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「日産・内田社長の責任」を問う、無責任な各位へ物申す

筆者よりのお願い:本連載は本来は有料会員向けの記事でありますが、日産への厳しい風評が渦巻く今、広く社会に伝えたい内容であるために、ペイウォールを設定せずに最後まで読めるようにしたいと思います。月額費用をご負担いただいている読者の皆様には大変心苦しく思いますが、何卒ご寛恕のほど、お願い申し上げます。

また、前回の同様の記事から時間があまり経っていないことに配慮し、どこかのタイミングで有料記事を2本お届けする週を作りたいと思います。次週は取材の予定が立て込んでおり、すぐにということは難しいと思いますが、時間が出来次第着手する予定です。皆様のご理解をお願いいたします。


 2月5日、「ホンダと日産の経営統合が破談」という報道が駆け巡った。このニュース、ホンダからも日産からも公式発表はないが、6日午前に日産の内田誠CEOが乗ったクルマが、ホンダ本社の駐車場へ入っていく動画がTBSで放映されているので、内田CEOとホンダの三部敏宏CEOがコンタクトしたらしいことは推測できる。

感情を揺さぶることに特化したメディア

 両CEOの直接のコンタクトがあったかどうか、ホンダ、日産の広報に問い合わせたが、どちらも「把握していない」という。とは言え、他局の映像では件のクルマに内田CEOが乗っていたらしき姿も捉えられているので、一応の事実とすれば、内田CEOがホンダ中枢の誰かに対して、何か重要な説明をしに行ったことは容易に想像できるし、日産のトップが、よもやノーアポ抜き打ちで他社を訪問するとは考えられないので、三部CEOが対応したと考えるのが常識的な線である。TBSも流石に社長専用車のナンバーの確認程度はしていると思われるので、絶対とは言えないがこの会談はあったと想定しても良いと思う。

 三部CEOは、ホンダ社内の役員向け氷上試乗会のスケジュールが入っていたはずなので、その予定を変更して急遽本社に戻ったとすれば、重要かつ急を要する案件だったと考えられ、経営統合に関する会談であったと考えるのは突飛な話ではない。

 そしてその前日に、日産で取締役会が開かれ、経営統合に関するなんらかの話し合いが持たれたことは事実だろう。逆に言えばこの取締役会があったからこそTBSは内田社長のクルマの動きに張り込みをかけていたわけだ。

 持って回った言葉が並んでしまったが、2月7日午前時点で本件について外部から確認できるファクト、およびそこから順当に推測できる話はここまでだ。両社の広報は、次の発表は2月中旬とアナウンスしており、今回の報道の加熱でなんらかの対応が必要にならない限り、予定された発表まではこれ以上の事実は確認のしようがない。

 誤解されたくないので言っておくと、メディアは公的な発表以外扱うべきではない、などとたわけたことを主張したいのではない。知られざる事実を発掘し報じるのは報道の本懐だ。が、何よりもまず、公式発表がどう説明しているかを知らせるのが先だ。その基本を飛ばして、独自の推測を盛り込み「視聴者・読者の感情を揺さぶること」を最優先して報じ方にバイアスをかける、そんなクセが今のメディアには染みつきすぎている。

 独自の部分を補うのが、匿名の“関係者”である。日産の取締役会の議題がリークされている、ということから考えれば日産側と推測するのが順当だろう。

 それによれば、ホンダが日産に対して対等ではなく子会社としての統合を申し入れ、それが日産の取締役会で「受け入れ難し」となったとのことだ。念押しするが真偽の程はわからない。

 本件、筆者は大晦日の記事(「日産よ、その船をお前の手で漕いでいけ!」)で、公式説明で語られた経営統合のルートマップについて説明した。あらましを書けば、以下のようになる。

・日産の現状は、緊急輸血を必要としているようなせっぱ詰まったものではない。
・日産が経営問題を自力で解決し、それが一定の成果を挙げたタイミングで、経営統合の計画はスタートする。従って経営統合はそもそもが日産の経営危機を救済することを目的とした計画ではない。
・前回の会見で三部ホンダCEOは、「計画の成果が出るのは2030年以降」であると明確に言及している。三部、内田両CEOの任期終了後の未来を見据えた中期的な事業統合計画である。日産の急場を救う緊急処置という認識がそもそも間違っている。

