か気になるとしたら、それは体に不調があるのだ。
アコードの歴史を振り返る
ということで、「現代のセダンとして評価する(ここ次回への伏線)」ならそのデキは申し分ない。この試乗会当時発表されていなかった価格はその後発表され、544万9400円となっている。国産Dセグセダンの価格だと思うとちょっと目が回るが、アメリカマーケットで考えれば、アコードはベンツのCクラスやBMWの3シリーズ、アウディA4とガチのライバルになるプレミアムDセグメント。高いドライバビリティに加え、ドイツ製のライバルを突き放す環境性能/燃費を加味するならば、むしろ安いとも言える。
アコードというクルマはアメリカマーケットに振り回されてきた歴史がある。1976年にデビューした初代SJ/SM型は、フォルクスワーゲン・ゴルフが切り開いた横置きFFパッケージを、ひとつ上のDセグメントクラスに持ち込んだ革新的なモデルで、コンパクトなボディながら常識を打ち破る広い室内空間を実現した。
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また、世界に先駆けて排ガス規制をクリアしたCVCCエンジンを搭載したと言う意味では、当時の圧倒的な環境対応車、今で言えばEVにあたる先進性を持っていた。それらを武器にシビックとアコードはホンダとしては初めての本格的グローバル戦略車として世界で戦った。
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後にライバルになるBMWの初代3シリーズはまだ1975年デビューのE21型の時代。1973年のオイルショックの影響で、ハイスペックモデルがリリースできず、スポーティさを売りにするBMWの末弟としては厳しい戦いを強いられた。
と話したらWeb会議の画面の向こうで担当編集M2号が目を剥いた。
「えっ、3シリーズってアコードが仮想敵だったんですか?」
実は「ジャーマン3」の育ての親
うーん、少なくとも米国マーケットではその通り。それどころかいわゆるドイツのプレミアムセダン御三家(ベンツ、BMW、アウディ)がアメリカ市場で確固たる地位を築いたのは、アコードセダンあってこそだったのだ。
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