ギガキャストを語る前に鋳物を知ろう(後編)
さて、前編では鋳物の鋳造やそのバリエーションであるダイキャスト製法の基礎的な知識から始めて、テスラの採用で話題になったギガキャスト(=大型部品のダイキャスト成形)の技術課題について詳細に説明をした。
大型部品をダイキャスト(溶かした金属を加圧して金型に流し込む)で製造しようとすると、熱のコントロールを上手くやらないと大きな歪みが出る。どんなにコントロールしても歪みを完全に排除することは難しい。そしてシャシーに対しての性能要求から、部材の厚みは一定にできず、その制約によって熱の不均衡を避けられない。という話である。
ギガキャストが革命的と言われた理由
ギガキャストが革命的と言われていた理由は、こうしたダイキャスト製法の弱点を解消したから……ではないことを前編では説明した。だったらどうして革命的なのか。それは、「70~100近くの部品で作られるフロントもしくはリヤのフロアを1パーツで作れるので、クルマを造るのにかかる時間が短くなる」という、アイディアが評価されたのだ。
ギガキャストはクルマの製造現場を変えていくのだろうか? 後編ではこちらについて見ていこう。
クルマを造る時間が短くなる、それはつまり時間あたりの生産台数が増加し、コストダウンが可能になることを意味する。
しかし、テスラがギガキャストを採用したモデルYは画期的に値段が下がることはなかった。むしろ過去2年間にわたって、需給のバランスによってダイナミックプライシングが行われ、何度も連続で値上げされたかと思うと、需要の落ち込みで値下げが続くなど、おそらくは生産技術によらない部分で販売価格が乱高下した。あれだけ「自動車生産の革命」と喧伝されていたギガキャストだが、実際に価格決定因子として大きく影響することは少なくとも現時点ではなかった、ということになる。
もう一点、極めて重要な問題がある。
仮にギガキャストが生産効率に革命的カイゼンをもたらしたとしよう。その場合は生産ラインの稼働効率が上がるわけで、単位時間あたりの生産台数が増えることになる。しかし、先に述べたように、需給バランスが価格を支配する要素もまた大きいとしたら、供給過多に陥れば売価が下がって利益を落としてしまうことになりはすまいか。
「ギガキャストによって生産効率が上がって、今までより儲かる」というストーリーは、生産速度向上に見合う需要がある場合には真だが、それがない場合はむしろ過剰生産を呼んで価格崩壊の引き金になる。
効率より売れる分だけ造れる柔軟性が自動車工場の実力
それは実は当たり前の話で、現代の自動車工場の能力は、最大最速稼働時の生産能力よりも、市場の需要変動に応じて、効率を落とさずに生産台数をフレキシブルに変えられるかどうかのほうが重要なのである。
多分、読者の皆様は「混流生産」という言葉を耳にしたことがあると思うが、これは1本のラインに順不同に様々なクルマを流して生産する方法である。パンデミックや経済ショックなどが原因で、車種を問わず総需要が極端に落ち込めば如何ともし難いが、ある車種の売れ行きが落ち込んだ場合、他に売れているクルマがあるならそっちを生産できる体制を組む、ということだ。
混流生産にいち早く着手したマツダでは、FRのロードスターの次にFFのデミオが、その次にはAWDのCX-5が流れてくるという具合で、要するにディーラーから上がって来る発注書通りの順番でラインが動いている。同一車種をまとめて生産するようなことはしていない。
その最大の意味は、需給のバランスを狂わせないように生産側でコントロールすることにある。需給が緩んで値下げを余儀なくされて利益を吐き出してしまわないように、生産する車種をニーズに合わせてフレキシブルに変え続けることで、商品の値崩れを起こさないようにするのだ。
という前提を置くと、ギガキャストは素養があまり良くない。特に1パーツ・1ピース型は極めてフレキシビリティがない製造方法だ。仮に1ピース型シャシーであれば(現在は1ピース構造ではない)、トレッド(タイヤの左右の距離)とホイールベース(タイヤの前後の距離)がほぼ一致するクルマしか造れない。
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