 という話である。関係者がリークしたという“破談”が事実だとすれば、日産の「自力解決」が無理であると踏んだホンダが、対等の統合ではなく、子会社化を申し入れて、それが日産側の反発を招いた結果と見られ、まさに大晦日の記事で書いた通りの展開になっていると言えるだろう。日産は第2四半期の決算で「ターンアラウンド(事業再生)」と名付けたリストラ計画を発表しており、「全てはこの計画の成果次第」。リストラが頓挫すれば経営統合は破談になる。筆者はそう書いた。

 ただし、日産は現在、ターンアラウンドを粛々と進めているはずである。それは本当に上手く行ってないのか?
 ここが本件のキモである。

メディアが煽った過剰な危機感

 以下、情報が欠落した中で推論に推論を重ねる話になるが、せめて筆者は可能な限り感情を揺さぶる要素を排除して進めようと思う。

 三部社長は経営者として、ターンアラウンドに要する時間の相場観は当然持ち合わせていたはず。あれだけの規模のリストラや設備整理を行うとすれば、当然各自治体を含む多方面の調整が必須である。どんなに素晴らしいスピード感で遂行しても、半期(6カ月)程度は絶対に掛かる。普通は1年と見るべきだろう。それを理解していながら、計画が実施されてからせいぜい2カ月程度しか経過していないこのタイミングで、早くも痺れを切らすとは考えにくい。であるにもかかわらず、破談に至るとしたら、本件に関するステイクホルダーの圧力に三部CEOが耐えきれなくなった、ということではないか。

 前回の経営統合の話にしても、今回のターンアラウンドの必要期間にしても、報道する側に壊滅的に足りないのは、この時間見積もりの相場観である。統合には慎重な調整が必要だし、リストラには丁寧な説明が必須。どちらも簡単な話ではない。相応の時間がかかるのは当然の話である。

 その相場観がない記者や評論家が、書き手本人のスケジュール感の欠落を棚に上げて「日産にはスピード感が足りない」と騒ぎ立て、それに煽られたホンダのステークホルダーが、「すわホンダの危機」とばかりに落ち着きを失う。実際にホンダOBたちによる日産を呪詛するような発言はSNSでいくつも見た。彼らはまず報道の強い影響を受けて、日産が心肺停止の瀬戸際にあるという間違った現状把握に至る。その上で、「瀕死の瀬戸際で助けを乞うにも関わらず、スピード感を持って身を切る処置が行われていない」「この期に及んでその高いプライドはなんだ!」「助けてもらうのに保身が第一なのか!」と言いつのり、それを見た人が「そうか、日産の危機意識が足りないからこうなっているんだな」と、さらに誤解する。

 そもそも、これだけ高度でデリケートな経営統合の話だ。本来事情を知らない外野は口を挟むべきではない。であるにも関わらず「それが助けを乞う姿勢か!」という思いに突き動かされ、さらにその焦燥は三部CEOに向けられる。そして態度がなっていない日産を、なぜホンダが損してまで救わねばならないのか、と突き上げる。

 そう見えるのは前提が間違っているからだ。日産が現在の危機を自力救済して健康体になってから進めるはずだったプランを、大きく誤解したまま反対の大合唱を進められて、三部CEOも方針を変えざるを得なくなったのではないか。そして、このタイミングではターンアラウンドが目に見える成果を挙げられるわけがないことを十分理解している三部CEOは、やむなく、「対等ではなく子会社という形でなければ、ステイクホルダーの理解を得られず、統合の話が進められない」という形で、日産に申し入れたのだと思う。

 日産にしてみれば、それはあまりにも話が違うということになる。リアルな姿としては別に命乞いをしている状態ではないのだ(状況が厳しいのは事実だ。どうして、どのように厳しいのかは、すでに筆者はこれでもかと書いたのでこちらを読んでいただきたい→「危機に『門構えを変える』日産。ゴーン時代の教訓に学ぶ」)。

粛々とターンアラウンドを実行すればいい

 ということで、少々しつこいかもしれないが最後にまとめれば、そもそもホンダと日産の経営統合は、日産の経営危機を起点としたものではないし、日産はそこまで追い詰められた状況にあるわけではない。ところが報道はそれを「存亡の危機の日産がホンダに救済を求めた」と決めつけて、世の中に広めてしまった。

 そういう報道を見て、危機感を募らせたホンダのOBを含むステイクホルダーが、三部CEOに一斉に圧力を掛け、それによって、本来のスケジュールが歪められ、妥協案としての子会社化が提案された。それは当初の経営統合の目的と全く違うので、日産は受け入れられずに破談に至った。筆者には今回の件はそんなふうに見えている。

 ではこの先は? 日産は、この統合が進むにしても破談にしても、ターンアラウンドをやり抜かねばならない状況に全く変わりはない。よってひたすら粛々とこれを進め、「日産消滅の危機」みたいな与太話を全部ひっくり返して、V字回復を見せてから、もう一度話を進めれば良い。

 ホンダ関係者はもう一度三部CEOの真意を理解し直すべきである。次の展開には規模が必要であり、それはホンダ単独では難しいという三部CEOの判断は正鵠を射ていると思う。ではその時、他に組むべきパートナーがいるのだろうか? トヨタとそのアライアンス相手を除けば、日産こそが最良の選択肢ではないのか。瀕死の日産に血を抜かれると思うから怒るのだろうが、日産が回復した後に今度こそ平等なパートナーとして協業を進めるべきではないかと思う。

内田CEOは無能なのかファクトで検証

 さて、ここで重要な話を書く。報道を見ていると「全ては日産の責任であり、内田CEOは退任すべし」という声を見かける(見かけるどころではなくなったが、後述)。これについて筆者はNOを唱えたい。

日産の決算説明会、ニュースリリースなどの公開資料から管理人M調べ。マイナーチェンジ、未発売の市場への新規投入は可能な限り調べて省いた。年度内の順番は不同、東風日産は除いている。任期は西川社長が2年6カ月(17年4月~19年9月)、内田社長が5年2カ月(19年12月~)

 表を見ていただきたい。両社長の任期中に、世界でどれだけクルマをリリースしてきたかを一覧にしたものだ。西川廣人氏の時代が10車種(ただし2018年11月まではゴーン氏の院政時代なので実質3車種)。内田氏の時代は現時点で20台となっている。特に2020年度は一気に5車種を投入し、翌21年は8車種と、早いペースで新型車をリリースしている。

2022年度の日産の決算報告資料より

 過去に書いてきた通り、日産が現在の苦境へと陥った原因は、ゴーン体制下で新興国投資の費用を捻り出すために、屋台骨であるはずの日米での新車リリースを凍結し、その結果車齢の高い古いクルマで戦わなければならなくなり、やむなく値引きをし過ぎたためだ。これによって2019年度と2020年度の連続赤字決算へと転落した。

 赤字決算という緊急事態から立て直しをすべきことが明白なタイミングで、決算会見に臨んだ当時の西川CEOは、立て直しの処方箋として新型車の早期投入を実行し、2019年からの4年間で20車種を投入すると発表した。その決算に対する詳細な解説は、ITmedia ビジネスオンラインの記事(「完敗としか言いようがない日産の決算」2019年05月20日掲載)をご参照いただきたい。

無能とはこういうことを言う

 確かに新型車投入は必要不可欠な場面なのだが、この20車種という数は、聞いたその場で疑いたくなるようなものだった。

 2025年現在の日産の国内販売フルラインナップが19車種である。つまり西川CEOの事業計画は向こう4年で国内ラインナップ全部に相当する車種を新型に入れ替えるということである。ちなみにこの2019年3月期決算から遡る過去4年のリリース実績を見れば、国内向けにリリースしたクルマはスズキからのOEM車2台を入れて3車種。つまりは実質1車種だ。日米で見ても6車種で実質4車種である。20車種の新型車リリース計画は明らかに実力不相応だし、達成可能とは思えない。起死回生の失敗できないプランにそんな荒唐無稽なことを言い出しても、その場しのぎにしかならない。

 そもそも「4年で20台」はトヨタでさえ簡単なことではない。リンク先のITmedia ビジネスオンラインの記事が批判的トーンになったのもご理解いただけるだろう。では大言壮語の通り新型車が出たのかを検証すれば、2019年度の西川氏の任期中に国内で発売されたニューモデルはゼロ(20年3月にルークスが発売されたが、この時点では内田氏が社長)。米国、欧州、中国で2車種。目標もスゴイが実績も輪をかけてスゴイ。言っては何だが西川CEOの実行力の無さには絶望を禁じ得なかった。社内政治のゴタゴタもあったろうし、準備を進めておきながら退任までに間に合わなかった車種もあったのはわかるが、CEOである以上、任期中の実績で測られるのはやむを得ない。不正があった時、「これは私の就任以前の話でして」と言えないのと同じだ。

 しかし内田CEOは就任後わずか3年で15車種をリリースし、赤字からV字回復を演じて見せた。しかも今回のターンアラウンド計画を含む事業計画も、説明を聞いて疑念を感じることがない。常に妥当で、実現不可能なことを織り込まない。もちろんビジネスというのは結果は時の運だが、それ以前に計画段階で疑問だらけのプランを出してきた西川CEOとは雲泥の差だと筆者は評価している。

迷うな、その手で漕いでいけ

 日産は日本経済にとって重要な会社である。日本の未来を考えるならば、誰かを悪人に仕立てる魔女裁判のようなことをするべきではない。一部メディアが言うように、内田CEOを解任し、ホンダに従順に従う傀儡政権に仕立てて子会社にすれば、問題が全て解決する……などということは100%無い。

 12月のホンダ・日産の会見で三部・内田両CEOが丁寧に説明した当初の計画通り、日産は自力でターンアラウンドを実現し、そこからイーブンの立場で未来志向の経営統合を行うべきだ。そしてターンアラウンドを早急に実現するためには、内田CEOは必要な人材である。

 さて、実は本来ここまでで原稿は完成のつもりだったのだが、9日の朝、ネットを検索すると、日産への誹謗中傷が大変なことになっていた。特にYouTubeの投稿では、日産に対して悪罵の限りを浴びせるような、ひどい言われようで、擁護する声は皆無である。

 筆者は「日産は自力で戦い抜いて、健全な決算に戻れ」と書いてきたし、そもそも日産の営業利益9割ダウンの原因は米国での過剰インセンティブがほとんどであることから、そこにしっかり手を打てばV字回復も不可能ではないと受け止めていた。

無責任な言葉は本当に日産を潰しかねない

 しかしながら、これだけの風評被害を受けると流石に話が変わってくる。国内の報道やネットの投稿で「今にも危ない」かのような風評を浴びせられれば、それに影響を受けた消費者が日産車を避け、国内販売は、厳しい落ち込みを見せるだろうし、さらに言えばキャッシュフローにおける銀行のコミットメントラインが取り消される可能性が無視できなくなる。そうなると、このやくたいもない風評が本当に日産のターンアラウンド計画を潰してしまう可能性が浮上してくる。

 もちろん、年末の会見動画も確認せず、上半期決算もチェックせず、バイアスの掛かったメディアの報道にさらにバイアスを掛けてYouTubeで放言する連中は論外なのだが、それに栄養を与えてしまっている大手メディアも大概である。厳しい場面で日本企業の足を引っ張るのがメディアの使命だとでも言うのか。

 その結果、監査法人のチェックを受けて発表しているはずの最高財務責任者、スティーブン・マー氏による上半期決算のキャッシュフローの説明(こちら)と、全く合致しないキャッシュショートのタイミングを出鱈目に説明する配信者だらけである。日産の説明に疑義があるならば、どこがどう疑わしいのかを指摘した上で、予測を述べるべきではないか。

 こうなってくると、メディアは社会の木鐸どころがパブリックエネミーなのではないかとすら思える。筆者がどう説明したところで、リカバーのしようがないほどの風評被害をもたらしたことは万死に値すると言いたい。

ここまでいくと反動も起こるかも

 あえて希望を見いだすなら、量的にも質的にも極端に日産批判に傾いた世論の動きは、ここまで行くとむしろ幸いなのではないかとも思える。これらに重ねて、誹謗中傷の言葉を紡ぎ出す能力を持つ人はほぼいまい。

 となれば、次はおそらく逆張り勢が出現する。これだけ極端であれば意外にそのタイミングは早いかもしれない。一度日産擁護論が出始めれば、さして実害の出ないうちに風評が収まる可能性が出てくる。

 ただ筆者が恐れるのは、その逆張りが今度はホンダを餌食にする方へ振れかねないのでは、ということだ。本当に心から思う、誰かを悪人にするだけの風評はやめて欲しい。切に願う次第である。

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